海外ドラマ

ベター・コール・ソウル シーズン1/2

ブレイキング・バッドの三文弁護士、ソウル・グッドマンはいかにして誕生したのか!?渾身の名作スピンオフ・ドラマ。

Better Call Saul Season1/2
2015/2016年 アメリカ カラーHD/4K 41-60分 AMC カラー 全10話×2
クリエイター:ヴィンス・ギリガン、ピーター・グールド
出演:ボブ・オデンカーク、ジョナサン・バンクス、マイケル・マッキーン、レイ・シーホーン

 ヴィンス・ギリガンはとてもとても執念深いクリエイターだと思う。あの異常な傑作、「ブレイキング・バッド」を撮りながら登場人物の設定はおそらく隅々まで細かく詰めてあったのだろう。作家や脚本家でも、登場人物の設定は描かれない部分まで細かく設定しているという話は聞くが、ギリガンくらい細かく設定した登場人物の来歴や、ストーリーを最後まで生かしきっている人は他に知らない。
 そのエミー賞を総なめにした快作、「ブレイキング・バッド」のシーズン5のラスト前の15話で、主人公ワォルターと共に高飛びのために潜伏している隠れ家で、弁護士のソウルは「おい、俺はもはやただの市民、あんたの弁護士じゃない!誰の弁護士でもない。ここから出たら、目立ったりしないよ。ただのお定まりの服に仕事をするバカで結構。もし、ものすごくラッキーで、1ヶ月隠れていられたら、最善のシナリオでだそ、おれはオハマでシナボンの店長をやってるだろうよ!」とまくしたてる。
 そのソウルを主人公にしたブレイキング・バッドのスピンオフ・ドラマが「ベター・コール・ソウル」だ。これは期待しないわけにはいかないだろう!
 第1シーズンのオープニングはなにやら粉雪が舞っているような幻想的なモノクロシーンでスタートする。粉の中で何かが形作られているようだ。そして、カメラが引いてくると、その光景がシナモンロールの生地を伸ばしてるところだとわかる。作業をしているのは、一瞬だれだかわからない眼鏡をかけた真面目そうな職人。しばらくして、その男が弁護士のソウルの変装した姿だと判明する仕掛けである。なんとも印象的なオープニングだ。
 しかし、この話は決して逃亡中のソウルの物語ではない、シーズン1、2(どうやらその後のシーズンもだが)とも最初の一話目に、逃亡中の現在のソウルが出てくるが、そこからは彼がソウル・グッドマンと名乗る以前、まだ本名のジミー・マッギルであったころの回想が描かれてゆくのだ。
 そのストーリーは、リアリティーを保ちながら実に驚くような展開である。ブレイキング・バッドでは、怪しげで、闇仕事にも通じた3流弁護士として登場するソウルだが、かれはそのソウルに辿り着く前にジミーとして驚きの過去があった。
 ジミーは、もともとシカゴの出身で、ケチな詐欺を繰り返し「滑りのジミー」と言われていたダメ人間だ。詐欺師として有名になるくらい、ともかく弁だけはたつのだが、真面目さに欠けていた。彼は、大手事務所の代表にも名前を連ねる大弁護士である偉大な兄、チャックに、常に威圧されて自信を持てずにいたのだ。
 その彼もようやく、自分の目標を持つ日がやってくる。シカゴで起こした事件で、兄になんとか助けてもらった後、アルバカーキへ移住して、兄の大事務所のメールルーム(郵便配置係)で働きながら勉強を始めるのだ。同僚で苦学して弁護士を目指しているキム・ウェクスラー(レイシー・ホーン)や仲間の励ましもあり、なんとか通信教育でアメリカ領サモアの大学学位(そんなものがあるのかぁ!)を取得してめでたく弁護士資格を取得!しかし、期待通りに兄の事務所HHMは彼を弁護士としては迎えようとはしなかった。実はその背景には、兄チャックとの複雑な関係があるのだが・・それは、後々明かになってゆく。
 現在(シーズン1/2)、兄のチャックは心因的な電子波過敏症を患って、一切電気・電子関係の機器を排除した家の中から出られない状態になっている。その面倒を、定期的に見ているのも国選弁護人で食いつないでいる弟のジミーである。シーズン1、2(そして少なくとも3までは)と物語の中心をなすのは、ジミーとこの兄チャックの、奥深い愛憎関係である。
 しかし流石にギリガンの書くストーリーなので、話は単純な人間ドラマに終わらない。実はもう一つこのドラマには重要な登場人物がいる。ジミーが、冒頭から通うアルバカーキの裁判所の駐車場係のものすごく融通の利かない無口な親父として登場するのが、あのブレイキング・バッドでも重要な寡黙な掃除やとして登場するマイク(ジョナサン・バンクス)なのだ。もちろん、シリーズではのちに共に仕事をするマイクとジミーの出会うが描かれるが、それだけでなく元警官のマイクが、いかにしてアルバカーキにやってきたかも描かれる。
 もともとフィラデルフィアで警官をやっていたマイクは退職していたが、同じ警官をしていた最愛の息子が汚職を拒否したことで殺されたことを知り、その落とし前をつけてこの地に流れてきたのだ。アルバカーキには、殺された息子の嫁と孫娘が暮らしている。本来は、この二人のそばで静かに余生を送るつもりだったのだが、被害妄想で少々頭のイカれた息子の嫁と孫娘のために金を工面する必要に迫られ、危ない取引の用心棒を皮切りに、裏社会の仕事にも手を染めるようになってゆく。そして出会うのが、ブレイキング・バッドにも登場した、メキシコ系の麻薬組織を束ねているヘクター(マーク・マーゴリス)やトゥコ、その手下のナチョ。そしていよいシーズン3ではガス・フィリング(ジャンカルロ・エスポジート)との出会いが描かれるらしい。
 ブレイキング・バッドは、ある意味主人公であるウォルター(ブライアン・クランストン)の怒りに満ちた作品だった。十分能力も高く、実に真面目に生きてきた高校教師の彼は、自分の能力が正しく評価されないことだけでなく、教育予算切り詰めで教師がまともに生活できないような行政や、高額医療費を普通の保険で払えないような福祉環境、中流の若者の仕事がヤクの売人しかないような社会に対して、自分の方法でその怒りを爆発させてゆく。
 それに対して、ソウル/ジミー・マッギルは、もう少し気が弱い部分もあり、いろいろ悪賢く立ち回ろうとはするのだが、思わぬ失敗も重ねることになる。それでも、半分は諦め、半分は楽天的に解釈して生き残ろうと模索するのだ。
 時代背景が、ブレイキング・バッドより10年以上前から始まることにも関係があるに違いない。ブレイキング・バッドのような乾燥してヒリヒリするようなテイストではなく、同じ地域を描いていながら、(少なくともシーズン1/2では)ほんの少しノスタルジックでウォームな仕上がりになっている。おそらく、この雰囲気もシーズンが進むにしたがって、ブレイキング・バッドの時代に近づき、ヒリヒリ感が増してゆくことだろう。ギリガンは、そういう整合性を忘れないクリエリターであるところがすごい。
 主人公のソウル(ジミー)を演じるのは、サタデー・ナイトライブでスタートを切り、脚本家や、監督としても知られているボブ・オデンカーク。ソウルのどうしても憎めないキャラクターは、オデンカーク自身と切っても切れないもののようだ。
 一方脇を固める俳優陣は、なかなかにプロフェッショナル。マイクを演じる、ジョナサン・バンクスは70年代から映画やTVで活躍する悪役俳優だし、トゥコを演じた、レイモンド・クルスも「沈黙の艦隊」や「今そこにある危機」などで勤めた軍人役が多い俳優。TVドラマ「クローザー」ではレギュラー出演している。
 面白いのが、ジミーの兄で、真面目すぎる大弁護士チャック・マッギルを演じるマイケル・マッキーン。俳優のほか、声優、ミュージシャン、コメディアンもこなすサタデーナイト・ライブでも知られた才人だが、84年の名作ロック・モキュメンタリー「スパイナル・タップ」でリード・ギタリストのデイヴィッド・セントハビンズを演じていたといえば、爆笑する人も多いだろう。
 現在日本ではNetflexでシーズン3まで視聴できるほか、スーパー!ドラマTVでもシーズン2までが放映されている。アメリカではシーズン4までが放映を終えており、シーズン5が決まっているようだ。

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by 寅松