海外ドラマ

殺人者のパラドックス

巻き込まれ型の韓国版「デクスター」!

살인자ㅇ난감/A Killer Paradox
2024年 韓国 49~63分 全8話 Showbox、Let’s Film/Netflix Netflixで配信
監督:イ・チャンヒ 脚本:キム・ダミン 原作:Kkomabi「殺人者Οナンガム」(naver comic)
出演:チェ・ウシク、ソン・ソック、イ・ヒジュン、ヒョン・ボンシク、キム・ヨハン、クォン・ダハム、チョン・イソ、イ・ソウォン、イ・ジュンオク、 イム・ジヒョン、ノ・ジェウォン ほか

 奇妙なテイストの始まり方。監督のイ・チャンヒは、サイコパス・シェアハウスドラマ「他人は地獄だ」の監督なので、暗めのスタートは致し方ないが・・、脚本の方もじゅうぶん奇妙だ。WEB漫画の原作は、コミックというより、グラフィックノベル調の作品なので、表現もマニアックなのは確かだろう。またもNetflixのオリジナル作で、製作は「KCIA 南山の部長たち」などで知られる大手、Showbox。

 TVドラマの定石からすれば、これは後半の「極悪人バスターズ」になってしまってからのイ・タン(チェ・ウシク)とノ・ビン(キム・ヨハン)の話から始まって、その出会いに遡るのであれば、ありがちとは言わないが、納得できるシリアルキラー殺人鬼ヒーローものにすることも可能だったはずだ。しかし、原作も脚本も、派手な殺人や立ち回りを見せることがテーマの連続ドラマ枠からは、大いに外れている。それが証拠に、前半の主人公による殺人は、その瞬間があえて描かれない。

 話としては、主人公の不思議な能力の説明は曖昧。
 ノ・ビンがイ・タンを調べていたのはわかるとして、その出会いは偶然すぎるし、後半シリアルキラーと化しているソン・チョン(イ・ヒジュン)が、あえてイ・タンに固執する理由も、ちょっと不明瞭ではある。しかし、その辺を差し引いてもキャラクター設定が優れている。

 主人公のイ・タンは、何事にも流されるまま生きてきた大学生で、実に意志薄弱。大学の勉強もダメダメで、むしろ求められるままコンビニのバイトに精を出している。しかし、なぜか昔から偶然に「難を逃れる」運命にある。
 強者から見たら相手にされない人間なので、軽くあしらわれ、常にいじめの対象にもなる。だからこそ、突然この弱そうな男が反撃に出ると、加害者の方は虚を突かれてしまうのだ。
 最初に出会った、殺人鬼の過去がある男ミョンジン/ヨ・ブイル(チョ・ヒョヌ)に暴行され、彼を殺したあと、様々な幻想に苦しめられるが、なぜか、一般人を装っている、凶悪な犯罪履歴を持つ人間を見抜く力が備わってしまう。
 SBSのドラマ「その年、私たちは」だけでなく、映画『パラサイト 半地下の家族』『The Witch 魔女』で、見た目の凡庸さと反対の内に秘めた強さを表現してきたチェ・ウシクは、確かにイ・タン役にぴったりかもしれない。このドラマでのチェ・ウシクは、「珈琲いかがでしょう」で後半人が変わって唖然とさせられる、中村倫也を思わせる。
 
 もう一人の主人公が、今絶頂のソン・ソックが演じる刑事、チャン・ナンガム。原作コミックのタイトルからしても、本来はこのナンガムの方が主人公なのか?ナンガムは、人を食った態度の刑事だが、洞察力と驚くべきカンの鋭さで犯人を追い詰める。ドラマの中でも、ただ一人、イ・タンを怪しんで追い続ける刑事でもある。
 しかし、彼が常に本気で追ってきたのは、刑事だった自分の父親を植物状態になるまで暴行して逃亡した、元部下のソン・チョン(イ・ヒジュン)。チョンは、その後イ・タンと同じように警察が裁かない犯罪者を次々処刑したあと、協力者であったハッカー、ノ・ビン(キム・ヨハン)に裏切られ、姿を消していた。
 最終的には、法と正義を信じて、許せない犯罪者を追っていたはずのナンガムが、「殺人を犯すことになる」皮肉がストーリーの核になっている。
 これも、最初からソン・ソックありきで書いたような脚本で、他の人物を探すのはむずかしい。「私の解放日誌」でブレイクした感のあるソン・ソックは、もちろん「恋愛体質〜30歳になれば大丈夫」のひねくれたCF監督や、『恋愛の抜けたロマンス』の編集者のような、ラブコメの登場人物としても魅力ある演技を見せるが、やはり「D.P. -脱走兵追跡官-」1/2の大尉や、本作のナンガムのようなポーカーフェースで最後に怒りを見せる男がかっこいい。
 ちなみに、ナンガムの子供時代を演じた子役が、ずいぶん本人に似ていると思ったら、なんとAI応用のディープ・フェイク技術で子役の顔を、合成して作ったソン・ソックの子供の頃の顔に置き換えているらしい!恐ろしい世の中だ!
 
 当初は謎の人物だが、後半に登場し圧倒的な暴力と、殺しても死なないようなバケモノ的犯罪者ソン・チョン。足も悪く糖尿病に犯されながも、犯罪を繰り返す60代の男として登場するが、演じるイ・ヒジュンはまだ40代。「マウス」などのドラマにも出るが、『KCIA 南山の部長たち』『虐待の証明』『1987、ある闘いの真実』など硬派な映画俳優のイメージが強い。その演技も、怪物級だ。

 そのほかにも、印象深い登場人物のオンパレード。
 「この恋は不可抗力」「京城クリーチャー」「ソンサン」「ドクタースランプ」このところ、見るドラマ全部に出ていてやたら引っ張りだこのヒョン・ボンシクが、あまり役に立たないナンガムの先輩刑事、パク・チュンジンとして登場。思わぬところで、チンピラ高校生に刺されたり、妻と移住したフィリピンで、逃亡してきたイ・タンを見かけたり。重要なポイントかと思うと、やはり役立たずのままである。

 最初は、盲導犬を連れた目が見えない目撃者として登場するが、後日バイト先のコンビニに現れ、イ・タンを脅迫する女ソン・ヨオクは、実は保険金をかけて親代わりに育ててくれた叔父叔母を殺害した性悪女だが、『パラサイト 半地下の家族』のピザ屋のオーナーや、「今、私たちの学校は…」の最初の感染者など、インパクトの強い芝居ができるチョン・イソが演じている。

 釜山のスーパー従業員として潜伏するイ・タンが、少し心を寄せる、周りに馴染めない従業員チェ・ギョンア(イム・ジヒョン)は、大学講師とのセックス動画が流出して名前を変えて働いている。
 その彼女を騙してやり逃げしようとするゲス男、ハ・サンミンを演じたノ・ジェウォンの演技も、なかなか気持ちが悪く印象的だった。「田舎町ダイアリーズ」で初出演し、その後「イカゲーム2」「D.P. -脱走兵追跡官-シーズン2」など話題作で印象深い役を続けている。ハ・サンミンをイ・タンが殺すのかと期待すると、見逃してしまうが、逆に後から来たソン・チョンに拷問されてあえなく殺されるのは痛快だ。
 
 全体として危ない人ばかり登場するが、結局最後まで、なかなか人の良いオタクで、最後は自分が犠牲になる道を選ぶノ・ビンと、ヨオクの飼っていた盲導犬で、なんども殺処分の憂き目にあいそうになるが、結局生き残り、ナンガムの家で餌をもらっているレックスだけが、見る側を少しほっこりさせてくれる。

 監督のイ・チャンヒの作風なのか、2019年の京畿シナリオ企画開発長編部門で大賞受賞したという若手のキム・ダミンの脚本が癖があるのか?唐突に過去に遡る回想/説明や、カットバックの多様など、ドラマのテンポ自体が、奇妙な作品だ。 
 しかし、ともあれ最後まですぐに見てしまう(気になって見ざるを得ない)し、強い印象を残すドラマである。

 韓国では、ドラマの中で、孫娘をソン・チョンに殺され、復讐を図ろうとする巨大建設会社のオーナー、ヒョン・ソングク会長(スン・ウィヨル)の権力者ぶりを表現するくだりで、刑務所に収監されても特別待遇で、日本食が差し入れられている様子などが描かれるが、現在の野党の「共に民主党」の党首イ・ジェミョン代表をイメージして描いたのではないかと騒がれているらしくニュースになった。
 ドラマの中でメガネをかけて「うなぎが好きなのに!うなぎが少ないじゃないか!」と高級仕出しに文句をつける姿や、囚人番号4421がイ・ジェミョン似なのかもしれないが、逆にそんなに悪いやつなのか!と心配になるな。(笑)

By 寅松