海外ドラマ

殺人鬼ラウル・モート事件〜英国警察史上最大の捜査

予備知識なしに見たら、民度の低さにがっかりするドラマ!

The Hunt for Raoul Moat
2023年 イギリス カラーHD 55分 全3話 World Productions、ITV Studios/ITV ミステリーチャンネルにて放映
クリエイター:ケヴィン・サンプソン 監督:ガレス・ブリン
出演:リー・イングルビー、マット・ストコー、ソニア・キャシディ、アンジェラ・ベイン、サリー・メッシャム、ジョセフ・デイビーズ ほか

 2010年、殺人事件を起こしたラウル・モートをノーサンブリア警察がイギリスの犯罪史上最大規模の人員や装備を投入して繰り広げた、大々的な捜索とその顛末をほぼ事実に忠実に描いた、ドキュメンタリー・ドラマ。
 まあ、ラウル・モート(マット・ストコー)というのは、もちろん生い立ちに多少の可哀想な部分(母親が双極性障害で、虐待されて育った)はあるにしても、東北イングランドにありがちな乱暴ものでどうしようもない男だ。体も馬鹿でかく、ボディビルダーや用心棒をしていたが、全てを暴力で解決するするしか脳がない。
 15歳も年下のガールフレンド、サマンサ(サリー・メッシャム)との間に子供がいたが、子供たちや彼女への暴力で立件され刑務所暮らしをしている。しかし、刑期はほんの4ヶ月で、もうすぐ出所しようとしていた。

 当然、サマンサの側からすれば、とっくの昔に別れたつもりだし、この4ヶ月の間に優しいボーイフレンド、クリス(ジョセフ・デイビーズ)といい仲になっているわけだが・・、サマンサを自分の所有物だと信じて疑わないラウルは、毎日電話攻撃をかけてくる。
 出所した後のラウルの行動を恐れたサマンサは、刑務所に面会に出かけ、自分は新しい男と付き合っているし、彼は警察官さから手出ししないで!と釘を刺してしまう。ま、この警察官というのは嘘で、ラウルをビビらせようとしただけなのだが、この言葉がラウルに火をつけてしまったようだ。

 この男は、自らの失敗は全て周りのせいにする、よくいるカスなので、「警察と児童福祉局のせいで、人生を台無しにされた!」と固く信じていたのだ。
 刑務所の刑務官は、「サマンサを殺す」という物騒な言動を聞きつけ、釈放後すぐに「元ガールフレンドに危害を加える恐れあり」という報告を地元警察に伝達したが、たまたま警察スタッフは早じまいで、その警告を発見したのは後日のこと。
 ラウルは、出所するとすぐにサマンサの実家に向かい、銃弾に改造を加えたソードオフ・ショットガンで、彼女を送りに来ていたクリスを撃ち殺す。クリスは、警官ではなく、空手のインストラクターだったが、撃ち殺されちゃ、空手も役に立たない。ラウルは、続いて家の中にたサマンサを銃撃し、重傷を負わせる。
 それだけでなく、この男は電話や手紙で「一般人に危害を加えるつもりはないが、死ぬまで警察官を撃ち続ける」と予告し、本気度見せるために、単に車で休憩していた警官、デイヴィッド・ラズバンド(ダン・レントン・スキナー)の頭を撃つ。(ラウバンドは、奇跡的に一命を取り留めるが、失明し、2年後に自殺した。)

 ラウルの捜索は、7日間に及ぶ。警察は、最終的にサマンサの前のガールフレンドの証言と、ラウルが使用していたレクサスが付近で発見されたことから、ニューカスルから北上したロスベリー近郊に潜伏していると判断し、付近一帯を封鎖した上で、ノーサンブリア警察だけでなく、ロンドンや、その他の自治体から多数の武装警官の応援を受け、ヘリコプターはもちろん対テロ装装甲車両まで出動する騒ぎになる。
 で、結局どうなったかというと、警察はたくさんの通報に対応し、懸命に探し回ったが・・、自分たちで発見できず、ラウルの方から姿を現すことになった。
 警察としては、銃殺すれば非難を浴びるし、自殺させれば世間から英雄扱いを受けるとして、当時まだ承認されていなかった、ワイヤレス・ティーザー・ライフルを秘密裏に配備し、説得を続けたが、ティーザーはちゃんと機能しなかったようで、本人は大勢の目の前で自殺を果たしてしまったのだ。

 事件の方は、事実なのでこれ以上のことはなく、ドラマの登場人物も、捜査の指揮にあたったニール・アダムス警視正(リー・イングルビー)にしても、真実の報道を心がけた新聞記者のダイアン(ソニア・キャシディ)にしても、特別な活躍をするということもない。
 しかし、おそらく見るものを驚かせるのは、この事件に対する当時の英国の人々の反応の方だ。
 あきれたことに、この乱暴すぎる殺人鬼は、逃亡中から圧倒的に世論に支持され、Twitterのトレンド1位はもちろんのこと、ネット上で話題となる。SNSに溢れかえる「ラウルが正しい」「制裁は当然だ」「女が悪い」などという無責任なラウル支持の声に、被害者家族が悲痛な嘆きを訴えるほどだ。
 死んだあとも、彼をヒーローと崇めるファンが自殺の地を訪れたり、その死を追悼したFacebookページは、最終的に閉鎖されるまで、約3万人ももフォロワーを獲得したという。(ドラマでは語られないが、最終的には当時のキャメロン首相がFacebookに公式に抗議する事態となり、開設者が閉鎖したらしい。)

 しかし、ドラマを見る限りでは、なぜこんなサイテー野郎が多くの支持を得たのかわからないし、10年以上前のこととはいえ、イギリスの民度がここまで低いのか?と心配になる展開である。

 日本でもついこの間(2024年冒頭)、女性をもののように扱って来た松本なんとかいう程度の低い芸人が、その所業を報道した出版社を名誉毀損で提訴した事件があったが、この時も、多くの低脳な松本信奉者たちが、声をあげた女性の方を非難するという、呆れた書き込みが多数出現したようだ。
 よしもと本拠地・大阪同様に、イギリスの東北イングランドもガラの悪い地域ではあるが、ラウル・モート支持の背景には、日本の民度の低さとは別物の2010年という時期の、政治と社会状況があると思われる。

 イギリスは、この事件に先立つ、2010年5月に総選挙があり、労働党が敗退し、保守党と自由党により連立政権が成立した。
 保守党のサッチャー政権が主導した、社会保障や国民の権利を引き剥がそうとする新自由主義(ネオ・リベラリズム)経済政策は、ニュー・レイバーを名乗ったインチキ男トニー・ブレアによってそのまま継承され、ブレアを継いだブラウンの下でも、進行していたために、金融業界を中心とした富裕層が潤う一方で、下層民の生活は苦しさを増すばかりであった。
 しかし、大いに喧伝された「第三の道」が虚しい大嘘ではあっても、労働党政権下では、まだ公共事業等への投資は続いていた。しかし政権を奪還した保守党は、財政赤字解消を掲げて、多くの社会保障をさらに切り捨てることになる。
 ここへ来て、イギリスでは様々な抗議活動が起こってくる。2010年の学生による占拠やデモに続き、2011年夏には大規模な暴動が発生。秋には「ロンドン証券取引所を占拠せよ!」という有名な抗議活動が起こり、11月には大規模公務員スト、反資本主義の行進などが行われた。
 その度に、強硬な政府の尖兵として駆り出される警察に対して、英国民はかつてないほどの憎しみを抱くことになった。言い換えれば、2010年当時のイギリスでは、警察と政府は、そもそも驚くほど人気がなかったのだ。
 もちろん、ラウル・モートというマッチョバカ犯罪者は資本主義への抗議とは無関係なのだが、自分のことを棚に上げたこの男が、メディアを利用し、自分から愛する娘たち、恋人、仕事、家、自由を取り上げたのは警察と政府だと主張したことで、事実を理解しようともしない多くの人々によって、ラウル・モートは反警察のヒーローに祭り上げられたということのようだ!
 しかし、こんな重要なことがどこにも解説されていない!
 
 ドラマの中のセリフで、ラウル・モートをよく知る女性が、ボイディビルダーだったこの男を「筋肉増強剤の使いすぎで、頭がおかしくなってるのよ!」と切り捨て得ていたのが印象的だった。
 そういえば、松本なんとかも、ボディビルダー並みに鍛え上げたマッチョ・ボディを自慢に思っているようだ。本当に筋肉増強剤の成れの果てなのか知るよしもないが、「女はモノだ!」と信じ切ってやまない男たちは見た目もクリソツだ。
 松本も、もともと「モノ」だと信じていた女性の反撃にあって、さぞかし激怒したんだろうな〜!。このドラマを見たら、眼に浮かぶわ!

By 寅松