海外ドラマ

レッド・クイーン

残念ながら、IQ242がさほど活かされない。スペイン発の猟奇連続殺人サスペンス!

Reina roja Season1
2024年 スペイン カラーHD 53~58分 全7話 Dopamine、Focus、Amazon Primeで視聴可能
原作:フアン・ゴメス=フラド クリエイター:アマヤ・ムルサバール、サルバドール・ペルピーニャ 監督:コルド・セラ
出演:ビッキー・ルエンゴ、ホビク・ケウチケリアン、アンドレア・トレパ、セリア・フライヘイロ、ナチョ・フレスネダ、ビセンタ・ンドンゴ、カルメーレ・ラリナーガ、ペレ・ブラゾ、フェルナンド・グアラー、エドゥアルド・ノリエガ、アレックス・ブレンデミュール、ウルコ・オラサバル、エマ・スアレス、セラム・オルテガ ほか

 現代スペインのスリラー作家フアン・ゴメス=フラドの人気シリーズである、アントニア・スコット・シリーズ第一弾で2018年に発表された、<Reina roja>を原作とするドラマ。Amazon Primeの独占オリジナル作としてリリースさた。
 なんだかな〜。
 IQ242で、世界一知能指数が高い女性、アントニアが活躍する猟奇サスペンスものという触れ込みだが、正直その知能指数の表現は凡庸で、そもそもその活躍に知能指数が、あまり関係ないようにしか思えない。
 その意味では、アントニアではなくてむしろ作家のゴメス=フラド氏か脚本家のIQとイメージの貧困さの方が問題だろう。

 この手の女性天才のドラマは先行した作品は、すでにたくさんある。
 IQ164で設定されている「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」のウ・ヨンウ(パク・ウンビン)は、ASD(自閉症スペクトラム)の天才で、他人の気持ちはわからないが、法律に関するあらゆる情報をフォトグラフィック・メモリーで保存しており、判例も瞬時に指摘できる。
 邦題自体が「IQ160清掃員モルガンは捜査コンサルタント」のIQ162のモルガン(オドレイ・フルーロ)は、むしろADHD(注意欠如多動性障害)だが、同じようにグラフィック・メモリーで記憶した、他の人が絶対に見落とすような証拠をつなぎ合わせ、通常ではたどり着けないような真相を暴く。

 しかし、正直最後まで得体がわからない組織の、特殊な訓練と薬物投与によって、ただですら天才だった知能をIQ242にまで引き上げた「レッド・クィーン」である、アントニア・スコット(ビッキー・ルエンゴ)は、副作用でときおり脳内物質が暴走すると、大嫌いな類人猿が周りを取り囲み襲ってくる幻影に悩まされる以外、頭が良すぎる人物の特性などあまり見せてくれない。せいぜい観察力が鋭くて、世界中の言語に精通していることぐらいだ。
 人から触られることを異常に嫌がるなど、まろやかに自閉症と強迫観念にとらわれる傾向は示すが、だからといって本物のASDでもADHDでもなく結婚して子供も産んでいる設定だ。
 事件を解決するにしても、すごいスピードでカーチェイスしたり、犯人の腕の刺青をたどって犯人像を突き詰めたりって、ただの刑事みたいですがな。
 ま、その辺には不満があるが、だからと言って話にならない作品だと評したら、公正を欠くことになるだろう。
 作家が練っているだけあって、縦糸にはやや文学的な含みもあるし、スペイン文化を背景にしたユニークなキャラクターも早出しているし、見るべきところはあるドラマである。

 出だしは、アントニアの「従者」=相棒になるジョン・グティエレス(ホビク・ケウチケリアン)が、ガランとした自分の部屋で、まさに自殺でもしようと考えているアントニアを迎えに行くところから始まる。
 説明自体は随分と後からされるのだが、「警察が対応できないような高度かつ凶悪な犯罪に対応すべく、世界各国で同時に高IQ捜査官を育成している組織」が作り上げた最高IQを持つレッド・クィーンのアントニアだったが、ある時、正体不明のミスター・ホワイトに自宅を狙われ、銃で撃たれた夫マルコス(ブルーノ・セビーリャ)は、昏睡状態に陥ってしまう。その時からアントニアは、自分よりIQが高い、脅威であるミスター・ホワイトその存在を訴えるが、組織と上司であるメンター(アレックス・ブレンデミュール)は、彼女の妄想だと取り合わない。
 誰も信用できなくなったアントニアは、自宅に引きこもっていたのだ。
 しかし、スペインを代表する大金持ちの一人ラウラ・トルエバ(エマ・スアレス)の息子が猟奇的に顔を半分に切断された姿で発見され、メンターはアントニアを仕事に復帰させる必要に迫られたのだ。
 アントニアをよく知るメンターが差し向けたのは、図体のでかい中年の刑事、ジョン・グティエレスだ。
 ジョンは、見た目はとてもスペイン人らしい中年男だが、バスク出身でゲイ!その上、曲がった事が大嫌いで、困った相手を見るとすぐ手を差し伸べてしまう。地元のビルバオの警察で、汚職でも告発したのか、いづらくなってマドリードの警察に転属されていたが、この地でも虐待されている売春婦に同情したために、その女とヒモに騙されて窮地に立たされていた。
 メンターは、この馬鹿正直な男に白羽の矢を立てて、警察での不祥事の取り消しを条件に送り込んだのだ。
 メンターの読み通り、知能が高すぎて、自分の組織も何も信用できない孤独なクィーンと、言葉通りに相手を信用する優しすぎるゲイ男のコンビはぴったりはまる。この辺のキャラクター設定は、なかなかしっかりしている。

 タッグを組んで、徐々にお互いの信頼関係を強くするコンビだが、事件の方は派手な出だしながら展開は奇妙である。
 大金持ちの息子が殺害され、その現場でアントニアが予測した通り犯行が続く今度は、もう一つの金持ち名家の娘カーラ・オルティス(セリア・フライヘイロ)が誘拐される。
 エゼキエルと名乗る誘拐犯は、金ではなく、父親のラモン(ホセ・アンヘル・エヒド)が到底同意しない要求の電話をかけてきたが、ラモンは承諾しなかった。当然、マドリードの誘拐犯チームが全力で捜査するが糸口はつかめない。
 アントニアたちは、カーラが誘拐された地点を割り出し、そこで車の運転手とカーラの愛馬の死体を発見、アントニアたちを猛スピードでひき殺そうとしたポルシェの運転手を腕のタトゥーから、該当者を割り出してゆく。
 タトゥーを入れた可能性があるのは、もと地下警察に所属していた4人のメンバーだった。爆発で目が見えなくなった一人の証言から、精神病院に入っていたニコラス・ファハルド(ナチョ・フレスネダ)は、死亡したとされているが、地下での爆発後に遺体が発見されていないという事実を知らされ、この男がエゼキエルであると目星を付ける。
 ジョンの協力者となったゲイのトマス(フェルナンド・グアラー)が見つけたガススタンドの映像から、ジョンたちはエゼキエルは一人ではなく女の協力者がいることを発見する。アントニアは、ファハルドの履歴から、その女が同様に事故死したことになっている彼の娘のサンドラ(アンドレア・トレパ)ではないかと推測するが・・。
 実は、殺害も誘拐も、ニコラス・ファハルドを操って実行させていた真の首謀者は、サンドラであった。そしてサンドラは、変装してマドリードの私立学校からアントニアの息子のホルヘ(アレックス・ギャリド)を強奪する。
 アントニアの息子ホルヘは、家族を襲撃され精神不安定だったアントニアから彼女の父親で英国駐スペイン大使のピーター・スコット卿(実は、アントニアは、イギリス系の名前の通り英国大使の娘である)が取り上げて、スペインの英国人学校に入れていた。
 富豪の子供達の殺害も、誘拐も、最終的にはアントニアをおびき出してゲームをするためのミスター・ホワイトの策略だったらしい。
 スコット卿の指示で、自分を息子強奪の犯人と誤解した警察に捕まりそうになるなか、すんでのところでジョンが企てた自動車事故で逃げ出すと、アントニアはエゼキエル、サンドラとの対決のために計画を練る!

 今回は、とりあえずなんとか切り抜けるものの、アントニアとジョンの前には、相変わらず正体不明のミスター・ホワイトが立ちはだかることになるのだろう。<Reina roja>は、3部作1作目で、原作もこの後「ブラック・シーウルフ」「ホワイト・キング」と2作あるので、ドラマの方も3部作で予定されているようだ。
 ストーリー的には、なんだか曖昧な部分も多い。そもそも、レッド・クィーンが所属する謎の組織も、正直あまり事件解決に本気とは思えないし、警察組織や、国の支配階級との関係もわからない。その上、サポートも全然してくれない。途中で、アントニアを見捨てようとするくらいだ。
 おそらく3部作を通じて、説明されるのだろうが、見る方としては上司のメンターにもイライラする。
 メンターというのは普通、「精神的な支えとなる指導者」を指す言葉だが、このメンターは、アントニアを追い込むことだけは熱心にしたが、なんの支えにもなっていないように見える。
 最後に、自分も薬を飲んでいるシーンがあるので、自らも知能指数開発の経験者なのかもしれない。
 一方、マドリード人にはないような人の良さで、アントニアを包み込むジョンと、そのお母さんマリチュ(カルメーレ・ラリナーガ)のおかげで、アントニアは精神的安定を取り戻したようだ。
 ちなみに、ドラマの中で、スペイン風オムレツ(トルティージャ)とともに、ジョンがよく自慢するお母さんの「ココチャス」というのは、メルルーサなどの顎肉を使ったバスクの名物料理だ。バスクは、世界のグルメの中心地のひとつであり、バスク人は、自分たちの料理には大変プライドを持っている。

 スペイン語の<Reina roja>というと、古代マヤ、パレンケの遺跡で発見された真っ赤な辰砂の粉で覆われていた女性貴族の遺骨が有名だが、このドラマの場合そのイメージは無関係だろう。むしろ、生物学で言われる「赤の女王仮説」を思い出さずにはいられない。
 「赤の女王仮説」というのは、ルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』に登場する、赤の女王の言葉「同じ場所にとどまるためには、絶えず全力で走っていなければならない」にインスパイアされ、進化生物学者リー・ヴァン・ヴァーレンが考え出した造語で、「現状を維持するためには、環境の変化に対応して進化しなければならない」こと。例えば捕食者は、被食者がいまより素早く逃げる能力を獲得すれば、今まで通りに餌を取るためには、より速く走れるように進化しなければならない・・・。というようなことを指している。

 わざわざ、主人公のアントニアをスペインで育ったイギリス人という設定にしたフアン・ゴメス=フラドのイメージは『鏡の国のアリス』に近いに違いない。
 比類なき天才のはずなのに、いつも必死になっているアントニア・・彼女は、ミスター・ホワイトとの死闘に勝ち抜くためには、常に進化を続けなければならない存在と規定されているのかもしれない・・。

By 寅松