まぼろし映劇

Move

『ジョアンナ』の妖精がニューヨークに降臨!元祖ウディ・アレンな〝まぼろし〟作

Move
1970年 アメリカ カラー 90分
監督:スチュアート・ローゼンバーグ 原作:ジョエル・リーバー
出演:エリオット・グールド、ポーラ・プレンティス、ジュヌヴィエーヴ・ウエイト

 スカパーの映画チャンネル「ザ・シネマ」が何の前触れもなく、1970年の「まぼろし」映画を放映していて驚いた。なにが「まぼろし」かは、後述するとして、『M★A★S★H マッシュ』で一躍アメリカの若者世代を代表する役者として脚光を浴びたエリオット・グールドが、ニューヨークで暮らす作家志望のユダヤ人ハイラムを演じている。生活のためにエロ小説と犬の散歩仕事をしているが、美人の妻(ポーラ・プレンティス)に引っ越しと子作りを迫られ、引越屋、電話会社、変な隣人などに悩まされておかしな妄想を見るようになる。ところが公園で出会ったロンドンから来たモデルの女の子に誘われてベッドインしてしまったことで、彼の生活は一変する……。
 ユダヤ人、作家、妄想、ニューヨーク……だれでも気づくだろうが、まるでウディ・アレン映画だ。ただ、ウディ・アレンが『アニーホール』でその作風を確立(同時にアカデミー賞まで受賞)するのは1978年で、この頃はまだちょっと設定に凝ったコメディ『泥棒野郎』(69年)や『ウディ・アレンのバナナ』(71年)を作っているころ。もしかして。アレンはこの映画を観て「僕ならもっとうまくやれるぞ」と思ったのかもしれない。ちなみに、音楽を担当しているのは当時のアレン映画と同じマーヴィン・ハムリッシュ。『追憶』や『スティング』でアカデミー賞の音楽部門を独占するのは73年だ。ラリー・マークスが歌う、ちょっとバート・バカラック風の主題歌は、『追憶』同様アラン&マリリン・バーグマ夫妻が作詞している。
 
 さて、なにが「まぼろし」って、この映画はイギリスのカルト映画『ジョアンナ』(68年)の妖精みたいなヒロイン、ジュヌヴィエーヴ・ウエイトが〝正式〟に出演している貴重な作品だってこと。スウィンギング・ロンドンで人生を学ぶアート学校生を描いた『ジョアンナ』は、カンヌ映画祭に出品されたが五月革命騒ぎで映画祭が中止になってしまい話題になり損ねた不幸な映画だが、センスを見込まれた監督マイケル・サーンはハリウッドに招かれて『マイラ〜むかし、マイラは男だった〜』(70年)を撮るも、内容も映像表現も過激すぎて、まだまだ保守的だったハリウッドで大不評を買ってしまう。ジュヌヴィエーヴ・ウエイトはもちろん『マイラ』にも出ているが、歯医者の患者でカメオ出演という扱い。生まれ故郷の南アフリカで無名の映画にちょい役で出演しているらしいが、きちんと演技をしているのはこの映画と『ジョアンナ』だけなのだ。
 『ジョアンナ』の舌たらずな不思議ちゃんキャラクターが、髪をストレートにしてニューヨークへやって来たような役(実際に友だちとアパート交換でロンドンから来たとか言ってる)だが、部屋には彼女自身のヌード写真が大きなパネルになって貼りめぐらされている。おいおい、それって『ジョアンナ』とまったく同じじゃないか。ジュヌヴィエーヴの貧乳はあいかわらずだが、脱ぎっぷりは気持ちいい。
 そういえば、この『Move』のオープニングは、ニューヨークの町と人々を逆回転で見せながら、なぜかエリオット・グールドだけが普通に歩いているという凝った映像。グールドが人々の前でゆっくりうしろ向きで歩いて撮影した素材を逆回転させたのだろう。『ジョアンナ』のオープニングは、ロンドンのパディントン駅の様子をモノクロで見せるものだったが、タイトルクレジットがすべて通常の逆の順に映し出される趣向だった(最近の映画はオープニングクレジットが全然なかったりするが、むかしはスタッフ・出演者などがきちんと最初に提示されでいた)。ミュージシャン出身の監督(全英ナンバー1ヒット曲まであった)マイケル・サーンらしい、常識をぶちこわし、新しい映画の誕生を感じさせるアイディアだったことは明らかで、直後のアメリカ映画『ナタリーの朝』(69年)で早速マネされていた。
 そして、『Move』のラストシーン、カメラがどんどん引いていき周りの壁がどんどんどんどん大きくなるショット(アニメーションで表現)も、『ジョアンナ』の病院の場面(奇しくも出演してるのは『M★A★S★H マッシュ』でグールドの相棒役だったドナルド・サザーランド!)とまったく同じアイディア(『ジョアンナ』はスタジオ撮影の横移動で白い壁と床がどんどん大きくなる)。(当時の)現代人の孤独を見事に映像で表した斬新な演出だった。

 監督スチュアート・ローゼンバーグといえば、ポール・ニューマンの『暴力脱獄』(67年)、ロバート・レッドフォードの『ブルベイカー』(80年)など監獄物で知られる、どっちかといえば骨太の男性映画専門(ルックスもごつい!)の印象が強かったが、実は砂糖菓子のように甘くてかわいい『ジョアンナ』に影響を受け、ウディ・アレンに先駆けるアメリカの都会人の苦悩をコメディタッチで描く〝作家〟監督だったのだ。86年に『ハリー奪還』でいろいろ揉めた(監督名はアラン・スミシーになった)おかげで、その後のキャリアが途絶えたのはもったいない。そういえば、オープニングに映るニューヨークの映画館の看板に見えるのがラス・メ―ヤ―の『ファインダー・キーパーズ・ラヴァーズ・ウィーパーズ』(68年 日本初公開時は『真夜中の野獣』)なのも、意味があるのかもしれない。どうやら撮影は1969年の秋に行われたようだ。

 ちなみに、女神とも妖精とも妄想ともつかぬ、よくわからないという点ではこれ以上ない適役だったジュヌヴィエーヴ・ウエイトは、このころママス&パパスのジョン・フィリップスと出会い、72年に結婚、翌年には夫プロデュースのアルバムを発表したが映画界は完全引退してしまった。『地球に落ちてきた男』に唯一のアルバムからの曲「Love is coming back」が使われている。ふたりの間の娘ビジュー・フィリップスは歌手・女優としてそこそこ活躍しているので知っている人もいるかも。

 それにしても、いくら「まぼろし」だからって、原題そのまま『Move』を放映題名にしたのは解せない。「大文字」にもなってないので、何かの間違いかとしか思えないぞ。なんでもいいから日本語題名をつければよかったのに……『ハイラムの引っ越し』とか、『ニューヨーク引越野郎』とか……ダメ? じゃ、せめて『M★O★V★E ムーヴ』はどうでしょ。

by 無用ノ介

【追記】
ジュヌビエーブ・ウェイトさんは、去る(2019)5月18日(土)カリフォルニア、ロサンンゼルスの自宅で永眠されました。ご冥福をお祈りいたします。
R.I.P. Geneviève Waïte. May. 2019