オンランシネマ

ベイビー・ブローカー

順当といえば順当な内容ながら、すべての面でグレードが高い!

브로커/Broker
2022年 韓国 129分 ZIP CINEMA Amazon Primeで視聴可能
脚本:是枝裕和 監督:是枝裕和 
出演:ソン・ガンホ、カン・ドンウォン、ペ・ドゥナ、イ・ジウン(IU)、イ・ジュヨン、イム・スンス、イ・ドンフィ、ク・ヒョンジン、イ・ムセン、キム・ソニョン、ほか

 日本を代表する映画監督、是枝裕和がはじめて、韓国のプロダクションと全て韓国スタッフ/キャストで撮影して話題となった、カンヌ映画祭公式出品作(主演男優賞 ソン・ガンホ)。最近ようやくAmazon Primeで無料視聴が可能になった。
 内容的には意外性は少ないだろう。しかし、ある意味期待通りに実力を発揮した作品と取ることもできる。
 是枝監督の細部のリアリティと、人間性を見通す観察力は、韓国ドラマとも親和性が高いのかもしれない。

 話は、教会に併設された「赤ちゃんポスト」のに捨てられた子供を、そのまま教会に知らせずに闇で売買しようとするブローカーの男たちと、そこに子供を捨てた若い売春婦、そして人身売買の現行犯で、ブローカーたちを捕まえて点数を上げようとする女刑事とその後輩刑事が、二転三転する子供の売買ツアーに振り回される物語だ。
 アウトラインを聞くと、完全な犯罪ドラマに聞こえるが、現実は想像を超える複雑さで、簡単に善悪を割り切れない物語が展開するところは、是枝監督ならでは。

 教会の赤ちゃんポストのスタッフ、ドンス(カン・ドンウォン)と、借金で首が回らないクリーニング屋のサンヒョン(ソン・ガンホ)は、赤ん坊を横流しするブローカー商売をしていた。
 一方、赤ちゃんポストに預けられた子供が、売買されているらしいという情報を得ていた、刑事のスジン(ペ・ドゥナ)は後輩のイ刑事(イ・ジュヨン)と赤ちゃんポストの張り込みを続けていた。現行犯で取引現場を押さえて、大掛かりな人身売買組織を摘発するつもりなのだ。
 そこに現れたのが、若い女ソヨン(イ・ジウン)。「迎えに来る・・」と言う手紙を置いて、ウソンという赤ん坊をポストの置き去りにしたために、見張っていたスジンがあわてて子供をポストに入れ、宿直スタッフのドンスは、サヒョンに連絡して赤ん坊を持ち去るのだが・・・、翌日、後悔したのか、ソヨンが教会を訪れたために、話は複雑な様相を呈し始める。
 通報されることを心配したサンヒョンとドンスは、なんとかソヨンを説得し、良い里親を見つけるという条件で、人身売買のツアーに同行させることにする。あとからわかるのだが、実はソヨンは、赤ん坊の父親を殺して逃げている最中で、子供を自分で育てるわけにはいかない事情があった。
 そして、この売買ツアーを、2人の女性刑事、スジンとイもずっと追跡して行く。
 途中、立ち寄ったドンスが育った養護施設から付いてきてしまった、生意気な子供のヘジン(イム・スンス)を加えて合計6人+赤ん坊の奇妙な旅が続いて行くことになる。
 もともと金が目当てだったはずなのに、なかなかまともな里親は見つからず、赤ん坊が熱を出せば、犯罪者のはずの男たちも大慌てで病院に駆け込み、捜査のために盗聴してたはずの刑事たちも、赤ん坊が心配でならない。
 『万引き家族』では、家族だと思われていた集団が、実は様々な事情で寄り集まった赤の他人であったことを明してゆく手法をとった是枝監督だが、今回は逆に、「赤ん坊」という、本能的に大人たちが保護しなければならないと感じてしまう存在を核にして、その周りに様々な理由で集まった人間たちが、徐々に家族のような、不可思議な絆で結ばれてしまう様を描き出している。
 ドラマは、実に是枝監督らしい、意外だが決して寒々しくはない結末を迎える。

 完璧なキャスティングには、ともかく感動させられる。
 主演は、全員韓国映画/ドラマ界を代表するトップ俳優であるが、それだけでなくカメオ的な役にも、驚くほど素晴らしい俳優たちが集結している。

 この作品で、カンヌの主演男優賞を受賞したソン・ガンホは、当然ながら韓国映画界の至宝だし、カン・ドンウォンも今や韓国映画を背負って立つ人気俳優である。
 是枝監督とは縁の深い、世界的女優ペ・ドゥナ。韓国の国民的歌手であり、韓国自身が「マイ・ディア・ミスター」の演技に惚れ込んでオファーした、IUことイ・ジウンも、今や完全に女優としてもTOPクラスと言えるだろう。

 大人5人の主要人物で、一番無名なのが、スジンの後輩、イ刑事を演じたイ・ジュヨンだろうが、彼女も「私だけに見える探偵」の元ムーダンの法医学者を演じて注目され、「梨泰院クラス」のトランスジェンダーの料理長で人気を得た。映画界でも「D.P.」のク・ギョファンと組んだ『なまず』、『野球少女』など話題作に出演してきた有望株だ。

 しかし、さらに感心するのは、カメオ的なほんのわずかな役に出演している役者が、有名でかつ実に演技力の高い役者ばかりであることだ。

 ペ・ドゥナ演じるスジンに、弁当屋や服を届ける呑気な夫役で、ちらりとだけ顔を出すのが、なんと「静かなる海」「39歳」「ザ・グローリー 〜輝かしき復讐〜」で、どれも鮮烈な印象を残したカメレオン俳優、イ・ムセン。「39歳」で演じた、最後まで恋人であるチャニョン(チョン・ミド)を見守るジンソクのような優しい目つきで、気の強いスジンに寄り添っているのがよくわかる。

 ドンスの育った養護施設を運営する夫婦は、ソン・セビョクとキム・ソニョンという演技派2人。
 『母なる証明』『真犯人』『パーフェクト・ドライバー/成功確率100%の女』など数多くの映画に出演し硬派な映画俳優として知られセビョクは、ドラマでは「マイ・ディア・ミスター」の演技で絶賛され、「憑依」で主演を務めた。
  一方、演劇出身のキム・ソニョンも「この恋は初めてだから」「愛の不時着」「賢い医師生活」「静かなる海」「イルタ・スキャンダル」『8番目の男』『マルモイ ことばあつめ』・・などなど、ドラマ、映画を問わずクセのあるおばさん役で印象に残る。韓国/ドラマ界きっての演技派女優だ。
 ソン・セビョクは、「マイ・ディア・ミスター」では将来を嘱望されたが挫折した映画監督を演じ、是枝監督の『誰も知らない』に触れる台詞もあったので、起用には因縁を感じる。

 そのほかにも、スジンたちが仕込んだ、子供を買いたい偽夫婦の夫役に「真っ赤な先生」「恋のスケッチ〜応答せよ1988〜」『お嬢さん』『エクストリーム・ジョブ』『幼い依頼人』などで知られる性格俳優イ・ドンフィ。さらに「梨泰院クラス」「地獄が呼んでいる」で有名なリュ・ギョンスもサンヒョンにからむヤクザの手下テホとして登場する。二人とも「グリッチ -青い閃光の記憶-」に出ているのがおかしい。
 旅の最後に、一行が赤ん坊のウソンを託そうと決意するほど、好感度が高い買い手夫婦の夫を演じたパク・へジュンも、特に「マイ・ディア・ミスター」と「夫婦の世界」で知られるようになった俳優だ。
 これだけの顔ぶれが揃ったのは、是枝監督がそれなりに韓国でも評価されている表れだろう。
 
 出演者だけでなく、もちろん撮影も音楽もすばらしい。
 李相日監督の『流浪の月』、ポン・ジュノ監督『パラサイト 半地下の家族』、ナ・ホンジン監督『哭声/コクソン』など数々の名作を手がけた撮影監督、ホン・ギョンピョの撮影は、絶妙にシーンごとの闇と明るさを映し出す。
 また、『パラサイト 半地下の家族』も担当した気鋭の音楽家チョン・ジェイルが担当した音楽は、クラシック的な導入だと思っていると、いつのまにか無国籍な不思議な世界観に引き込まれる。

By 寅松