汚れなき子
これはすごい!TVドラマ高度化の波は、ようやくドイツにたどり着いた!
2023年 ドイツ カラーHD 45〜50分 全6話 Constantin Television/Netflix Netflixで配信
クリエイター:イザベル・クレーフェルト、ユリアン・ペルクセン 監督:イザベル・クレーフェルト、ユリアン・ペルクセン 原作:ロミー・ハウスマン
出演:キム・リードレ、ナイラ・シューバース、サミー・シュライン、ヘイリー・ルイーズ・ジョーンズ、ハンス・レーヴ、ユストゥス・フォン・ドーナニー、ジュリカ・ジェンキンス ほか
ロミー・ハウスマンが2020年に上梓したドイツのベストセラー・スリラー「汚れなき子」(長田紫乃訳 小学館)を基にしたNetflixのリミテッド・シリーズ。
北欧の国から始まったと思われる、現代のTVドラマの革新は、アメリカの地上波からケーブルへそして配信メディアというダイナミックな供給媒体/ビジネスモデルの変化とともに大きな流れとなった。「デクスター」「ブレイキング・バッド」の登場で、アメリカのドラマが映画のレベルを超え、さらにその流れはイギリスやヨーロッパの辺境、カナダ、オーストラリアへ浸透。
ケーブルチャンネルの登場ですでに高度化を始めていた韓国ドラマがNetflixの投資で、頂点にまで上り詰める傑作を多数輩出したのを皮切りに、これまで潜在力がありながら地上波レベルのTVドラマしか作ってこなかった大国もこれまでとは大いに違うレベルの配信ドラマを作り始めたのである。
スペインや日本でも、多少レベルの違うものが出てきたが、未だに地上波ドラマの人気の高いイタリアでさえ「アリーチェの物語」(アマゾン)、「リディア・ポエットの法律」「嘘にまみれた大人たち」(Netflix)などシャープな傑作を輩出。そして映画界では重要な国であるにもかかわらず、これまでTVドラマでは遅れを取っていたフランスが、地上波で「アストリッドとラファエル 文書係の事件録」「IQ160清掃員モルガンは捜査コンサルタント」の傑作を放ち、Netflixの投資は「ルパン」「その日がやって来る」など生み出して活気付いている。
しかし、しかしだ、ここまで来てもヨーロッパの大国、ドイツのTVドラマの変化はなかなか現れなかった。
ま、ドイツ人はエンタメ分野で本気を出さなくとも、経済的には余裕のある国だというのも大きいだろうし、保守的な国民性なのだろう。
もちろんNHK的作品としては、「死を招く森〜引退刑事ベトゲの執念」みたいなドキュメント調のものはあるし、「ウーゼドム・ミステリー 罪深き母の捜査ファイル」もキャストの関係で話が迷走しなければ、もう少しまともな作品になったかもしれない。それにしても、エンタメとして世界に通用するような作品が作られないことでは、まさに保守岩盤のような国、ドイツ・・・であった。
当然、Netflixの新作がドイツ語ドラマだったら、期待するはずもない。
しかし、予想は大きく裏切られ、見だしたら止まらない!これはなかなか面白いぞ!
話の骨格は、「サーティーン/13」「アンブレイカブル・キミー・シュミット」にように長期間誘拐監禁された被害者が解放された後の話だが、解放されたのは誘拐された女性ではなく、一緒について来た娘も本当の娘ではなかった・・・という展開。
登場人物は、まさにドイツか北欧の雰囲気で、全員それぞれが暗い。生まれてからずっと洗脳(というよりこれこそ教育か?)ドイツ人らしい金髪の美少女だけが、最初から動じないのもありそうだ。
もともとスリラーに興味のなかった原作者ロミー・ハウスマンが、ギリアン・フリンの「ゴーン・ガール」、ポーラ・ホーキンズの「ガール・オン・ザ・トレイン」にインスパイアされて書いたという原作は、女性失踪事件の本当の背景がそれぞれの観点から描かれている。
日本では児童向け映画『オスカー・ワイルドの カンタベリー城と秘密の扉』くらいしか紹介されていないイザベル・クレーフェルトと、『明日吹く風』のユリアン・ペルクセンは、原作のそれぞれの独白を生かし、加害者の呪縛から逃れられない被害者たちの内面や、長きにわたり娘を探し続けてだいぶおかしくなっている被害者の両親や、捜査を続けてきた暗すぎる刑事などを際立たせた。それだけでなく、犯人が要塞化した放置軍事施設の恐ろしい罠、拉致された被害者と子供達の異常な日常をテンポよく見せることで、被害者の内面に偏ることなく、エンタメとしても目が離せないドラマを作りあげている。
特に原作からはあえて変更したエンディングは、もはやこの被害者は、犯人の抑圧から逃れられないのだ・・・と思わせておいてからの、どんでん返し!自分を取り戻すための女性の物語にしたことは、なかなか評価できる。
交通事故で搬送された女性は、レナと名乗り、一緒に保護された美少女ハンナの母親だというが、実はヤスミンという名前で、犯人に誘拐され死んだオリジナルの母親レナの代役を命じられていたのだということが徐々にわかってくる。(しかも、何人もの代役が今まで殺されていた・・・。)
キム・リードルが演じるこのヤスミンは、やたらにかわいそうだが、主人公なのだとは思わなかった。最後で、この人の物語だとわかる。
実にきっちりと犯人である父親の言いつけを守り、最後にはヤスミンと弟のヨナタン(サミー・シュレイン)連れ戻して、元どおりの生活を取り戻すことを信じている不気味な美少女ハンナを演じたのはナイラ・シューバース。
今年に公開されたNetflixオリジナル映画『バード・ボックス』のスピンオフ作『バード・ボックス:バルセロナ』にも出演していた2011年生まれの子役である。(余談だが、アマゾン独占の韓国ドラマ「誘拐の日」の11歳少女ロヒ役のチョン・ユナもすごい!もはやこの年代の女優に期待するしかないのか?)
事件の担当で、8歳の弟がまだどこかに監禁されていることを知って救出に努めようとするが、犯人が仕掛けた思いもかけない地雷で警官に怪我をさせて追い込まれる女性刑事アイーダを演じたのは、南アフリア生まれのヘイリー・ルイーズ・ジョーンズ。
もともと誘拐された女子大生レナの家族、マティアス(ユストゥス・フォン・ドーナニー)とカリン(ジュリカ・ジェンキンス)の友人で、のちにカリンとはかつて不倫関係だったこともわかってくる、13年前の失踪事件担当刑事で、酷いうつ病に苦しめられながら事件を追うゲルトをハンス・レーヴが演じる。
5ヶ月も監禁洗脳されていた被害者を、本人の希望だとしても治療もそこそこに自立させたり、新居になにか仕掛けられていないか、警察がチェックしてなかったり・・まあツッコミどころもないではないが、ドイツものとは思えないテンポと意外な展開で、見る価値は十分。
レナの父親マティアスが、娘の死を悲しむのもそこそこに、娘にそっくりな孫ハンナの出現でウキウキしてしまうあたりや、ハンナの弟のヨナタンに無関心なマティアスをなじったカリンが逆にヨナタンを訪ねて、話し相手になるあたり、夫婦の性格の違いも浮き彫りにしていてよく描かれている。
結局、ハンナにデレデレしてただけのマティアスは、ハンナの脱走にも気づかないが、教師でもあるカリンは、ヨナタンから重要な証言も引き出すのだ。
原題の<Liebes Kind>は、「汚れなき子」ではなくて、英語題が<Dear Child>となっているように、「親愛なる子供たちへ」というような意味。もちろん初代レナを誘拐し、自分の理想の家庭を築こうとした犯人の、子供に対する歪んだ心情を示しているのだろうが、一方で、突然、孫が現れたレナの両親の気持ちも込められたタイトルなのだろう。
By 寅松