オンランシネマ

キル・ボクスン

キル・ビルを韓国のオンマでやってみました!

Kill Bok-soon
2023年 韓国 137分 See At Film/Netflix Neflixで視聴可能
脚本:ピョン・ソンヒョン 監督:ピョン・ソンヒョン 
出演:チョン・ドヨン、ソル・ギョング、イ・ソム、ク・ギョファン、キム・シア、イ・ヨンほか

 『キングメーカー 大統領を作った男』『名もなき野良犬の輪舞(ロンド)』『マイPSパートナー』などで知られる期待の監督ピョン・ソンヒョンがクリエイターを務める、Netflixオリジナルでリリースされた新作映画。まあ、タイトル通りピョン・ソンヒョンは、クエンティン・タランティーノと主演のチョン・ドヨンを尊敬しているらしい。(笑)
 つい最近も「イルタ・スキャンダル〜恋は特訓コースで〜」で高校生の娘を持つ主人公を演じたチョン・ドヨンは、日本人から見ると少々貧相な顔のオバハン(実際に50歳だし)に見えるが、まだ韓国映画がさほど世界的に認められていなかった2007に、『シークレット・サンシャイン』でカンヌ国際映画祭女優賞を獲得した女優なので、特に韓国内では特別な尊敬を得ているように思える。

 物語の筋だて自体が、そもそも「ドヨンさんを主役にアクションを撮る」という前提で固められたものらしく、業界No.1の女殺し屋である通称「キル・ボクスン」が、殺しの方でなく、年頃になった娘の子育てに悩むというのが骨格だ。
 仕事より恋愛より、なによりも自分の子供が大事という、韓国オンマ(母親)の強烈な体質をてこに欧米型殺し屋ストーリーを再構成した・・とでもいうべきだろうか。そこで、ピョン・ソンヒョンがやったのは、ほとんどの殺し屋モノの定番である復讐劇(ま、そもそも日本のやくざモノからのアダプションだが・・)を排した物語を作り上げることだったという。
 自分の婚約者もお腹の子供も殺された『キル・ビル』のザ・ブライドと違い、キル・ボクスン(チョン・ドヨン)は娘を奪われるわけではない。しかし、15歳思春期の娘ジェヨン(キム・シア)は、当然のように母親に心を開いてくれないし、その方がボクスンには心配事である。しかも、娘はある日、自分は「レズビアン」だと衝撃の告白をする。(笑)

 最終的に、彼女は自分の組織MKのボスであるチャ・ミンギュ(ソル・ギョング)と対決することになるのだが、正直2人ともそれを望んでいるわけではない。2人の関係に強烈な嫉妬して、なんとかボクスンを潰そうとするミンギュの妹でMKの理事でもあるチャ・ミンヒ(イ・ソム)の存在が、この結果を招くのだが・・。ピョン・ソンヒョンが描きたかったのは、ボクスンとミンギュの単なる恋愛とは違う次元で繋がった言葉では表せない関係だったのだろう。そこは、確かによく表現されていた。

 お金がちゃんとかかっているので、殺陣やアクションもレベル以上ではあるが、それだけを目当てに見るような映画ではない。
 さすがの大女優だけあってそれなりの形に見せるが、チョン・ドヨンはアクションスターではないのだ。
 特に、日本人にとって間抜けに見えるのが『キル・ビル』オマージュとして登場する、のっけからボクスンの餌食として殺される日本のやくざ(とは言え、在日の同胞)との決闘シーン。この怪しすぎる日本語を喋るやくざを、カメオで超大物ファン・ジンミンが演じている。
 ま、日本語の方は致し方ないとしても、「武士道だ!」などと口走りながら最初から脇差(わきざし)を選んで戦う日本やくざなどいまい。ボクスンが手斧を使うために、長さを揃えたのだろうが、おかげで殺陣にはなっていない。最後に拳銃で殺すのは別にいいが・・。(笑)

 キャスティングは、なかなか味がある。ピョン・ソンヒョン監督作の常連、ソル・ギョングの哀愁を帯びた演技もいいが、冷酷な妹を演じたイ・ソム(「模範タクシー」「第3の魅力」ほか)もかっこいい。「この恋ははじめてだから」でジボ(チョン・ソミン)の友人で男性中心のセクハラ横行企業で毅然とした態度を貫くやり手OLを演じていたのが印象的なモデル出身の女優だ。
 ボクスンの後輩で、慕っているボクスンと影では関係ももっているハン・ヒソンを、「D.P. -脱走兵追跡官-」や「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」のク・ギョファンが。また、回想の中のチャ・ミンギュの青年時代を、カメオで「還魂」のイ・ジェウクが演じるのも笑える。
 また、15歳のボクスン娘ジェヨンも存在感があると思ったら、あの「静かなる海」で ペ・ドゥナも驚いたという、月基地の実験で生まれた少女ルナを演じていた子役、キム・シアだった。なるほど〜!うまいわけだ。
 もう一人注目なのが、ボクスンに付き従うMKの訓練生キム・ヨンジを演じたイ・ヨン。「未成年裁判」の1話・2話に登場する残忍な中学生の犯罪者ペク・ソンウ役。「D.P. -脱走兵追跡官-」の二等兵アン・ジュノ(チョン・ヘイン)の妹アン・スジン役。「イルタ・スキャンダル -恋は特訓コースで-」ではチョン・ドヨンが演じたヘンソンの学生時代も演じていた。
 
 音楽は、タランティーノのような凝りようはないが、最後の決闘シーンに、バカラックの<This Guy’s In Love With You>が流れるところは、韓国映画としてはウルトラ珍しい。(ま、センスは古いが・・全体がオマージュなので、それも織り込み済みだろう。)