海外ドラマ

失踪者捜索人マサントニオ

悲観的で、プライドが高く、臆病らしい・・典型的ジェノヴァ人の人格が隅々まで描かれる問題作!

Masantonio
2021年 イタリア カラーHD 50分 全10話 Cattleya AXNミステリーで放映
クリエイター:ヴァレリオ・チリオ 監督:ファビオ・モッロ ほか
出演:アレッサンドロ・プレツィオージ、ダヴィデ・イアコピーニ、クラウディア・パンドルフィ、ベボ・ストルティ、バージニア・カンポルッチ、ダニエラ・カメーラ

 出だしは、どーも乗り気になれない。だって主人公が、とんでもなく性格が悪く、フレンドリーではないのだ。イタリアのジェノヴァを舞台にした、人探し物のミステリードラマ。
 しかし、「悲観的で薄情、内気な懐古主義者、ケチで怒りっぽくて不愛想、警戒心のかたまりで気位が高い・・・これはイタリア人が一般的に抱く、ジェノヴァ人に対するイメージ」だと、イタリア系の人が書いていたのを見て超納得。やっぱり、ジェノヴェーゼというのはそういう人種らしい。
 主人公の、エリオ・マサンントニオ(アレッサンドロ・プレツィオージ)の性格は、まさにリグーリア(ジェノヴァがある)人が自分たちを評する方言<Stundaio>そのものだからだ。
 「Stundaioとは、プライドの高さと臆病さ、猜疑心が一緒になった性格のことだ」(作家:エウジェーニオ・モンターレ)。そうならアレッサンドロ・プレツィオージは、全く見事に<Stundaio>を表現している。
 正直、見る前に、こういうことを理解していないと見続けるのがきびしいかもしれない。しかし、逆に理解していれば、だんだんと、このウルトラぶっきらぼうなマサントニオが、少し可愛くも見えてくるのだ。

 リグーリアは、イタリアでは一番北西でフランスと境を接している。コートダジュールの続きで、ニースから電車に乗ると、知らないうちに終点はリグーリアに入っているくらいである。当然景色も、優雅で素晴らしい。
 物語は、ジェノバのリグーリア州知事のオフィスに、警官のリーヴァ(ダヴィデ・イアコピーニ)が呼ばれて、「失踪人捜索課」を設立するから、それを手伝えと知事のアッティリオ・デ・プラ(ベボ・ストルティ)に、命じられるところから始まる。警察とは別に直属部署として新設する組織だという。
 リーヴァは戸惑うが、あとから遅れてやってきた、ヨレヨレのオヤジを相棒だと紹介されて、さらに衝撃を受ける。見事に性格がねじ曲がっていて、協調する気が微塵もないこの男こそが、エリオ・マサントニオだ。
 イタリアでは年間25,000人もの行方不明者がおり、社会問題になっているらしい・・ので、まったく有り得ない設定ではないのだろう。州政府の、ドアには「保管室」と書かれたままの空き部屋をあてがわれた、リーヴァとマサントニオは、不協和音のまま知事に依頼された捜査を始める。

 実はエリオは、20年間自分自身が失踪していた元失踪者。18までジェノヴァの下町で育ったので、街じゅうが知り合いのようなものだが、なるべく誰にも合わないように逃げ回っている。典型的なジェノヴァ人らしく、エスプレッソ中毒で、できたてのパニーニが好物だが、知り合いに会わずにこれを買うのが難しいのだ。親の残した家がそのままで、最初は電気もつかない状態だが、そこに住んでいる。
 ただ一人の肉親は、妹のロベルタ(ダニエラ・カメーラ)だが、彼女は父の葬式にも帰ってこなかった兄のことを許していない。しかし、なぜかロベルタの一人娘であるティナ(バージニア・カンポルッチ)は、戻ってきた伯父に興味津々なのだ。

 次第に分かってくるが、リーヴァにも妻を最近亡くした過去があり、父親の助けを借りて2人の幼い娘を一人で育てている。
 そして、このプロジェクトを命じた州知事アッティリオは、もともとマサントニオの父親の友人で、彼が残りの人生をエリオの捜索に捧げたのを見てきた、協力者でもあったのだ。
 全体の縦糸として、このような複雑な人間関係が徐々に露わになって行き、家族、友人との和解と、自らのコミュニティ(ジェノヴァの下町)にエリオが今一度身を置く覚悟を決める話だと見せかけるのだが・・・、最後にはびっくりする展開もある。

 この縦糸とは別に、ドラマとしては毎回それぞれの行方不明者を探し出す。

 隠れて別の人生を歩もうとしていたり、すでに死亡していたり、友達にかくまわれていたり、認知症だったり・・・実に様々な原因で人はいなくなる。
 エリオの捜査方法が、まったく独特のものだ。
 失踪者の遺物や写真、部屋の雰囲気、周りとの関係など、多くの情報をインプットすると、自然と失踪者の幻影がエリオの前に現れて、語りかけてくるのだ。(死んでいれば霊魂だというところだが、生きている場合も全く同じように現れる。)
 これはエリオが自分の中で生成した、失踪者の幻影なのだろう。失踪者とエリオの会話は、哲学的で機知に富んでいて実に興味深い。エリオ自身が作り出した幻影なので、失踪者の側も容赦なく、エリオ自身の悔恨や苦悩を逃さず指摘する。イエスやノーでは絶対答えずに、複雑な質問に複雑な質問で返すような論理的だが面倒な会話は、まさにジェノベーゼの気質なのだろう。
 しかし、この会話を手掛かりに、エリオは次々に失踪者を特定する。時には、分かっていても、本人の幸せのために見逃すことも、実にイタリア的だ。

 失踪者の捜索ものといえば、ウィリアムズ兄弟が手がけた「ザ・ミッシング」シリーズや、そのスピンオフで失踪捜査専門探偵となった元刑事ジュリアン・バティスト「バティスト」シリーズがあるが、比較するとイタリア人とイギリス人の「失踪」というものの意味の違いも見えて面白い。
 あくまで個人の自由というものの比重が大きい、アングロサクソンの世界においての「失踪」と、家族の絆や、地域社会の結びつきが比べ物にならないほど大きいイタリア(ジェノバの街の住人は、日本で言えば金沢とか京都の人を思わせる・・)の「失踪」。マサントニオが最後にに行き着くのは、イタリアの失踪は、本人とその親などの物語ではなく、失踪者がいたコミュニティー全体に影響を及ぼして、大きな喪失感をうむという・・結論のようにも見える。

 ドラマは、毎回、そして特に最終回には、なんとも言えない余韻を残す。ジェノヴァ出身のミュージシャン<Pivio e Aldo De Scalzi>(ロベルト・ピスキュータとアルド・デ・スカルジ)の手がけた、現代音楽とクラシックが混ざりあったようなサントラもいいが、なんといってもエンディングにかかる、60年代イタリア歌謡曲調の歌が印象に残って仕方がない。

 どこにも、アーティストの記載がないので、驚くほど「捜索」は難航したが、ようやくミラノのオルタナ・バンド、ブルヴァーティゴ<Bluvertigo>のフロントマンで、シンガーソングライターのマルコ・カストルディが、ソロ・プロジェクトのモーガン<Morgan>名義で出した、2003年のアルバム<Canzoni Dell’Appartamento>に収録されている曲<Altrove>だと判明した。
 

  なんとなく古めかしい曲だが、音自体は大昔のものには聴こえない不思議な曲。歌詞もどこか哲学的だが・・今の自分を捨てて「他の場所で<altrove>」と歌う男の歌であり、時間を超えた失踪者の話しにも、寄り添う曲に思える。演出家か、クリエイターが惚れ込んで使用したのかもしれない。
 
By 寅松

後半2話分トレーラー