オンランシネマ

スプリンターズ 7人の自分

ネオ・ノワールというより、蛭子能収のガロ漫画とデビット・リンチ風味を、格安のSFにまとめたような作風

7 Splinters in Time
2018年 アメリカ 75分 Red Giant Media Amazon Prime/U-Nextで視聴可能
監督:ガブリエル・ジュデ=ワインシェル 脚本:ガブリエル・ジュデ=ワインシェル 撮影:ジョージ・ニコラス
出演:エドアルド・バレリーニ、エマニュエル・シュリーキー、オースティン・ペンドルトン、グレッグ・ベニック、リン・コーエン、アル・サピエンザ ほか

 ガブリエル・ジュデ=ワインシェル監督の長編デビュー先で、2018年のシネクエスト・サンノゼ映画祭でニューヴィジョン賞を受賞した。一部ではシネ・ノワールとも称されたが、むしろB級グラフィック・ノベル・テイストの現代版デビッド・リンチとでもいうべきか?

 話は完全に悪夢としてスタートする。
 主人公のダリウス(エドアルド・バレリーニ)は、刑事だが精神的問題を抱えて現在休職中。螺旋階段のある古びたアパートの暗い部屋で、母親のような老婆の面倒を見ながら暮らしている。10年前以前の記憶がなく、自分自身が何者なのかにも自信が持てない。
 そこに上司である、ティムス(アル・サピエンザ)が訪ねてきて、捜査に復帰しろと命じる。まだ戻れる状態ではないと抗弁するダリススに、「お前がやるしかない」と迫るティムス。彼が見せてくれた被害者は、ダリウス自身と瓜二つの人間だった。

 ドラマは、後半の1/3くらいに達するまで、ほとんど意味不明の映像コラージュが連なり、夢の中のような展開である。荒廃した街の光景や古めかしいアパート、なぜか交番のような警察、カタツムリのような奇妙な形の図書館。グラフィカルなモチーフは、なかなかに凝っているが、その必然性は特に最後まで説明されない。
 フラッシュ・バックのように繰り返すダリウスの記憶は、アメリカの郊外らしいハイウェイを、美女とともに走る幸福な記憶と、路上に飛び出した裸の男と交通事故。そして、その事故とともに、自分が裸でその場に生まれたらしき感覚。
 そうしている間にも、一人の殺人鬼によって多発する殺人事件。その被害者は、すべて自分にそっくりなドッペルゲンガーであった。

 後半から少しづつ出てくる、喋りまくる陰謀論者の隠遁者(プレッパー)のような坊主頭の男、ルカ(グレッグ・ベニック)が、送りつけられたビデオテープから、暗号を読み解き、最後には自作のフライング・マシンで行動を開始する。
 同じ頃、ダリウスは私立図書館の司書に紹介された精神科医が、一緒に車に乗っていた女性だと気づくのだが・・。

 完全に狂ったシュールドラマかと思えば、最後の方に、ダリウスとルカはもともとサーカスで出会った親友で、共に図書館司書をの名乗っていた博士、ヒョードル・ワックス(オースティン・ペンドルトン)の時間移動計画「オンファロス」<Omphalos>の被験者であったこと。ダリウスはもともと精神に傷を持っていたために、時間の矛盾を起こすと、7人に分裂して存在してしまったこと・・などが説明されるのだが・・・。
 そもそも、台本的には7人と言う人数が何で出てきたのかもわからないし、自分が分離した殺人鬼と殺された3人には、どんな必然性があるのかまるでわからない。
 オンファロス計画という、ギリシャ語の「へそ」から名づけられた秘密めいた計画やら、様々なグラフィカルなイメージ、プロダクションデザインは、インディペンデントながら、楽しめる要素ではある。
 陰鬱な主人公を演じた、エドアルド・バレリーニ(「ソプラノズ」『ディナー・ラッシュ』)は、若い頃のデイヴィッド・ドゥカヴニーみたいだが、最後まで呆然としたまま芝居をしているようにしか見えない。
 
 短いし、編集は比較的テンポがいいので、最後まで見られるが、逆にシュール映画として趣は損なわれてしまっている。SF映画やフィルムノワールとしては、存在理由が疑わしい。
 見てもいいけど、見なくても後悔するほどではない映画である。

By 寅松