海外ドラマ

薔薇の名前

映画より精密に描かれた、知の巨人の哲学的中世ミステリー!

The Name of the Rose(Il nome della rosa)
2019年 イタリア/ドイツ カラーHD/4K 50-54分 全8話 11 Marzo Film/Palomar/Rai Fictions AXNミステリーで放映
クリエイター/監督:ジャコモ・バティアート 原作:ウンベルト・エーコ
出演:ジョン・タトゥーロ、ダミアン・ハルドン、ルパート・エヴェレット、マイケル・エマーソン、グレタ・スカラーノ、ニーナ(アントニア)・ホタラス、ステファノ・フレージほか

 ウンベルト・エーコの代表作として世界的な名声を確立した歴史ミステリー「薔薇の名前」を新たにドラマ化した最新作。先に放映されたイタリアでは27.5%というプライムタイムでの史上最高視聴率を記録したらしい。本ドラマは、イタリア、ドイツのコラボ作だが、物語中の会話は英語が使用されている。何れにしても、中世の修道院における会話なので、使われていた言語はラテン語であるはずで、イタリア語ではないのでその意味では(日本人からすれば)さほど違和感はない。
 もちろん1986年にジャン=ジャック・アノー監督、ショーン・コネリー主演で制作された有名な映画版があるわけだが、今回は、「バートン・フィンク」「オー・ブラザー!」「名探偵モンク」など多くの映画、ドラマで名優として知られるジョン・タトゥーロが主演、エグゼクティブ・プロデューサーとして関わり、編集者、小説家、脚本家などとしても知られる、ジャコモ・バティアートが監督/脚本として全体をまとめている。
 エーコの原作は、1327年に北イタリアのベネディクト派の大修道院で起こった惨劇を、中立地帯であるこの修道院でアビヨン教皇庁との論戦のために訪れた、フランスコ修道会の高名な哲学者修道士ヴァスカヴィルのウィリアムが、途中で彼に付き従ってきた若い弟子アドソとともに解き明かす物語であり、ウィリアムのモデルは、「オッカムの剃刀」の原理の提唱者として知られる、実在の哲学者、フランスシスコ会士であったウィリアム・オブ・オッカム(オッカムは苗字ではなく出身地)である。
 オッカムは、中世の哲学者としては珍しくイギリス人なので、イタリア系(アメリカ人)のタトゥーロより映画のショーン・コネリーという人選の方が的確に思えるかもしれないが、実際のオッカムはイングランドのサリー州(オッカム村)出身で、骨太のスコットランド人であるコネリーとはやや雰囲気が違うようだ。中世の人物なので、どこまで正確かは疑わしいが、残っている肖像画やステンドグラスによれば明らかにタトゥーロの雰囲気が近い。
 またモデルとなったオッカムは、急進的な唯名論(のちの記号論の元祖とも言えるーちなみにウンベルト・エーコは記号論学者)を唱える哲学者であり、その意味でも風貌も演技も学者的なタトゥーロのウィリアム像は説得力がある。
 このウィリアムの宿敵で、修道院に到着すると無実の人間を見境なく異端者と決めつけて拷問する残虐な異端審問官ベルナール・ギーを、ルパート・エヴェレットが演じている。「アナザー・カントリー」「ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー」「ベスト・フレンズ・ウェディング」などで、かつては二枚目で知られた英国俳優だが、ゲイ的な(本人もゲイと公表済み)残虐さがリアルだ。
 その他のキャスティングも、よく練られている。修道院長をマイケル・エマーソン(「パーソン・オブ・インタレスト」「LOST」)が、映画版ではロン・パールマン(「ヘルボーイ」「ハンド・オブ・ゴッド」)が演じたサルバトーレを「いつだってやめられる 7人の危ない教授たち」シリーズのステファノ・フレージが、ともに好演している。アドソに抜擢されたドイツの俳優ダミアン・ハーダング、魔女として捉えられるオクシタンの娘を演じたイタリア人女優ニーナ・ホタラス(アントニア・ホタラス名で知られるが、最近改名したようだ)、アナを演じたローマ生まれのグレタ・スカラノと、若い俳優たちもなかなか出来がいい。
 オクシタンというのは、オック語を話すという意味であり、オック語というのは主に主に南フランスの先住民が話した言葉である。(なので、プロバンスのアビニヨンから来た審問官ギーは、彼女の言葉を解した)それが、北イタリアの山中でアドソ(ラテン語とドイツ語しか話せないだろう)と出会うのかが不思議だったが、オック語はフランス以外にも、イタリアのピエモンテ州の一部でも話されていたらしい。この作品の修道院があるとされる北イタリアは、まさにピエモンテの山岳部あたりをイメージしているらしい(エーコはピエモンテ出身)のでようやく理解できた。
 ドラマは、もちろん今更説明するまでもない名作で、展開もスリリングだが、それを支えるプロダクションデザインにも目を見張るものがある。
 舞台の修道院の外観として選ばれたのは、アブルッツォにある「天空の城」として知られるロッカスカレーニャ<Castle of Roccascalegna>と、「死にゆく町」と形容されたウンブリアの集落、チヴィタ・ディ・バーニョレージョ<Civita di Bagnoregio>。CGの技術の進化もあり、かつての映画以上に世界の知を集積した中世最大の迷宮図書館のイメージを見事に再現している。もちろん、衣装や細部の小道具に至るまで安っぽいものは見当たらない。
 脚本も丁寧で、回想を交えながら緊迫する連続殺人と、それに迫るウィリアム、アドソの活躍が描かれてゆく。そもそも「薔薇の名前」の小説は、上下巻で刊行された大長編小説なので2時間の映画でその全てを表現するのは到底難しい。
 その意味でも、全8回のミニシリーズとしてのドラマ化は意味があると思う。

by 寅松