オンランシネマ

孤高のスナイパー

トランプ大統領「グリーンランド買収!」の野望が見事に明かされる!タイムリーすぎるテロ映画。

SKYTTEN  
2013年 デンマーク カラー 94分 TV2(デンマーク)/ Nordisk Film Aamazon Primeで視聴可能 (「ザ・シューター 孤高のテロリスト」名義でWOWOWで放映)
監督:アネット・K・オルセン 脚本:アーケ・サンドグレン、マイケル・W・ホルステン
出演:トリーヌ・ディルホム、キム・ボドゥニア、ニコライ・リー・コス、クリスチャン・ハルケン、ラース・ランゼ、カーステン・ビィヤーンルン ほか

 映画自体は、2013年と少し古いものだが、あまりにタイムリーな内容でぶっ飛んだ!世界規模のジャイアンこと、気狂いトランプ大統領が、先日ツィッター上で発表した、グリーンランドの買収計画。
 トランプタワーは建てないと、揶揄されないように先回りしたようだが、「俺様に、グリーンランドを売らないつもりならもういかない!」と言わんばかりの無礼な態度で、マルグレーテ女王の招きで予定していたデンマーク訪問を取りやめて、世界を驚愕に陥れたばかり。
 しかし、6年前に作られたこの映画に、ジャイアン・トランプの目的がまるごと描かれているのだ!

 出だしはそれぞれがニュースを見る場面から始まる。
 世界的な気候温暖化が大きな問題になっている最中、選挙では環境保護を訴えていた首相が当選した途端に国民を裏切り、石油会社とその裏で糸引くアメリカと合意して、グリーンランドでの石油採掘を発表したのだ。
 実はグリーンランドには、(正式には発表されていないが)膨大な石油の埋蔵量があり(少なくともこの映画では)それを掘り出せば大きな利益が得られる。今までは、氷に覆われた大地で、掘削は非現実的だったが、皮肉なことに温暖化の進行で土地が露出してそれが可能になったのだ。
 しかしそのことがもたらす、温室効果ガスの押上の効果は絶大で、まさに危機的な状況を迎えつつある地球の温暖化には大きなダメージとなることは明白だ。首相の手下であるボービー外務相(ニコライ・リー・コス)は、石油会社と共同で設立した基金で温暖化対策も行えるとどこかの自民党内閣のようなゲスな言い訳をするが、国民の怒りは止まず、大きな反対運動を招く。
 しかし、誰よりもこのことを怒っていたのは、地球物理学者としてグリーランドの地下資源の調査に長年従事し、それを採掘することの問題を早くから政府に提言してきたラスムスだった。しかも、ラスムスはなぜか長年ライフル協会に所属する、狙撃の名人らしい。なんだそれ!
 一方まるでデンマークの天海祐希みたいな、人気女性記者ミアは、このタイミングで休暇に入り、インドのカルコタから養子を迎えようとしていた。ちなみにバングラディシュに隣接する西ベンガルに位置するカルコタ(昔はカルカッタと呼んでた)は、世界でも先陣を切って地球温暖化の影響を受けている都市だ。
 新聞社の上司は、この機会に政府の国民を裏切った決定を追求できるのは、人気記者のミアだけだから、ぜひTVに出演し政府を追求してくれと依頼する。
 タイミングギリギリだけど、なんとかミアはTVに出演し政府官僚とやりあうが、そのTV出演以来、ミアの元に身元不明の男からテロ予告の情報がもたらされるようになる・・。

 オープニングのグリーンランドの風景や、人工的な明かりの少ない部屋の中の描写などは、まさに「THE KILLING/キリング」を思わせて期待させる。「コペンハーゲン/首相の決断」などでも、いくつかディレクションしていた女性監督アネット・K・オルセンは、社会ドラマだけでなく揺れる働く女性のドラマを盛り込みたかったらしい。テロや政府の欺瞞よりも大きな要素となっているのが、ミアが養子面接に間に合うかという問題の方である。
 ミア役は、マッツ・ミケルセン主演の『ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮』(2012)など知られるトリーヌ・ディルホム。颯爽とした感じは、新聞記者にはぴったりだが、正直あんまり同情する気になれない。
 一方、最後はテロリストと化しても温暖化を止めさせようとするラスムスを演じるのは、あの「THE BRIDGE/ブリッジ」のシーズン1/2、サーガの相棒マーティン・ローデを演じたキム・ボドゥニア。いい人の感じは十分だ。
 見た目はイケメンだが、国民を裏切る大臣について行く、いけ好かないボービー外務大臣は、「特捜部Q」シリーズのニコライ・リー・コスが演じる。
 出演者は十分豪華だが、しかし、何と言っても脚本が情けない。キリングの脚本家マイケル・W・ホルステンも参加してはいるが、サポートしている程度なのだろう。物語は直線的に進むが、これといってどんでん返しもなく、緊迫感も乏しい。根本的な問題として、一人のスナイパーが政策を翻意させるようなインパクトのあるテロ行為を行うということ自体無理がある。

1977年に制作されたオリジナル版

 実を言えばこの映画は、1977年にデンマークで制作された同名映画<Skytten>のリメイクであるようだ。オリジナル映画の方は、原子力発電所の建設に抵抗するために、元狙撃手が立ち上がる話だが、1977年という時代を考えれば十分緊迫感のある話だったはずだ。1977年といえば、連合赤軍による「ダッカ日航機ハイジャック事件」が起こった年。世界は、まだテロに対する準備ができていなかった。
 9.11以降世界は完全に変わった。20世紀には考えられないくらい危険で、殺伐とした時代に突入。テロに対する方針も、世界で共通化してしまっている。この時代でテロを描くのであれば、狙撃のような生易しい手段では、あまりにアナクロだろう。

 ドラマの最後の方では、アメリカはこの開発に協力することで、第二次世界大戦中にグリーンランドに設置したチューレ空軍基地を大幅に拡大する密約を取り付けていたことが明らかになってくる。
 これこそが、気狂いトランプが石油による金儲け以外に考えている、もう一つの「不動産取引」の中身なはずだが、その描写も実にあっさりではある。2013年当時は、これが現実になるとは、制作者もさすがに考えていなかったというわけだろうなあ。仕方ない。

by 寅松

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