海外ドラマ

ハッピー・バレー 復讐の町 シーズン1/2

鋼の意思を持つ女性警官が、荒廃した田舎町の犯罪に挑む!

Happy Valley
2014/2016年 イギリス BBC ONE カラー 60分 全6話×2
クリエイター:サリー・ウェインライト
監督:サリー・ウェインライト、ユーロス・リン ほか
出演:サラ・ランカシャー、クレア・カートライト、トミー・リー・ロイス、チャーリー・マーフィー、ジョージ・コスティガン、シャーリー・ヘンダーソンほか

 イングランド北部のヨークシャーを舞台とした、クライムサスペンスとうよりおばさん警官のドラマである。日本人からはあまりピンとこないが、クリエイターのサリー・ウェインライトもこの地の出身で、あえて地方色を出した作品を作り続けているようだ。タイトルの<Happy Valley>というのも、いかにもイギリスにはなさそうな地名(まあ「ハッピー・タウン」というドラマもあったし、アメリカならありそうな話ではあるけれど)だが、どうやら地名ということではなくて、実際にドラマのロケが行われた西ヨークシャーのカルダー川渓谷を比喩的に指しているようである。ドラマ自体は、完全に西北イングランドの現実的な話なのだが、ひょっとするとウェインライトはドラマのテイストに少しアメリカ的(西部劇的)なイメージを盛り込みたかったのかもしれない。オープニングとエンディングのタイトルに流れるのは17歳でデビューして話題となったイギリスの若手シンガーソングライター、ジェイク・バグのデビュー・シングル<Trouble Town>。現代の若者の歌声ながら、意表をつくほどルーツ・ミュージックのテイストを残したシンプルなブルースで、イギリスの現代にアメリカの風を吹き込むのにはふさわしい。
 最近のイギリスではおばさん刑事ものは決して少なくない。ヘレン・ミレンの「第一容疑者」に始まり「ヴェラ〜信念の女警部」シリーズ、Xファイルのジリアン・アンダーソン主演<The Fall>。「ブロードチャーチ〜殺意の町〜」でもオリヴィア・コールマンが地元警察のおばさん刑事を演じている。
 しかし、このドラマはその辺の「刑事」もとは全く趣を異にしている。主人公のキャサリン・ケイウッドは刑事ではなく巡査部長。日々地元の小さな業務をこなす毎日だが、麻薬所持の疑いがあれば、地元の議員でも臆すことなく締めあげる、その意思の強さと辣腕ぶりは有名だ。刑事としても十分な能力を持つ彼女が、地元の田舎町で警官をやっている事情は、話が進むとあとで説明される。子育てのためにキャリアを諦めた元刑事だったのだ。
 今の彼女は、地元新聞の記者だった夫とも離婚し、更生中の元ヤク中/アル中の妹、クレアと一緒に、娘のベッキーが生んだ小学生の孫、ライアンを育てている。娘のベッキーは、ヤクの売人だったトミーリー・ロイスに弄ばれ、子供を産んですぐ自殺したのだ。キャサリンには、今でも娘の死が白昼夢のようにのしかかり、娘をレイブした上に(キャサリンはそう信じている)自殺の原因となったロイスを許していない。ロイスは薬物取引の罪で収監されていたのだが、つい最近保釈になったと聞かされたキャサリンは、手を尽くしてその居場所を探そうとする。そんな中、地元の実業家の娘、アン・ギャラガーが誘拐されるという事件が勃発。最初は、単純な営利誘拐に見えた事件は思わぬ方向に動き出し、キャサリンが目をかけていた美人警官が交通違反の車を尋問中に殺害される事件も起こる。全ての事件が、徐々に一つの事件につながってゆくが・・・。
 また、シーズン2(Series 2)では先のシーズンで誘拐された誘拐されキャサリンに命を助けられたアン・ギャラガーが、警官となって登場。トミーリー・ロイスは殺人と誘拐の罪で再び刑務所に入っている。しかし仕事に戻ったキャサリンが通報を受けて向かった廃屋で発見したのは、なんとロイスの母親の屍体だった。殺人事件は、連続売春婦殺人事件へと発展。キャサリンが母親を殺したと信じるロイスは面会に訪れるファンの一人に、キャサリンに近づくように説得する。一方、事件の捜査に当たる刑事ジョン・ワズワースには、厄介な不倫相手が・・・。
 両シーズンとも十分ショッキングなストーリーだが、不自然な連続危機で構成されたジェットコースター・ストリーではない。本当にドキドキさせられるが、十分なリアリティーがあり、最後までミステリー的どんでん返しを用意するのではなく、事件のハラハラとは別の解決後の人々のドラマも用意されている。シーズン1では家族の和解が、そしてシーズン2では登場する女性たちの側のふれあいが描かれる。
 全編を通して目を奪われるのは、ロンドンを舞台としたオシャレ・ドラマや、理想郷として描かれる古き良きカントリーサイドの刑事物などでは決して見ることのできない、北西イングランドの極めて厳しい現実だ。
 今も美しい風景のヨークシャーだが、かつて隆盛を誇った羊毛産業が衰退した今、農家は観光農園かさもなくば極端に厳しい経営状態である。若者に職はなく、田舎にもかかわらずクラックが蔓延。10代の売春婦は珍しくない。国外からの人身売買も行われている。それらを影で取り仕切っているのは、実は地域の上流階級が支配するマフィア組織である。
 お嬢様も売春婦も女性警官も誰もがヘビースモーカーでひっきりなしにタバコを吸うし、男も女もベロベロになる程酒を飲む。こんなに喫煙シーンが多くては、アメリカの地上波では絶対放映できないだろう。
 出演者は、日本ではあまり馴染みがなが全員素晴らしい。主演のサラ・ランカシャーは、クリエイターのサリー・ウェインライトがその演技に惚れ混んで、このシリーズを製作したというほどの迫力がある。
 妹のカーラを演じたシヴォーン・フネラン、孫役のリース・コナ、アン・ギャラガー役のアイルランド人女優、チャーリ-(シャーロット)・マーフィーもそれぞれに熱演しているが、トミーリー・ロイスを演じたジェームズ・ノートンの出来は出色だ。さすがにこの作品で、英国TVアカデミーの2015年助演男優賞を受賞し、2018年のドラマ<McMafia>では主演に抜擢されだけのことはある。しかし、ヤク中の売春婦の息子で、悪魔のように人を騙し、レイプや殺人になんのなんの呵責も覚えない男を演じた彼は超イケメンなだけでなく、実はケンブリッジ大学卒の秀才である。
 また、シーズン2でロイスに操られる偽女教師を演じる、シャーリー・ヘンダーソンの演技も奥深い。
 2018年にスーパー!ドラマTVで放映されたが、現在Netfilexでも視聴可能である。シーズン3が製作される可能性はあるようだが、2018年度中に公開されることはないと発表されているので、少し先になりそうだ。

by 寅松