海外ドラマ

マイ・ディア・ミスター〜私のおじさん〜

もはやTVドラマとは言い難い、長すぎる名作映画。しかも現代のものとは到底思えない長編人情劇!

나의 아저씨/My Mister
2018年 韓国 カラーHD 72~91分 全16話 Studio Dragon/tvN BS11などで放映後 Amazon Prime、Netflix、Abema等で配信)
脚本:パク・ヘヨン 監督:キム・ウォンソク
出演:イ・ソンギュン、イ・ジウン(IU)、パク・ホサン、ソン・セビョク、イ・ジア、コ・ドゥシム、ソン・スク、チャン・ギヨン、アン・スンギュン、キム・ヨンミン、チョン・ヘギュン、チョン・ジェソン、クォン・ナラ、オ・ナラ、パク・ヘジュン ほか

 原題が、直訳で「私のおじさん」。58年にフランスのジャック・タチが手がけた名作『ぼくの伯父さん』<Mon Oncle>を意識したかはわからないが、意味合いは親戚の叔父/伯父のことではなく、日本で若い女の子が中年を「おっさん」呼ばわりするのに近い。
 会社の上司である自分を「おじさん」と呼ぶ、イ・ジアン(IU)に、ドンフン(イ・ソンギュン)は「部長と呼べ」とたしなめる。
 一言では言い表せないが、とても現代の普通のTVドラマと比べるのは難しい、まるで映画のような特殊な作品だ。しかも、現代の映画ではない。強いて言えば60年代から70年代の日本映画のような。もしくは、70年代以前のイタリアかフランス映画のような雰囲気すら醸し出す。

 物語は、寡黙すぎる構造エンジニアで、建設の大手企業(とは言え現会長が一代で築いた日本で言えば大変昭和的な会社)サムアンE&Cの部長、パク・ドンフンがバイク便で送りつけられた収賄を受け取ってしまい、とりあえず引き出しに入れてしまったことから始まる。
 この収賄は、社長派閥のユン常務(チョン・ジェソン)が専務派閥のパク・ドンウン常務(チョン・ヘギュン)を追い落とすために、出入り業者に送らせたものだったが、一字違いで間違ってドンフンの元に送りつけられたのだ。
 ユンからこの報告を受けた社長のト・ジュニョン(キム・ヨンミン)は、とりあえず部長のドンフンでも構わないから、収賄で追求して退社に追い込むよう指示をする。実はトは、ドンフンの後輩で、社内では多くの上司を追い抜いて社長に抜擢された人物。しかもドンフンの妻カン・ユニ(イ・ジア)と不倫の真っ最中であったのだ。
 しかし、社長派の社内の監査部が、ドンフンの追求を始めるが、なぜか受け取った収賄(5000万ウォンの商品券)は一向に見つからない。実は、常に借金取りから過酷な取り立てにあっている、若い派遣社員のイ・ジアン(IU=イ・ジウン)が盗み出していた・・・。

 ストーリーを説明し始めるとまるで企業内での陰謀を扱ったミステリーのような印象を受けるが、そういう話でもない。
 会社をめぐる陰謀や、妻の浮気は、主人公である声のやたらいい東京03みたいな、イ・ソンギュンが演じるドンフンの苦悩の一部でしかない。ドノフンには、会社や妻よりもおそらく大事にしている兄と弟と母親がいる。家族だけではなく自分が住む、発展から取り残されたようなソウルの郊外の地元「後渓」(フゲ:架空の地名)の仲間がみな大切なのだ。
 主役は、この後渓という、ソウルの忘れられつつある昔の人情が生きる街そのものような気さえしてくる。(日本で言えば、それこそ柴又や京成立石のような雰囲気)

 そこで育った、長男ソンフン(パク・ホサン)、次男ドンフン、三男ギフン(ソン・セビョク)のパク三兄弟は、3人とも一流大学を卒業した地元期待の星だったが、今やサンフンは会社をクビになり、起こした事業も失敗して逃げ回る債務者に。
 ギフンは映画監督として将来を嘱望されていたが、デビュー作で失敗して以来業界には戻れない。2人は母ヨスン(コ・ドゥシム)の自宅に戻って居候。
 3人のうちただドンフンだけが、大企業の現役部長で、弁護士の妻との家庭も維持している。
 彼らをめぐる後渓の仲間は、全員が中年早朝サッカーチームの所属で、街のマドンナ、ジョンヒ(オ・ナラ)が経営する酒場集まり、毎晩のように呑み明かす。その光景は、まさに昭和の(決して現在のではない)新宿ゴールデン街か新宿三丁目ようにしか見えない。
 ジョンヒの元恋人は、優秀なドンフンがどうしても追いつけなかった親友で文武両道の地元のエースであったが、地元も恋人も捨て出家してしまったギョムドク(パク・ヘジュン)だとか、ギフンが兄と始めた清掃業で、毎日マンションの階段にゲロを吐いているだらしのない女の部屋を尋ねると、ギフンが失敗したデビュー作で、主演に据えた大根の美人女優ナラ(チェ・ユラ)だったことを知る・・など、枝葉とは言い難いエピソードが積み重なる。

 一方、イ・ジアンは子供の頃に母親が大きな借金を残してなくなり、肉体的にも身障者の上に口もきけない祖母を一人で抱えて、凶暴な闇金業者イ・グァンイル(チャン・ギヨン)に毎月稼ぐ全財産を暴力的に取り立てられる生活を続けている。
 生き延びるためにはどんなことでもしてきたし、それを厭わない。
 ジアンを助ける、ただ一人の友達で、ゲームオタクの弟のようなギボム(アン・スンギュン)は、多くは説明されないが、子供時代の回想でも出てくるので、子供の頃から一緒に虐待されてきた仲のようだ。
 一方、グァンイルとジアンも子供時代から知り合いで、暴力的な今の二人の関係は、ある種の共依存のようにも見える。

 ジアンが住む、丘の上の最下層の住宅が、たまたま後渓の小学校裏にある。
 住む世界も、年齢的にも、ほとんど接点のないはずのドンフンとジアンを結びつけるのが、会社と居住地、そしてジアンが社長のトから金を引き出そうと、工作を引き受けて、ドンフンの携帯に仕込んだ盗聴アプリだ。
 ドラマの中では、何度となく現代競争社会の象徴である会社(サムアンE&C)(東京で言えば丸の内のような中心部にある)とドンフンとジアンの住む後渓を繋ぐ、地下鉄の光景が繰り返し映し出される。二つの対照的な社会を繋ぐ架け橋であり、心を浄化する装置のようにも映る。
 ジアンは、盗聴アプリを使い、最初はドンフンの動向を監視するため、のちには自分の惨めな日常の中、その声を心の拠り所として、リアルタイムのドンフンの日常を聞き続ける。聞き続けることで、ジアンの心は揺らぎ、変化せざるを得ない。
 ドンフンは隠し事もなく、じっと自分の痛みに一人で耐える男らしい男。ジアンが、グァンイルに暴力と威嚇を受けながら借金を返済していることを知り、怒りのあまり闇金に乗り込む場面も、ジアンは音声で知ることになる。

 「ミセン」「シグナル」などヒットを連発した監督のキム・ウォンソク、脚本のパク・ヘヨンも特に手法にこだわりがある人ではないと思うが・・、少なくともこのドラマの脚本は、現代韓国のほとんどのドラマ/映画、日本でもほとんどの作品がその範疇に入る、ハリウッドの脚本スタイルでは書かれていない。
 ハリウッドのスタイルは、ストーリーが何より重要である。ストーリーが最後のオチに至るまで、いかに劇的でテンポよく展開するを重視して、キャラクターの人格は、ストーリーを説明できる最小限度に収めるのが、ハリウッド的な良い脚本だ。
 しかし、このドラマの脚本は、哲学が正反対。
 全てのエピソードは、キャラクターの人格を紹介してゆくためのものに過ぎない。最初は無口で、周りから攻められても何も言い返さない男として描かれるドンフンは、次第に強い信念を持つ男であることが、判明してゆく。
 登場人物それぞれのキャラクターを、小出しに説明することにより、次第にその人間像を浮き彫りにしてゆく手法であり、全体のストーリーは、二の次だ。
 まさに「人間さえ描けていれば、話は自分で動き出す・・」と、日本ではよく言われる王道の脚本製作法である。(ただし今の日本では、映画ですら、このような脚本には滅多にお目にかからない。山田洋次作品とかなら、今でもそうなのかもしれないが・・)
 70年代以前の日本映画や、ヨーロッパ映画の雰囲気は、そこからくるのだろう。特に主人公2人があまりの寡黙さに、日本映画を思わせるのかもしれない・・。

 出演者の演技は、どれも素晴らしい。主演のイ・ソンギュンはもちろんだが、すでにK-popの歌姫として十分な評価を得てきたIU(通常、役者をする場合本名のイ・ジウンを用いているようだが、このドラマでは役名がイ・ジアンでわかりにくいためか、IUでの表記が多い)が、ここまで本格的な演技をしたことは、驚きをもって迎えられたようだ。

IUのライブ風映像 (演奏はしているので、完全口パクではにだろうが、コーラスでボーカルは補強されミックスされているので、ライブそのものではない)

 日本より芸能界の生き残り戦略が熾烈な韓国では、アイドルから俳優業へのシフトは珍しくないが、ここまでの大物歌手が、演技派と言っても差し支えないほどの役者業をこなすのは異例なのだろう。ミュージシャンとしても評価の高い、ジャネール・モネイが、「ホームカミング シーズン2」驚くような演技を見せたことを思い出した。
 幼少期に自身も、母親が親族の保証人になったために、一時期一家離散状態になり、弟と祖母のもとで育てられたIUにとって、感情移入がしやすい役であったこともあるのかもしれない。
 いずれにせよ、このドラマの演技に感心した是枝裕和監督が、彼女を韓国で製作した『ベイビー・ブローカー』の主演の一人に迎えたのもよくわかる。

 ドラマ出演はこのドラマが初めてと言う、評価の高い映画俳優ソン・セビョクが演じた、ギフンもリアリティがあった。
 映画監督であった、ギフンのセリフには、「ノッティングヒルの恋人」や、北野たけしの言葉など映画関連の引用も多い。印象的なのは、ギフンの人柄を表すドンフンとの会話で、映画の話が出る場面。「『誰も知らない』という映画がある」「母親に子供たちが捨てられる映画で、10分で見るのをやめた!子供がかわいそうで見ていられなかった」と是枝裕和監督の映画を引っ張り出した。

 借金取りのイ・グァンイルを演じた、チャン・ギヨンは、演出賞のキム・ウォンソク、最優秀演技賞のIUと共に、このドラマで2018 APAN STAR AWARDSを新人賞を受賞。その後、「ここに来て抱きしめて」「ル・イット 〜巡り会うふたり〜」「恋愛ワードを入力してください〜Search WWW〜」「九尾の狐とキケンな同居」などで大きな役を掴んでいる。
 ドンフンの美人さんの妻で、弁護士でもあるカン・ユニの整形っぽい美しさに、どこかで見覚えが・・と思ったら、「私だけに見える探偵」の恐ろしい生き霊ソンウを演じた、イ・ジアであった。
 「霊魂修繕工」「ブラックドッグ」「シグナル」と、いつも困った中間管理職を演じているチョン・ヘギュンが、少しやり手の反社長派急先鋒の常務パク・ドンウンを演じている。

日本語トレーラー