海外ドラマ

死を招く森〜引退刑事ベトゲの執念

これが実話だとしたら、ドイツの田舎の検事は本当にひどすぎだな!

Das Geheimnis des Totenwaldes/Dark Woods
2020年 ドイツ カラーHD 105分 全3話 Bavaria Fiction Conradfilm/NDR、Das Erste AXNミオステリーで放映
クリエイター:シュテファン・コルディッツ 監督:スヴェン・ボーゼ
出演:マティアス・ブラント、カロリーヌ・シュッヘ、ジルク・ボーデンベンダー、ハンノ・コフラー ほか

 「実話を元に翻案した」というテロップが出るが、ほぼ実話なのだろう。主人公である、トーマス・ベトゲ(マティアス・ブラント)の目から見た物語が、事件の起きた80年代末、しばらく経った90年代、そして事件を集結させた2017年までという3話の構成で語られる。ドイツ語原題を直訳すると「死者の森の秘密」。ベトゲの妹の失踪事件が、地元ニーダー・ザクセンのイゼ森で起こった連続殺人事件と関わっている・・ということでのタイトルなのだが、イゼ森をめぐる連続殺人事件は話として出てくるだけで、話の中心はあくまで謎の失踪を遂げた妹、バーバラ(ジルク・ボーデンベンダー)をめぐる物語である。

 「引退刑事ベトゲの執念」などというタイトルを見れば、日本人的には、執念深いたたき上げの刑事が、引退しても自分の事件を追い続ける姿を思い浮かべるが、ぜーんぜん、そういう話ではない!そもそも、トーマス・ベトゲはハンブルグ州刑事局の局長にまで出世した大エリートである。
 妹が住んでいて、事件が起ころニーダー・ザクセン州は、エルベ川を挟んでハンブルグの対岸に広がる低地の州で、警察の管轄が異なる。ドイツ第2の大都市、ハンブルグの警察長官というのは正直かなり偉いと思うので、隣の州の事件だからといって、まったく口を出せないとも思えないのだが・・・、遵法精神の塊のような、大真面目なベトゲは、時折ニーダー・ザクセンの検事に電話をしてお願いするだけで、捜査を急がせたりはしない。ただ、たまたま現地の警察に配属になった、昔の教え子である美人新任刑事、アンネ・バッハ(カロリーヌ・シュッヘ)に捜査情報を教えてもらい、アドヴァイスをする程度なのだ。
 おかげで、事件はまったく解決しない!!!
 地元警察も実は、ほとんど何もしていないのだから解決するはずもない。
 やっているのは、ベトゲの義弟で、妹が失踪した当時、バーバラと離婚協議中であたった実業家ロベルト(ニコラス・オフザレック)を、なんとか犯人に仕立てようと、非現実的な推理を続けているばかりなのだ。この見立てに固執している地元警察の捜査担当者ローゼ(カルステン・ミエルケ)も間抜けな刑事だが、なによりひどいのはレースト(モーリッツ・グローブ)という検事で、こいつはわざと捜査を妨害しているとしか思えない。
 ドラマの表現だけでは、控えめすぎてよくわからないが、19世紀まで地方ごとの公国に分かれていたドイツは、地域ごとに反目も大きいのかもしれない。(ニーダー・ザクセンは中世には、ザクセン人が支配していた地域)。最初から「大都会ハンブルグの警察長官には、口を出させない!」気概が満々だし、捜査を、いいかげんに店晒しにしてやろうという意図さえ見え隠れする。

 ベトゲがようやく重追い腰を上げて、自分の手で事件を解決しようと意を固めるのは、なんと自分が定年になってから10年もたってから。毎日、妹が殺害される夢にうなされ続けて、このままじゃ自分の身が持たないと観念してからの話だ。
 いくらなんでも、遅すぎだよ!(笑)とはいっても、これは実話なんだから仕方がないのだろう。
 なんど面会しても、一向に事件を本気で捜査する気配のない、(今や検事正に上り詰めた)レーストのふざけた態度に、温厚で真面目さの権化のようなベトゲもようやく頭にき始めた。今はハンブルグに移動して名刑事になっている、バッハや元部下フランクの協力を得て、私設の捜査チームを結成。
 90年代に、一度バッハが容疑をかけて追い詰めたものの、本人の自殺でその家の捜査すらも中止させられた、ユルゲン・ベッカー(ハンノ・コフラー)に的を絞ると、ベッカーの元妻アンドレアと再婚した男(ベッカーの元自宅の所有者)をなんとか説得して、その家の捜索を続けたのだ。

 最後に、ようやく妹の白骨死体が、ベッカー宅のガレージ・ピットの下から掘り出されて、ベトゲの執念は実るのだが・・あれ、そのほかのイゼ森の連続殺人事件は??実は、他の殺人事件にもベッカーが関与した疑いがあり、実際には膨大な数の連続殺人の可能性があるが・・・解決されていない・・とテロップだでるだけ!
 ベトゲさんの回想録が元なのかもしれないが、正直、連続殺人の方がずっと大きな問題じゃないのか!と言いたくなる。「死を招く森」は、どこへ行った??
 
 実はこれは、ドイツ犯罪史上、相当ヤバい事件らしい。
 実際の事件は、ニーダー・ザクセン州のゲーデ<Göhrde>の森で起きた連続殺人事件で、ドラマと同じ2組の夫婦が殺害されて発覚し30年以上未解決だったが、元ハンブルグの警察長官、ヴォルフガング・シェラフが、退職後、妹ビルギット・マイヤーの捜索を私的に続けた結果、1993年に自殺した、墓地の庭師クルト=ヴェルナー・ヴィヒマンの家屋のガレージのピットから人骨を掘り出し、それがマイヤーの遺骨であることが判明した事件なのだ。
 その後、ニーダーザクセン州警察は、連続殺人の犯人をようやくクルト=ヴェルナー・ヴィヒマンと特定。まだ知られていない別の人物が共犯者としてこの殺人(あるいはさらなる犯行)に関与しているのではないかと疑っているという。
 2018年には、ヴィヒマンの友人で、ヴィヒマン未亡人の夫になっていたハンス・ルドロフから渡されたと思われる、古いスーツケースが警察に持ち込まれ、そこからヴィヒマンの免許証と弾薬付きの銃器2丁が出てきたらしい。
 2019年5月、警察が捜査を再開したことが発表されたが、まだ解決していないようだ。

 ドイツでは歴史的な偉人で、ノーベル賞も受賞した元首相のヴィリー・ブラントの息子で、俳優であるマティアス・ブラントが演じた、トーマス・ベトゲ。確かにその「誠実さ」は十分伝わってきたが・・・、ドイツ社会の現実は、今や遠いところにあるのではないか?
 このドラマの教訓は、順法精神と正攻法では、凶悪犯罪は解決できないということと、ドイツの検事は大抵ひどいやつだということくらいだろう。
 いくらなんでも30年は待ちすぎだよ!

By 寅松

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