海外ドラマ

怪物

演技がすごすぎて、恐ろしい!まさに韓国ドラマの”怪物”か!

괴물/Beyond Evil
2021年 韓国 カラーHD 60分 全16話 Celltrion Entertainment/JTBC Amazon Primeで配信
脚本:キム・スジン 監督:シム・ナヨン
出演:シン・ハギュン、ヨ・ジング、チェ・デフン、チェ・ソンウン、チョン・ホジン、キム・シンロク、チェ・ジノ、ナム・ユンス、ホ・ソンテ、イ・ギュヒ  ほか

 ちょっとホラーっぽささえ漂うオープニングだが、サスペンス・ドラマで超自然的設定などはでてこない。ごくごく、真っ当な物語だ。「演技の神」名優、シン・ハギュン(そういや「ウォッチャー」のハン・ソッキュもそう呼ばれていたが、韓国にはやたらに「演技の神」がいるようだ)と子役から成長を見せた若手のホープ、ヨ・ジングがタッグを組み、2021年の百想芸術大賞(韓国のゴールデングローブ賞)で、作品賞、男性最優秀演技賞、脚本賞をつぎつぎ受賞した。「秘密の森」と肩を並べるほどの名作であり、現代韓国TVドラマのレベルの高さを、いやでも思い知らせる作品である。
 「秘密の森」の脚本が新人女性脚本家のイ・スヨンであることにも驚いたが、この作品は、ついに脚本(クリエイター)のキム・スジン、監督のシム・ナヨンともに女性である。世界的な流れでもあるが、今の韓国ドラマの質の高さは女性クリエイターが支えている面も大きいようだ。
 脚本は、当初は連続殺人犯を割り出すサスペンスで、順当にラスボスが登場するタイプだが、犯人探しを最後まで引っ張らず、真相を教えた後に、今度はその真犯人を引き摺り出すチームプレイに焦点が移る二段構えの構造。それだけでも十分面白いのだが、脚本を超えるほど、演出力と出演者の演技力が強力で、まさに3拍子揃ったドラマである。

 舞台は、京畿道(キョンギド)のムンジュ市(架空の市だろう)。ソウルから遠くもないが、再開発の話が頓挫した後、すさんだままに放置されてきた。特に20年前に、猟奇的な行方不明事件が起こった、マニャン地区は監視カメラの設置すらままならない荒れ果てた土地だ。日本で言えば、栃木か茨城あたりの田舎町だろうか?
 マニャンの人々は、皆が昔からの知り合いで、人間関係は実に濃い。普段は、言い争っていても、外からかかった圧力には、全員一丸となって抵抗する。まるでアメリカ中西部のような(外から見れば)不気味な閉鎖性がある。
 マニャンの派出所に勤務するイ・ドンシク(シン・ハギュン)は、変わり者で知られる巡査長だが、派出所長のナム・サンベ(チョン・ホジン)を含めて、周りの人間はみな、彼を気遣っているようにも見える。地域の人間は、20年前彼に起きた悲劇とその暗黒を知っているからだ。
 ドンシクは、第一関節から切り落とされたすべての指先を残して、消えた妹を今も探している。その事件が起こった当初、ドンシクは容疑者として逮捕され、その逮捕を行なったのは、当時担当だったナム・サンべ所長であった。
 事件が起こるまでは、お気楽な若者だったドンシクは、証拠不十分で不起訴になったのち、妹を見つける為に警察官になり、一時はソウルの広域捜査班の刑事にまで昇進する。相棒の若い刑事の暴走を止められず死なせてしまったのち、故郷の派出所に舞い戻っていた。
 その派出所に、突然若いエリート、警部補ハン・ジュウォン(ヨ・ジング)が自ら志願して配属されてくる。ジュウォンは、次期警察庁長官を確実視されている本庁の次長、ハン・ギファン(チェ・ジノ)の息子だった。20年前にハン・ギファンが、ムンジュ署の所長をしていたために、ジュウォンも子供の頃にこの地にいたことはあるが、それが理由ではない。本庁外事課のエリートであったジュウォンは、身元の特定されない外国人売春婦が殺害されているいくつかの事件に関連性を見出して、同じ特徴のある20年前のドンシクの妹、イ・ユヨンの失踪事件がその原点ではないかと考えていたのだ。そして、警察の資料から当時容疑者として逮捕された人間が、今は派出所の警官ドンシクであることを突き止めていた。
 所長の命令で、パートナーとして勤務することになったドンシクとジュウォンは、葦の湿原で認知症の老人を探す羽目になるが、2人の手伝いに来ていた若い警官のオ・ジブン(ナム・ユンス)が、葦の沼地から手だけを突き出していた白骨死体を発見してしまう。その死体には、指先が欠損していた。

 社会性がさほど強調されるドラマではないが、登場人物の設定が入念で、丁寧に描かれている。イ・ドンシクの家は、熱心なキリスト教徒らしく、遊んでばかりいるダメな兄ドンシクに対して、失踪したユヨンは、ソウル大学に入学が決まった出来の良いお嬢様であった。一家は、知恵遅れに見える、身寄りのないカン・ジンムクの面倒もよく見て、ドンシクの兄弟のように育て、今は、地元唯一の商店を切盛りさせている。カン・ジンムクには、家を出た妻が置いていった娘を育てていたが、ドンシクはその娘カン・ジョンミン(カン・ミナ)にも、実の姪のように接していた。
 ムンジュ署の強行犯係のチーム長を務める女性刑事のオ・ジファ(キム・シンロク)と、ムンジュ署のパク・ジョンジェ(チェ・デフン)は、共にドンシクの同級生で、長年寄り添ってきた親友だ。オ・ジファの弟は、派出所の若手で気の弱い、オ・ジブン。別れた元の夫は、ムンジュの再開発を熱望してきたJR建設の代表、イ・チャンジン(ホ・ソンテ)。パク・ジョンジェの母親は、野心家で次期市長を狙うト・へウォン(キル・ヘヨン)で息子を溺愛している。
 実は、ハン・ギファン、イ・チャンジン、ト・へウォンは、20年前から地元の開発を巡って協力してきた因縁のある3人であったのだ。
 公式的になりがちな、それぞれの親子や元夫との関係も、ぞれぞれによく練られていてリアリティがあり、演出も見事である。

 派出所の人間やドンシクの仲間が集まるのは、マニャン精肉店という肉屋で、なし崩し的に焼肉店としても営業しているような場所。そこの女店主は、母親が失踪して以来、若い頃から一人で店を切り盛りしてきたユ・ジェイだ。演じたチェ・ソンウンは、20代の新人ながら、若い頃のちあきなおみののような色気のある表情をする。
 所長ナム・サンベを演じたチョン・ホジンは、「ライフ」の院長役など超ベテランのバイプレーヤー。釜山で覚えたという、なぞのロシア語で悪態をつく、元やくざ者の悪辣な土建屋イ・チャンジンを演じたホ・ソンテは、「ウォッチャー」でも見た目通り、悪辣な刑事を演じていたが、話題作「イカゲーム」でもヤクザを演じて話題となっている、「悪役商会」顔の役者だ。

 男性最優秀演技賞をとっているので、シン・ハギュンにはこれ以上言うことはないが、同じJTBCの前作「霊魂修繕工」では、演技自体というより、そもそも年齢や設定に無理があったので、本作では得意の怪しげなニヤニヤ笑いを存分に発揮できたのは喜ばしい。精神科医には見えないことはないのだが、「霊魂修繕工」の役どころは、偉大な父親との葛藤を抱え、可愛すぎるチョン・ソミンが演じる境界性人格障害患者と恋に落ちてしまう・・という未熟さが残る主人公であった。なんでも知っているニヤニヤ顔のこの男では無理があるだろう。

 脚本、演出、演技どれも素晴らしいが、さらに印象的なのはプロダクション・デザインの良さと、音楽の使い方。
 「マニャン精肉店」や主人公ドンシクの育った家などは、入念に作り込まれ、鄙びた町の雰囲気を実によく醸し出していた。
 高校生で母が失踪してから、やさぐれたまま店を続けているユ・ジェイは時折、韓国の演歌「釜山に行けば」を口ずさむ。失踪者を探して、韓国全土を探す回るうちに、「釜山のラブホテルで母親を見かけた」という噂を聞き、そこまで行ったこともあったのだ。
 「釜山に行けば」は、日本で言えば60年代のド演歌のような曲だが、実は2012年に流行ったレトロ調の曲で、71歳をすぎた韓国演歌歌手チェ・ベクホ が歌い上げたもの。ドラマの前半、エンディングで流れる異様な韓国演歌ブルース「The Night」もチェ・ベクホが朗々と歌い上げている。最近の韓国ドラマで、こんな曲を使ったケースは、まずないだろう。

 この演出的な思い切りが、このドラマを凡百の作品とは違うレベルのものに押し上げているのかもしれない。韓流ファンならずとも、見るべきドラマと言えるだろう。

By 寅松

「The Night」チェ・ベクホ