海外ドラマ

弔い写真家の事件アルバム

アイルランド+カナダの珍しいスキームでつくられたほのぼのダーク・ミステリー

Dead Still
2020年 アイルランド、カナダ カラーHD 45分 全6話 Deadpan Pictures、Shaftesbury Films Acorn TV/Citytv AXNミステリーにて放映
クリエイター:ジョン・モートン 監督:イモジェン・マーフィー、クレイグ・デイビット・ウォレス
出演:マイケル・スマイリー、カー・ローガン、アイリーン・オヒギンズ、マーク・レンドール、ピーター・カンピオン、エイダン・オヘア、マーティン・ドノヴァン ほか

 アイルランドとカナダ合同という珍しいスキームで製作された、ビクトリア朝ダブリンを舞台にした、ダーク・コージー・ミステリー。遺体専門の写真家である、ブロック・ブレナーハセット(スマイリー)が主人公なので、ややホラー的味付けがなされているものの、ホラー要素はごくごくマイルド。コメディ要素もミステリー要素も、あるけど控え目。その代わり、ビクトリア朝の風俗や、やや薄暗い時代の雰囲気などは、なかなかよく反映されているし、集合写真をイメージしたカメラの構図も楽しめる。
 話は、アイルランドではその道の第一人者として知られる遺体写真家、ブレナーハセットが、押しかけてきた破天荒な姪のナンシー(オヒギンズ)、足をくじいた為にしかなく助手に雇った、元墓掘り人夫の若者モロイ(ローガン)と共に、小さな事件を解決しながら、自分の封印した過去と関係がある連続殺人事件に対峙する物語。
 最初の2話くらいは、ミステリーにしてもあまりに些細な謎解きで、とんでもないほのぼのドラマか?と思い始めるが、実は6話を通じて最後に盛り上がる縦糸の方が、ドラマの主軸で、最後にはけっこうハラハラさせられる。
 キャラクターとその背景はなかなかよく描かれている。 
 寡黙だが、威厳を保つことを重要とするブレナーハセット、女優になりたいと郊外の屋敷を抜け出して、ダブリンで暮らしている叔父の家に転がり込む姪のナンシー、都会でパーティーに明け暮れて、仕事もしていないナンシーの兄ヘンリー(カンピオン)。ブレナーハセットに子供の遺体写真を依頼する、厳格すぎる夫妻など・・アイルランド人とは言え、上流階級は非常にイギリス的。キャサリンとブレナーハセットの家族が、実に冷淡でひどい家族というのも笑える。
 それに対して、ダブリン警察に配置転換になったばかりの、ちょっととぼけたリーガン刑事(オヘア)は、上司から年中「これだから南の人間は・・」と揶揄されている。「南」というのは、南部地方という意味ではなく、北アイルランドに対する南アイルランド、つまり現在のアイルランド共和国全体の意味だろう。要するにプロテスタントでイギリス系の支配階層に対して、ケルト系カソリックの純粋なアイルランド土着民は、概ね下層の人間で、差別される対象ということだ。
 特にルーツについて話の中ではでてこないが、墓堀人をやっていたが、「写真に興味があるので、ぜひ」とブレナーハセットに売り込んで雇ってもらうモロイや、ブレナーハセットの専属御者カルザース(ジミー・スマルホーン)なども皆、見るからに「南」の人間で、人が良さそうなところがよい。
 後半に登場するアメリカから来た危ない写真の収集家は、おそらく南北戦争後にヨーロッパに逃げて来た南軍の出身者だろう。それでもアイルランド人からは「ヤンキー」と呼ばれている。
 ビクトリア朝の、興味深い風俗もよく取り込まれている。大いに流行したイカサマの降霊術。ポルノだけでなくスナッフ・フィルムの原型のような殺人写真、心霊写真などの裏取引。売春宿やら、下層のパブの雰囲気。ロンドンほどではないが、それなりのダブリン社交界のパーティーなど。プロダクション・デザインも手抜きがなく、ロケーションもよく選ばれている。(アイルランドとカナダでそれぞれ撮影されている)
 ビクトリア朝の英国において、遺体を装飾して記念写真を撮る(ポストモーテム・フォトグラフィー)という習慣は、実際にあったものだ。この職業は、今では廃れてしまっているし、死後に写真を撮る・・などと言えば、気味が悪いと思われるだろうが、ダゲレオタイプ(銀板写真)が発明された19世紀当時は、写真を撮ることは非常に稀で、一生に一度あるかないかのことであった。死者を思い出に残そうと思えば、それ以前は肖像画くらいしかなく、予算的に中流以下の階層には無理があった。しかし、銀板写真の技術が発明されたために、中産階級でも家族の死者を忘れないように、死後に記念として写真を残そうという人々が現れたのだ。ダゲレオタイプは露光に非常に時間がかかるために、自分では動かない死者は写真を撮るのに好都合であったということもあるらしい。
 いずれにせよ、ドラマの中で姪のナンシーが言い放つように、カメラが改良され、普通に人々が、生きている自分たちを撮影するようになると、この習慣は廃れていったのである。
 
 ドラマの終盤、連続殺人事件は解決を見るが、殺人写真を依頼していた秘密組織の謎は残り、ブレナーハセットの秘密をそのままにしようとする態度に幻滅した姪も、助手のモロイも、その下を去ってゆく。どう考えてもシーズン2を見据えた終わり方だ。今の所、シーズン2の情報はないが、可能性は大いにあるだろう。
 主演のマイケル・スマイリーは、北アイルランド出身のコメディアンで、「刑事ジョン・ルーサー」では、テクノロジー担当の地味なルーサーの同僚、ベニー・シルバーを演じていた。最シーズン5では誘拐されてしまう、かわいそうな人だ。また、つい最近の「ブランニック警部〜非情の大地」にも監察医ディンガー役で出演している。

By 寅松

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