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運び屋

88歳のおじいちゃんが撮った映画には、88歳なりの良さがある!

The Mule
2018年 アメリカ 116分 Imperative Entertainment/ワーナー・ブラザース Amazon Primeで視聴可能
監督:クリント・イーストウッド 脚本:ニック・シェンク 原作:サム・ドルニック
出演:クリント・イーストウッド、ブラッドリー・クーパー、ローレンス・フィッシュバーン、アンディ・ガルシア、イグナシオ・セリッチオ、ダイアン・ウィースト、アリソン・イーストウッド ほか

 ま、日本にも確かに山田洋次のような長老監督がいるが、当時88歳(2021年現在は90歳になっている)で監督/主演をしたクリント・イーストウッドは本当に化け物である。しかし、撮っただけならありうる話だろうが、なかなかにテーマも内容も見るべきものがあるのだから、驚かされる。
 イーストウッド御大に監督主演を決意させた物語が、実話というのも面白い。サム・ドルニックがニューヨーク・タイムズに書いた記事<The Sinaloa Cartel’s 90-Year-Old Drug Mule>を基に、『グラン・トリノ』を担当した、ニック・シェンクが脚本を仕上げた。物語の核となる部分ーーもともと退役軍人で園芸家であったレオ・シャープが、白人の老人が警察に目をつけられないことをいいことに、メキシコ最大のシナロア・カルテルの運び屋として、合計1,400ポンド以上の麻薬を運んだという驚きの話ーー自体は、実話なのだ。
 しかし、イーストウッドはそこに、自身の人生観や考え方の変化、アメリカ社会の今直面している根本的な問題も反映させて、風格のある映画に仕上げている。
 古き良きアメリカで、個人事業主として成功し、人々が「アメリカン・ドリーム」と呼ぶ、アメリカの一番良い部分を体現してきた主人公が、全てがITと金融中心の巨大アメリカ資本主義に飲み込まれて没落せざるを得ない状況に陥っていても、なお、その状況を理解もできず、頑迷に自分なりの道を見つけようとする・・・。おそらく、あるていど保守的で高齢な白人の多くが共感するであろう、古き良きアメリカ魂の流浪の物語とも受け取れる話だ。
 実は、この映画を見たあとで、さらに世代としては少し下の『ノマドランド』を見ると、登場人物たちの事実上のホームレスという境遇を自ら認めようとはしない、白人ノマドたちのメンタリティーがよく理解できるのではないかとも思う。その意味でも、ちゃんと時代を切り取った映画になっている。

 アール・ストーン(レオ・シャープを基に創作した人物)(イーストウッド)は、80代も後半の老人。一時はデイリリー(ワスレグサ属)の栽培家として高名で成功もしたが、人々が花もネット通販で買う時代に入り没落。農園は、銀行の担保に差し押さえられ行き場を失った。アールは、もともと外面がよく、非常に社交的な人物で、この歳でも友人は多い。仕事にも熱心だった。一方、家族のことは長年ないがしろにしてきた報いで、妻メアリ(ウィースト)には離婚され、結婚式をすっぽかした娘アイリス(アリソン・イーストウッド)には12年半も口を聞いてもらえない。ただ一人、孫娘のジニー(タイッサ・ファーミガ)だけがしたっていてくれて、近く迎える結婚式のリハーサルに呼んでくれたのだが・・。当然のように、元妻のメアリと娘に追い返されるのだが、その席に居合わせた、新郎側の知人で、麻薬組織の関係者に声をかけられる。金に困っている老人で、犯罪歴も違反切符もない白人なら運び屋にぴったりだ。
 後日、カルテルの麻薬の中継用の自動車工場のガーレージにボロボロのトラックで現れたストーンは、若いメキシコ人たちから携帯を渡され「テキスト(メッセージ)は打てないのか?」「エル・タタ(じいちゃん)大丈夫か?」などと心配されながらも、シカゴまでの配達を引き受ける。
 一方、シカゴのFBI支局にコリン・ベイツ捜査官(クーパー)は、着任早々主任のルイス(フィッシュバーン)から、「派手な活躍を期待してるぞ!」とハッパをかけられる。ベイツは、相棒のトレビノ(マイケル・ペーニャ)と共に組織の関係であるフィリピン系のルイス(ユージン・コルデロ)を内通者にして情報を得ようとするが、なかなか運び屋の正体だけがつかめない・・。
 今時のドラマ編集のテンポからすると、全体にややゆったり気味ではあるが、イーストウッドそのもののような、アールの人柄は丹念に描かれていて好感が持てる。毎回、長距離ドライブのたびにラジオから流れる昔のポップソング(妻との思い出の曲は、69年のスパイラル・ステアケースのヒット曲「More Today Than Yesterday」だ!)やカントリー。下品な替え歌を大声で歌いながら運転する様に、盗聴器で監視しているカルテルの部下たちも思わず笑って歌い始める。若いメキシコ・ギャングたちが銃で脅して、予定通りに走れと命じるが、「俺は戦争帰りだ!お前たちなんぞ怖くはない」とヨボヨボしながらもアールは従わない。口はとびきり悪く、差別的だが、自分なりの誠実さと親切心は持ち合わせている。(トランプ以降のアメリカからは消え去ろうとしている、穏健派共和党員的な古き良きアメリカ人ということだね)
 ハイウェイで、トヨタの車がパンクして立ち往生している黒人夫婦を見つければ、二グロと呼んで「おじいちゃん、今はそういう言葉は使わないの」と怒られるが、ちゃんとタイヤの替え方を教えてやる。自分の監視役のメキシコ・ギャングが、白人警官に尋問されそうになると、こいつらは俺の引越しを手伝わせてるんだ・・と警官を言いくるめて事なきを得る。
 エル・タタ(じいさん)とカルテルの連中にも慕われ始めて、大きな輸送を次々成功させると、メキシコの大ボス、ルトン(ガルシア)にも感謝されて意気投合するのは、少々映画的ファンタジーかもしれないが、誰にでも好きなように思っていることを口にして、時としてなかなか重みのあるアドバイスになっているのは、リアリティーもある。
 最初に自分の担当になった、カルテルの若造フリオ(セリッチオ)には、ボスの豪邸に招かれた席でこっそり「お前は、組織を辞めて自分の好きなこと見つけてするんだ」と大胆なアドバイス!(実は「珈琲いかがでしょう」のタコじいさんだったのか?)
 運び屋を突き止めにきた、ベイツ捜査官とワッフル・ダイナーで鉢合わせすると、彼女との記念日を忘れて、「失敗した!」と焦っているベイツに対して、「記念日を忘れちゃいかん、特に女には大事なんだ」「俺のようになるんじゃないぞ!家族より仕事を優先させたんだ。・・大事なのは家族が一番だ。仕事は二番でいいんだぞ」と深ーいアドバイスを。
 メキシコのカルテルでは、ルトンが暗殺されてアールの立場も次第に微妙に。フリオに加え得て強面の監視役が送り込まれて、厳しいスケジュールで輸送をするように追い込まれるのだが、そんなとき孫娘のジニーからは、おばあちゃんが倒れて長くないという緊急の電話がかかってくる・・。
 
 実話を基にした話なので、驚くような結末でもないが、最後の最後に人生で大事なものは、何なのか?というテーマに対しては、はっきりと回答を示してして、後味の悪くない映画である。『フットルース』、『ハンナとその姉妹』、『ブロードウェイと銃弾』、『シザーハンズ』などで知られる元妻役のダイアン・ウィーストは、ラスト近くにようやく本領を発揮する。最後の最後にようやく口を聞いてくれて、感謝祭に招いてくれる娘のアイリスも妙にリアルな演技だとおもったら、イーストウッドの実の娘、アリソンであった。
 エンディングに流れる、アールの賛歌のような歌は、カントリー・シンガー・ソングライター、トビー・キースが書き下ろしたオリジナル曲<Don’t Let the Old Man In>だ。

by 寅松

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