オンランシネマ

ウトヤ島、7月22日

人類史上最悪の乱射テロ事件を、カメラを止めるな方式で描く、狂気の沙汰!

Utøya 22. juli(U – July 22)
2018年 ノルウェー 97分 Paradox Film 7/Nordisk Film Amazon Primeで視聴可能
監督:エリック・ ポッペ 脚本:シヴ・ラジェンドラム・エリアセン、アンナ・バッヘ=ヴィーク
出演:アンドレア・ベルンツェン、リアノン・ミュラー・オズボーン、ジェニ・スベネビク、アレクサンデル・ホルメン、インゲボルグ・エネス、ソロシュ・サダット、レーデ・フリスタット、アーダ・アイド ほか

 なんか人類史上、最多人数を殺傷した狂った事件が北欧であったことは、ぼんやり知ってる人も多いと思う。2011年の7月にこの事件が起こった時には、日本での報道はそう大きくもなかったし、せいぜい「なんで、あんな平和そうなところで、凶悪なことって起こるのかねえ・・」くらいの感想だったんじゃないかと思う。
 そりゃ、そうだろう、我が国は2011年の3月11日に、12都道府県で計2万人以上の死者を出すという未曾有の災害、東日本大震災に見舞われたばかりで、その事後処理もままならかった時点での話なのだ。

 しかし、史上最悪の銃乱射事件の現実は言うまでもなくエグい!
 そもそも、よく知らなかったが、これはたった一人のガイキチが起こした連続テロ事件の一部だった。32歳の極右キリスト教原理主義者アンネシュ・ベーリング・ブレイビクは、一人で自動車爆弾を製造し、まずはオスロ中心部にある法務・警察省庁舎で大爆発を起こす。そのあと、今度は警官の制服を着て、オスロ郊外のウトヤ島に渡り、次々に島でキャンプをしていた10代の若者たちを標的に乱射をしていった。
 バカンスシーズンのこの時期、ウトヤ島ではノルウェー労働党青年部の集会が行われ、700人に上る10代の若者たちが参加していたらしい。
 極右思想のブレイビクは、当時政権にあったノルウェー労働党が主導する移民政策を憎んでいたようだ。労働党は皆殺しという発想!この両テロで死亡した人数は77人(ウトヤ島では69人)。重症者は99人に上る。もちろん人類史上最悪の乱射殺人事件だ。
 ブレイビクの乱射は合計72分間に及んだ。島であったこともあり、警察の到着は遅れたようだ。この映画は、なんと全編97分のうち乱射時間と同じ72分間を手持ちカメラのワンカットで撮影し、視聴者にはガイキチのターゲットにされた被害者の恐怖を100%味あわせてくれる。なんというか、狂気の沙汰の映画ですね。
 登場人物の個人的背景はフィックションらしいが、生存者から多くの話を聞いて作り上げた脚本には、作り事は全然感じられない。しいて言えば、主人公が逃亡中に歌った歌が、「トゥルー・カラーズ」だったかどうかぐらいだろう。
 とにかく、物語は無いに等しい。オープニングから、主人公のカヤ(ベルンツェン)は、(テロのニュースを聞いいて)心配しているらしい母親と電話で喋っている。「とにかく、ここはウトヤ島よ。世界で一番安全な場所だから心配しないで・・」そう言って電話を切ると、どこかで羽目を外しているらしい妹を探し始める。そもそも、労働党青年部の集まりだから少々ダサめで真面目な若者たちが参加しているのだとは思うが、21歳のカヤは執行部か何かなのだろう。責任感が強そうで、いかにもクラス委員的な存在だ。
 一方妹のエミリエ(ミュラー・オズボーン)は反抗期のようで、カヤの心配も余計なお世話とばかりに、言い争いにしかならない。しかたなく、妹をテントに残したまま他の仲間と合流したカヤは、ワッフルを食べながら真面目な議論を始める・・・。
 いや、ストーリーは正直ここまで。このあと、遠くから聞こえた銃声に、みんなが「???」となり、次の瞬間、狙撃されて逃げててきた若者を見て、誰もが何かが起こったこと気づいてパニックを起こすと、あとはずっとずっと逃げ惑うばかりの話なのだ。逃げ惑いながら、カヤは自分が連れてきた妹とはぐれたことを後悔し、探し続けるという味付けはあるけれど・・。
 とにかくマルティン・オッテルベックのカメラがすごい。iPhoneじゃ無いだろうが、とにかくて手持ちの軽装備で、ずっとカヤが逃げ惑うのについてまわるのだ。これをワンテイクで撮っているのだから、72分の芝居はすべて計算されてなんども練習してのことだろう。それを考えると、というか、どうやったのか想像するするのが難しい。人間業とは思えない。
 見る側としては『ブレア・ウィッチ』やそのひ孫のような『カメラを止めるな!』を思い浮かべるかもしれないが、この映画は現実の怖さなので、比較にならない。1000倍はゆうに怖い!しかも、現実なので最後には、とんでもなくひどいことが起きる。
 実際に、こうだったのだろう・・・。被害者たちは、何一つ事情は分からずに、泥まみれで逃げ回るだけ。ただ一つわかっているのは、狙撃者に見つかったら、撃ち殺されると言うことだけなのだ。

 同じ事件を描いた、Netflixが配信中のポール・グリーングラス監督『7月22日』では、事件とその後の裁判までもドラマとして描いているが、この映画は逆に犯人の背景や、その他関わった人たちのよくありがちな人間ドラマなどはすべて切り捨てて、被害者がどんな目にあったけだけに集中している。
 にも関わらず、この映画を観た後にはいろいろ考えさせられる作品だと思う。
 思えば、この事件は、それまでの自由民主主義的な世界の終焉と、ドナルド・トランプとともに世界中で爆発、肥大化した、人種差別とネオナチズムの嵐を予見するものだったのかもしれない。

 ちなみに、犯人のブレイビクは、かねてから移民排斥をする優秀な国家として日本、韓国を賛美していて、最も敬する人物はローマ教皇ベネディクト16世と独裁者プーチンだが、その次に会いたいクラスの人として、麻生太郎の名を挙げていたらしい。優秀な狂人に慕われて、さぞかしタローも鼻が高いだろう。タローとガースーの自民党は、このコロナ禍に乗じて、まんまと入管法を改悪した。日本も条約を批准している難民地位協定を無視して、難民にあたる外国人を「送還忌避者」というレッテルで収容、強制送還できるようにしたのだ。(入管法改悪は、今国会での採決を与党が断念したとのことなので訂正します。収監していたスリランカ人女性に適切な医療を与えずに死亡させた事件に対して、批判が強まったために、与野党の協議が決裂しました。2020.05.18)
 死刑のないノルウェーのハルデン刑務所で今も収監されているブレイビク(フィヨトルフ・ハンセンに改名した)も、たぶん今頃は、ガースーファンになっているかもしれない。「差別国家ニッポン、すげー!」と。

by 寅松
 

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