オンランシネマ

ブロー・ザ・マン・ダウン〜女たちの協定〜

言ってしまうと漁村のファーゴだが・・女たちの絶妙な絆に救われる!

Blow the Man Down
2020年 アメリカ 91分 アマゾン・スタジオ Amazon Primeで視聴可能
監督/脚本:ダニエル・クルーディ、ブリジット・サヴェージ・コール
出演:ソフィー・ロウ、モーガン・セイラー、マーゴ・マーティンデイル、ジューン・スキッブ、アネット・オトゥール、ガイル・ランキン、マルセリーヌ・ヒューゴ、ウィル・ブリテン ほか

 アメリカで最も白い州(白人優位)と呼ばれる北東の端、メイン州。その州の大西洋に面した架空の漁村イースター・コーヴ(アマゾンの解説が「岩石海岸」と訳しているのはメイン州のRockportのことだろうか?なぜ訳す?)で起こる、おばあさんから若い娘までを巻き込む女たちのファーゴ的事件。
 物語の方はさておき、メイン州の冷たそうな海の光景、漁師たちの水揚作業や、実際にはHarpswellという小さな町で撮影されたコージーな街並みが素晴らしい。それらの絵の背景にはのっけら、タイトルにもなっている勇壮な漁師歌/舟歌(sea shanty)<Blow the Man Down>が無伴奏で流れる。映画では、ストーリートとは関係なく、時々漁師(海のルーツミュージックを専門とするフォークシンガー、デヴィッド・コフィンが演じている)が無伴奏でこの歌を歌う姿が映し出されるのだ。
 この歌は、イギリスのsea shantyの中でも典型的なハリヤード・シャンティ(船員たちが力を合わせて帆をあげる際にハリヤード(ロープ)を引く時の労働歌)らしいのだが、「その男をぶっ倒せ!(風が吹き倒すという意味か)」という歌詞が、実は女性の側からの宣言に重ね合わされているという、味わい深い歌でもある。この歌を撮るだけで、監督たちはある程度目的を達してしまったのかもしれない。

 映画は、のっけから葬式シーン。母親が亡くなり、プリシラ(ロウ)とメアリー・ベス(セイラー)のコノリー姉妹は、多くの町の人がやってきた葬式を乗り切るが、妹のメアリーベスは母親の友人から自宅が銀行の抵当に入っていることを知らされてブチ切れる。母親が経営する町の魚屋を続けるために金を借りていたのだ。
 姉妹はその夜喧嘩をし、家を飛び出したメアリー・ベスは酒場で知り合った行きずりの男ゴルスキーと飲み歩き、彼の部屋に連れ込まれるが、パニックになって逆に男を殺してしまう。男の車のトランクには血の跡があり、メアリー・ベスは男に殺されると思ったのだ。
 家に戻ったメアリー・ベスに、姉のプリシラは正当防衛ならと自首を勧めるが、妹の話が曖昧なので翻意し、二人で男の屍体を始末することにする。いかんせん、切れる包丁を扱う魚屋なので、クーラーボックスに入らない男の腕を切り落とすってのが、完全にファーゴだ!
 姉妹は、クーラーボックスを波の荒い海に葬るのだが、もう翌日イケメンの警官が店に現れてプリシラは動転する。警官は、岩場の島で遺体が発見されたので、島に近づけるプリシラの小舟を貸して欲しいという。
 一緒に現場まで行くことになったプリシラは顔面蒼白だが、島に上がった遺体は女性のものだった。どうやら町で唯一の売春宿オーシャンビューで働く女の子らしい・・。
 話はその後思わぬ方向に展開する。
 町唯一の売春宿の女主人エニッド(マーティンデイル )と、地元婦人会みたいな、人の良さそうな婆さんたちスージー(スキッブ)、ゲイル(オトゥール)、ドリーン(ヒューゴ)、そしてプリシラとメアリー・ベスの母親の秘密が露わになってゆくのだ。ま、そこは、そんなに期待しすぎるほどの話でもないのだが・・・、後半の展開はなかなかドキドキで、何が起こるのかは目が離せない。

 基本的に女たちの話で、行動を起こすのも、秘密を告白するのも、秘密を押し殺そうとするのも、苦労を押し付けられたのも、全てが女。その対比として登場する、男は実に影が薄くて面白い。プリシラの高校の同級生だが覚えてもらっていない、とても信心深いイケメン警官ジャスティン(ブリテン)も笑える。
 日本だと漁師町というのは全国にあり、さほど珍しいということもないが、アメリカ全体から見ると、漁師町の文化自体が再発見なのではないだろうか?特にイギリス、アイルランド系の荒くれ者が多い、北の漁師町の文化のなかで、実はその裏の女たちの強さに目を向けているところが非常に新鮮だ。
 演技者として目立つのは、エニッドを演じたマーゴ・マーティンデイル。いつもキャラの強いおばさん役だが、映画『ミリオンダラー・ベイビー』やドラマの「デクスター 警察官は殺人鬼」「ジ・アメリカンズ」「グッド・ワイフ」でよく知られる。
 姉のプリシラを演じたのは英国生まれのオーストラリア人女優、ソフィー・ロウ。オーストラリアのTVドラマでは多くの主役をこなし、2018年のシャーロット・ランプリングや(カントリー歌手)ウィリー・ネルソンが出演した映画<Waiting for the Miracle to Come>でも主役を演じた。
 妹のメアリー・ベスを演じた、モーガン・セイラーは何と言ってもホームランドの初期シーズンで、ダミアン・ルイス演じる帰還捕虜ニコラス・ブロディ軍曹のティーンの娘、デイナ・ブロディを演じたことで有名だ。
 脚本、監督をつとめた2人の女性、ダニエル・クルーディ、ブリジット・サヴェージ・コールにとってもこの映画は初めての作品で、トライベッカ映画祭で2019年にプレミア上映されたのちにアマゾンスタジオからリリースされた。

by 寅松