オンランシネマ

特捜部Q カルテ番号64

コミュ障カールと苛立つアサドの瀬戸際Qコンビは、デンマークの暗部に足を突っ込むことになる!

Journal 64
2018年 デンマーク、ドイツ 119分 Zentropa WOWOWで放映 Amazon Primeで視聴可能
監督:クリストファー・ボー 脚本:ニコライ・アーセル 原作:ユッシ・エーズラ・オールスン
出演:ニコライ・リー・コス、ファレス・ファレス、ヨハンヌ・ルイーズ・シュミット、ソーレン・ピルマーク、ルイーゼ・スコウ、ファニー・ボールネダル、クララ・ロザガーほか

 過去3作品がヒットしたおかげだろう、シリーズでも非常に評価が高い本作は予算がさらにアップしたような印象だ。シナトラをBGMに、北欧の海岸を走る少女ニーデをドローンを駆使して追いかけるオープニング。アパートで発見される衝撃のテーブルを囲むミイラの造作など、安物の感じはまったくしない。カメラマンとしても評価されてきた若手、クリストファー・ボーが監督をつとめる本作は、見せ方には工夫がある。
 人気があるデンマークのはぐれデカシリーズ。相変わらず、地下の資料係Qでくすぶっているカール(リー・コス)だが、今回は出だしから相棒のアサド(ファレス)が、カフェテリアで怒り心頭だ!カールの書いた推薦状がひどすぎる!「5年も一緒にいたのに!これだけですか!」とアサド。「どうせただの所内の移動だ!」と取り合わないカール。
 どうやら、あと1週間でアサドが異動になってしまうらしい。
 カールとしてはアサドの出世を邪魔したくないのだろうが、全く言葉にはださない。アサドの方は、この5年間も片腕として助けてやってきたのに、礼一つ言うでもなく、部署にひきとめる訳でもないカールが(わかっていても)気にくわない!
 そんな行き違い中の2人の前に飛び込んできた、異形の事件!アパートの壁を壊していた解体業者がとんでもないものを発見したのだ。それは壁の向こうの空洞の部屋に何年も置き去りにされ、完全にミイラになった男女の屍体だった。3人の死人は生殖器や顔の一部をえぐられ、それを置いた食卓を囲んでまるで食事でもするような形で座っている。現場を覗いたカールは、テーブルの横に転がっているもう一つの椅子を見逃さなかった。「もう一人いたんだ・・」
 調べるうちに、被害者のつながりは、大ベルト海峡にあるスプロー島に存在した女子収容所だとわかってくる。(映画の描写はフィクションだが、収容所は1923年から1961年まで実在した。)部屋の借主は、かつての女子収容所の看護婦だったギデ・チャーリー。リタとニーデはそこで収容されていた。男の屍体は、その女子収容所が訴えられた時に、弁護に当たった弁護士のフィリップだった。
 カールたちは、フィリップの資料からかつてスプローの女子収容所で勤務していた医師、クアト・ヴェルドに辿り着くが、クアトは現代デンマークの不妊治療の第一人者として大きな権力を持った病院長であることを知る。しかし、カールとアサドは、ローセ(シュミット)が目をつけてコンタクトを取っていた、現在のスプロー島の管理人であるブラントから、クアトとその多くの協力者が今も行なっている恐ろしい活動について手がかりを得るのだ・・・。
 
 今回の特捜部Qには、これまで違うパターンが3つ登場する。1つは、単なる秘書的扱いだったローセの活躍。プライベートも描かれ、さらにはアクションもこなす。2つめは、必ず最後はダメダメで結局アサドに助けられていた、カールが頑張る。ハーバル・ドラッグのヒヨス(中世から使われてきた植物で、マリファナのような効果がある)でフラフラになりながらも、アサドの危機を救うべく大立ち回りだ!そして3つめは、これまであまり前面に出してこなかった、移民としてのアサドを通じてのデンマークの社会問題が描かれること。今回登場する、秘密組織「寒い冬」は、現実のデンマークでも力を持ってきた移民排斥を唱える極右を彷彿とさせるものだ。実は、小説版では移民排斥唱える新興政党「明確な一線」であったものが、映画脚本では秘密結社的に変更されていると言う事情もある。

 日本やドイツのような戦前までファシズム国家であった国で、「優生保護法」のような人権を侵害する悪法が施行されていたことは周知の事実だが、実は先進国の鏡である北欧諸国においても、いまわしい優生思想が信奉されていた過去がある。デンマークにおいては、1929年に社会民主党政権下で「断種に関する法(Lov om Adgang tilSterlilisation)」が制定された。この法律は主に精神病院や施設で暮らす「性犯罪の恐れのある者」「同性愛者」「異常者」などを対象と上げていたが、結局のところその対象は、知的ハンディのある人へと拡大されてゆく。先進的な公的扶助と引き換えに、国家による知的障碍者の去勢が行われたのだ。
 これらの法律がどの程度厳密に運用されていたのかは知る由も無いが、一度法律ができれば、現場の裁量で、その人間を「障碍者」や「異常者」のレッテルを貼って処理することは容易にできる。このドラマのようなことはいくらでもあったのだろう。

 ドラマの中では、過去の優生思想は現代に生き延びて、移民を優れた北欧人より劣った絶やすべき「不良な血統」とみなす極右組織に引き継がれている。しかし、このシナリオも、現代のデンマークでは荒唐無稽ではなく、実に不気味なリアリティーをもっている。
 なにしろ2015年の選挙で第一党になったものの結果的に敗北したデンマーク社会民主党は、中道左派の政党であるにもかかわらず、極右政党の主張を取り入れて移民排斥をかかげ2019年の選挙では勝利した。かつて優生思想を掲げて断種法を制定させた、同じ政党が今度は移民排斥も掲げているのだから、恐ろしい限りなのだ。

 ドラマの中では、特捜部Qはボロボロになりながらも、ようやく最後に巨悪をあぶり出す。しかし、ラストでカールが、いつも見かけるカフェの美人さんをナンパしようとしているシーンは必要だったのか?ちょっと謎の終わりかたではある。

by 寅松
 
日本語トレーラー