オンランシネマ

ガルヴェストン

希望を失ったギャングの用心棒と初めから希望を持てない綺麗な娼婦、ありがちな逃避行!と思ったらとんでもない

Galveston
2018年 アメリカ 94分 ロー・スパーク・フィルムズ Amazon Primeで視聴可能
監督:メラニー・ロラン 脚本:ジム・ハメット(ピゾラット) 原作:ニック・ピゾラット(『逃亡のガルヴェストン』早川書房)
出演:ベン・フォスター、エル・ファニング、リリ・ラインハート、アデペロ・オデュイエ、CK・マクファーランド、ボー・ブリッジス ほか

 なんとも言えない後味を残す映画だ。探偵小説映画でもサスペンス映画でもない。強いて言えば、ギャングものの1種、一瞬、日本のヤクザ映画的展開なのかと思わせるが、そう単純にはいかない。
 ニック・ピゾラットは、なんといってもHBOの「True Ditective」シリーズを成功させたプロデューサー、クリエイターで原作者である。作家として知られているのは、このシリーズを手がける以前に数本の短編を手がけたのち、2010年に1冊だけ長編小説を出版しているからだ。
 それが様々な賞にもノミネートされた本作の原作『逃亡のガルヴェストン』である。この小説を元にした、映画が企画されたのは2016年。監督には、フランスの綺麗な女優さんで監督のメラニー・ロランが抜擢された。
 メラニー・ロランは世界的には、タランティーノの「イングロリアス・バスターズ」やフランス映画「オーケストラ! 」で知られるようになったのだと思うが、近年は環境問題を題材にしながらも、軽妙に資本主義と環境破壊の構造を解き明かしてゆくドキュメンタリー『TOMORROW パーマネントライフを探して』などを監督していたので、そういう方向かと納得していたのだが・・・。まさか、こんな映画を監督する人とは思わなかった。
 本作の脚本は、実はニック・ピゾラット自身が手がけているが、ロランが手を加えたことが気に障ったようで、変名でクレジットになっている。どういうこと?とも思うが、それがどの辺なのかを想像しながら見るのも楽しい。
 そしてガルヴェストンである。テキサスのヒューストンの海沿い。メキシコ湾にちょっとだけ残った半島の残骸のような、島部分にある観光地。ハリケーンがいかにも直撃しそうな場所ではあるが、ハリケーン・シーズン以外は美しい観光地である。
 主人公のロイ(フォスター)が、ニューオリンズから逃げ出してとっさに思いついた逃亡先が、唯一の美しい思い出の地であったこの観光地だったというお話。

 ロイは、ニューオリンズでマフィアのケチな用心棒を営んでいるが、どうやら肺の病があるらしい。すごくマッチョで短気な男だが、肺が真っ白になったレントゲンを見せられて、医師の説明を受けている間に怖くなり診療所から逃げ出して、車に戻ってタバコを吸う。しょうもないやつだ。
 マフィアの隠れ家であるクリーニング工場に戻ると、ボスのスタンから、今夜いうことを聞かない人間を締め上げてこいと命令を受ける。殺しちゃ困るからという理由で、銃を置いてゆけと念を押されて、不審に思うロイだが、その通りにする。が・・、どうやらスタンに嵌められたらしい。その家には、先に殺し屋たちが待ち受けていた。間一髪、そいつらの銃を奪って、全員を撃ち殺すロイ。すぐにその場を立ち去ろうとすると、椅子に縛られた若い女が一人。たまたま、マフィアから派遣されてきて巻き込まれた売春婦らしい。
 ロイは、家の住人がテーブルに広げていた書類の束をつかんで、女を連れて車で逃げる。ロイの情婦カルメンに手を出していたスタンが仕掛けたのか?何れにしても黒幕がスタンなら、すぐに逃げるしかない。お先真っ暗なのに、逃亡までしなけりゃならない・・ロイのやややけくそ気味の逃亡が始まる。その気は全くなかったのに、「一緒に連れて言って」と言われて、その売春婦のロッキー(ファニング)を車に乗せてしまうのも、半分ヤケクソだからだろう。
 まだ19歳で、うらぶれてはいるがとびきりの美人のロッキー。いままでの人生で、これ以外の生き方を知らない売春婦は、とりあえず自分を助けてくれたロイにサービスのつもりで媚びを売るが、ロイにはそれがうざったい。ともかく、ロイは全然ロリコン趣味はないようだ。あとで出てくる元妻が、強そうな黒人女性ロレイン(オデュイエ)で、そのへんの謎は解ける。
 39歳のロイには、19歳の娼婦は欲望の対象というより、もはや義理の娘でもあるような困った道連れである。そのことが、あとあとのドラマに特別な風格を持たせることになる。
 ニューオリンズから、テキサスに向かう道すがら、途中にあるテキサスのオレンジ郡がロッキーの生まれ故郷だ。15分で済むからと、ロッキーは、ある家にロイの車を止めさせる。
 ロッキーが家に入ると、なんと家の前に幼い女の子が立っている。ロイが嫌な予感を感じていると、家の中からは銃声が。ロッキーは袋に詰めた荷物を抱えて、ついでに女の子の手を取るとロイの車に飛び乗った。
 ロッキーは、義父を撃ちはしたが死んではいない。この子は幼い妹で、あんな所に置いておけないから私が育てると言い張るが、もちろんロイも信じてはいない。
 ガルヴェストンのリゾートモーテルにたどり着いたロイは、面倒なフロントのおばさんに、2人の姪を連れて旅をしてるんだと苦しい言い訳をする羽目になる。
 美しい19歳の娼婦、その連れ子にしか見えない3歳半の少女、そして39歳の無骨な男。3人の奇妙な逃亡生活が始まった。先のない人生に絶望したロイは、せめて幸せだった記憶を手繰り寄せるために、別れた元妻ロレインに会いに出かけるが、「死ぬんだ」と告白しても本気にしてもらえない。
 そして、徐々にロイは、自分の人生とは関わりのなかった、ロッキーとティファニーにせめて少しの未来でも残してやることが、自分の最後の望みであることを自覚しゆく。
 襲われた家から持ち出した書類が、スタンの違法取引を証明する書類だと気づいたロイは、2人のために一計を案じるのだが・・・。
 人生はとても残酷なのだ。

 ロイは短気でマッチョだが、ある意味凡庸なギャング人生を送った男で、特別な風格を備えている役ではない。その意味で、ベン・フォスターは、雰囲気を出している。
 アメリカの安達祐実、ダコタ・ファニングの妹で、今やアメリカの芦田愛菜かというほど注目されているエル・ファニングはさすがの可愛らしさである。テキサスの田舎で義父から犯されるような壮絶な人生から逃れようと生きる逞しさも、十分表現できているし、ガルヴェストンの美しさによく似合う。
 しかし、何と言ってもとびきり可愛いのが、ロッキーが連れ出す「妹」と称した3歳半のティファニー。実は、アニストンとティンズレーという双子のプライス姉妹がダブル・キャストで演じているらしい。

 実際にあったハリケーン・アイクの襲来を取り入れた映画の結末には、ちょっと異論もあるかもしれない。しかし、ロイがスタンの一味に捕まって殺されかけたあと、元情婦のカルメンの助けで工場を抜け出すまでのカメラワークなどは実に面白い。このまま新時代のヤクザ映画にでもなるかと思ったほど。
 しかし、そこはニック・ピゾラット!リアルな人生の苦味はそんなものではないのだよ。
 意見はいろいろあるかもしれないが、この映画にははっきりした良い点が一つある。それは重要な教訓が一つ示されていることだ。
 その教訓とは・・・

「医者の言うことは、最後まで聞け!」

by 寅松

マルク・シュアランの手がけた音楽も印象的(このタイトル曲は無名のバンドPhinによるもの)