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来る

暴力的な映像美で押し切る!ジャパニーズ・ホラーの一つのエポック?もしくは新時代の怪獣映画!?

It Comes
2018年 日本 134分 ギークサイト/東宝 Amazon Primeで視聴可能
監督:中島哲也 脚本:中島哲也、岩井秀人、門間宣裕 原作:澤村伊智「ぼぎわんが、来る」
出演:岡田准一、妻夫木聡、黒木華、松たか子、小松菜奈、青木崇高、志田愛珠、柴田理恵、伊集院光、太賀、蜷川みほ、ヨネヤマママコ、石田えり、高橋ユウ、中川江奈 ほか

 中島哲也がほぼ5年ぶりに手がけたという、ド派手なホラー映画だ。第22回日本ホラー小説大賞の大賞を受賞した澤村伊智の『ぼぎわんが、来る』(「ぼぎわん」から改題)を原作として、中島が劇団「ハイバイ」の岩井秀人と共に再構成したらしい。
 ホラーにもかかわらず年末に公開したせいか?『下妻物語』『告白』『渇き。』と常にヒットを飛ばしてきた中島には珍しく、大ヒットとは行かなかったことが功(笑)を奏したのだろう。早々とアマゾン・プライムで視聴が可能となった。
 予告を何気なく眺めていて、上空から撮影された巫女たちが揃った除霊シーンが美しかったので、内容を詳しく確認せずに見てしまった。
 出だしはありがちなホラーなのだが、展開が全く読めない。そもそも出演者を確認しなかったので、妻夫木くんと黒木華の夫婦が魔物に付かれる映画なのだろうと見ていると、まだ映画の途中で妻夫木くん(サラリーマンの田原秀樹役)は死んでしまう!しかも下半身噛み切られてるよ!あっちゃあ。
 この後、一人で子供抱える黒木華がひどい目にあう話なんだな。ふむふむ。もちろん、この後、田原香奈(黒木華)はひどい目にあう。理想の夫を演じて、イクメン・ブログの更新ばかり心配していた夫秀樹(妻夫木)は、実は表面だけの薄っぺら野郎。育児も家事も妻の香奈に任せっきりだった。正直、香奈は夫が死んで清々しているくらいだ。しかし、女一人、パートでやりくりし子供を育てる現実は容赦なく、魔物は関係なく生活は荒んで行く。そうすると魔物は当然のようにやってきて、あれ!逃げ出したのに!!香奈も・・・・!ありゃあ!一緒に逃げた娘の知紗(志田)はどこ?  
 どーなってっんだー!まだずいぶん長いぞ!
 さえない見た目で、全然誰だかわからずに絶対脇役だと信じていたオカルト・ライターの野崎和浩と、野崎の愛人(なのか?)で霊能力のあるキャバ嬢、比嘉真琴がこの後主役なの??と、思い始めるが・・・なんと、野崎は岡田准一で、ゴス・メイクで誰だかわからない真琴は小松菜奈だったんだなあ。うーむ!
 誰が先に死ぬかがわからにという意味では名ホラーだ!

 後から確認したところによれば、原作では一人称の語り手が、田原秀樹、田原香奈、野崎和浩(原作では野崎崑)とリレー式で変わるという変則的な書き方をしており、そのせいで映画の方も視点がどこにあるのかわからないようになっているようだ。
 原作自体も各語り手の恐怖感を前面に押し出しており、因縁などの説明を重視してるわけではなさそうだが、それでもその「やってくる」ものに「ぼぎわん」(三重に伝わる妖怪)と名前をつけており、それがやってくることになる人の弱みについては説明がある。しかし、あえて意図的に「ぼぎわん」を取り去って、単に「あれ」が来るパニックと、幸福そうに見える日常の破壊に頂点を絞ったこの映画は、日本古来のホラー的な怖さは大変薄い。「来る」のは、実際よくわかない「CG」でしかない!
 中島の映画は、脚本的に突き詰めた説明には重点を置いておらず、映像の力で押し切る傾向がもともとあるのだが、今回は特にそれが顕著に表れている。
 子供の頃、一緒に遊んでいた女の子が「あれ」に呼ばれていて、「あんたも呼ばれる」と宣言されたたらしいことが、秀樹の回想シーンでは繰り返されるが、映画では彼が死んだ(連れて行かれた)後も魔物が現れつづける。そのへんの説明は一切ない。(原作本では、どうやら祖父の仕打ちに耐えた祖母が呼び込んだ魔物が世代を超えて家族を呪う説明はされているらしいが・・)
 秀樹という男は体裁ばかり気にしている嘘つきではあるが、それだけで呪われるというのは酷すぎる話だし、妻になる香奈もアル中のひどい母親に虐待されて育って、子供には心から愛情を注げないが、化け物に狙われるほどの話ではない。秀樹に相談されて、オカルト専門のライター、野崎和浩を紹介する(秀樹の兄貴分の)民族学者・津田(青木崇高)にいたっては、香奈と体の関係を持ち、あとから取って付けたように「(秀樹のことを)あいつは友達なんかじゃない!」と言わせたりするが、そもそも歪んだ関係の底にあるものは何一つ説明されない。人間関係のドラマという意味ではまったく薄っぺらいのだ。
 その上、人が何者かに噛み殺されるようなホラー殺人事件が起こっているのに、警察は何一つ調べもしないし(原作では一応刑事も出てくる)社会問題にもならないことも、話としてまったく解せない。

 脚本には論理的な問題がいろいろあるが、役者の出来上がりはよく、中島の演出力や役者の選球眼は疑いの余地がない。
 中でも強烈なのは、問題のあるキャバ嬢役が似合いすぎの小松菜奈(比嘉真琴)と、その姉で満を持して登場する強力な霊能者(ユタ)比嘉琴子を演じる 松たか子。松たか子も、目の周りの傷のメイクがすごすぎて、「まさか、これ、松たか子じゃあないよね・・・」と思ったほど。岡田准一も、抑えた暗めの演技がなかなかいい。
 忙しい琴子の代理として送り込まれる、昔はマスコミに出ていた霊能者(宜保愛子のイメージ)逢坂セツ子を演じた柴田理恵の演技は迫力があった。また香奈が働くスーパーの嫌味な上司を演じた伊集院光も、ウンザリするほどの日常の凡庸さをリアルに表現している。
 田原夫妻の娘、知紗を演じた志田愛珠も愛くるしいが、むしろ秀樹の繰り返すフラッシュバックに登場する田舎の少女(中川江奈)が怖くてキュートだ。

 物語は終盤、真琴の姉である琴子(日本の誇る霊能者)が東京に降り立ち、「あれ」に本格的な対処を開始することでクライマックスを迎える。琴子は日本の中枢と深いつながりを持っているようで、警察からなにから動員して本格的な除霊準備を始めるのだ。
 沖縄からは4人のユタが、大鳥神社からは神官たちがそれぞれ呼ばれるが、ユタは1台のタクシーで向かったために「あれ」に狙われ無残に殺される。
 田原夫妻が、「あれ」を迎え入れてしまった郊外の巨大マンション前の広大な敷地に設営された神事の舞台で、日本の古代宗教総動員で除霊の儀式が執り行われる様は異様で、中島の一番やりたかったことではないかと思えてくる。
 CG/加工も手抜きはないが、プロダクションデザインに十分金をかけたと思われるこのシーンは、大変美しく必見だ。
 伝統的なホラーとしても、人の暗部をあぶり出す人間ドラマとしても、不十分なドラマではあるが、「あれ」との壮絶な対決シーンは、まさに新種の怪獣映画というジャンルなのではないかと思わせてくれる。(今のところ海外での公開は香港あたりだけのようだが)その意味では、今後世界的にも評価されそうな、新感覚の作品でる。

by 寅松