海外ドラマ

終末のフール

世界の終末を描いたが・・、主演スキャンダルで、ドラマ自体の終末感が倍増してしまう!

종말의바보/Goodbye Earth
2024年 韓国 48~65分 全12話 Studio S, IMTV/Netflix Netflixで配信
監督:キム・ジンミン 脚本:チョン・ソンジュ 原作:伊坂幸太郎(『終末のフール』集英社)
出演:アン・ウンジン、ユ・アイン、チョン・ソンウ、キム・ユネ、ペク・ジウォン、パク・ホサン、キム・ヨジン、キム・ヨンウン、パク・ヒョックォン、カン・ソグ、キム・ドヘ、キム・ガンフン、キム・ボミン、パク・ジュヒ ほか

 世界の終末を描いたディストピアSFともいえるが・・・、原作の小説風テイストと韓国ドラマ的なドラマチック・テイスト、さらに主演男優のスキャンダルまでが影響を与え合い、やや中途半端だがなんとも不思議なドラマとなった。

 原作がある。日本だけでなく韓国映画としてもリメイクされた『ゴールデンスランバー』の作者、伊坂幸太郎の同名小説だ。サスペンス作家として有名な伊坂の描く、終末の世界は、がっつりしたSFというわけではない。8年前に惑星の衝突が発表され、社会は一時混乱に陥ったが、今は一旦平静を取り戻したかに見える5年後の時点という説明で、SF的な科学的解説は実に大ざっぱ。電気や水道などのインフラは、なぜか普通に稼働している、仙台の団地が舞台になっている。そこに住む人々を取り上げた8編の短編小説集である。
 伊坂が描こうとしたのは、SF的なサバイバーではなく、3年後に地球滅亡を控えた世界で、個々の人々が、自分の宿題や感情にどのような区切りをつけ、残りの日々の生き方を見つけるかという、実に日本人的な小説だと思う。
 この小説を元に「人間レッスン」「マイネーム:偽りと復讐」などを監督したキム・ジンミンと、「妻の資格」「密会」「風の便りに聞きましたけど!?」などで知られる脚本家チョン・ソンジュが12話のドラマに仕立てた。10話で話が一旦終了したのように見えるが、脚本家の申し出で2話を付け足したと、キム・ジンミンは説明していたが、これが正解だったのか?おかげで非常に微妙な作品になってしまった。

「マイネーム」のサファン・サンジュンが手がけたサントラもなかなか雰囲気が出ている

 韓国ドラマ版は、韓国の地方都市ウンチョン市を舞台にしており、残り200日程度にまで進行したあたりから始まっている。筋立て的には、原作とはあまり関係がない。
 原作が個人や個々の夫婦の話であったものが、韓国では終末でも変わりなく登場する集団的巨悪と、対抗するすべのない善良な人々の対決という、絶対的韓ドラ定番の構図に置き換えられているのだ。
 (小説でも描かれていないかもしれないが)地球に巨大隕石が衝突することになれば、その直下(という設定)である日本/韓国はすぐに消滅するが、地球の反対側に逃げたとしても、気候変動などにより人類の9割程度が死滅するのは、時間の問題のはずである・・。このドラマを見る限り、韓国はその辺の前提となるべき知識の普及が日本とはまるで違う社会のようだ。
 全てが噂か憶測でしかなく、老人以外は最後の最後まで生きることを諦めない。

 また、ストーリーは関係ないが、登場人物の関係性、性格や、セリフなどは小説からアダプトされているものもあるようだ。
 例えば小説の第一話「終末のフール」のなかの夫婦の会話で、妻が見た夢の中で「アメリカの大統領が、計算し直したら惑星は地球に衝突しません」と日本語で謝っていた・・という話は、「韓国語」に置き換えられて、信心深い老夫婦の会話として登場する。また、「終末のフール」の夫婦の夫は、優等生の妹に対して出来の悪かった兄を認められず、それが悲劇を生んで娘との断絶になっていたが、それが形を変えて軍人の娘と出来の悪い兄の話に転じられているようにも見える。

 オープニングに巨大な団地が登場するが、それは建設中に放棄された団地。今は立ち入り禁止になっているその団地で、暮らしていたらしい少女が帰ってくると、向かいの団地から、おかしくなった男が飛び降りるのを目にすることになる・・。この辺のイメージや、撮影技術の高さは、最新の高度韓国ドラマの水準で感心する。
 小説は仙台の団地を舞台にしているが、韓国ドラマ版のウンチョン市も、かなり立派な教会がある流郊外の裕福そうな都市だ。登場人物のうち、軍人や犯罪者以外は、ほぼ一つの教区の信心深いキリスト教とたちで、ある意味、教区を舞台としたドラマになっている。
 主人公となる4人は、地元高校の同級生。アン・ウンジンが演じるチン・セギョンは、チョンドン中学の2年2組の担任で、今は、ウンチョン市でボランティアをしている。彼女の恋人、ハ・ユンサン(ユ・アイン)は、遺伝子の専門家/博士であり、現在は米国の生命化学研究所の所属だ。家柄も性格も良いウ・ソンジェ(チョン・ソンウ)は、教会の神父で副司祭。もともとは特殊部隊であったカン・イナ(キム・ユネ)は、反乱軍を攻撃したために転属させられ、現在はチョンドン中学に駐屯している食料調達(戦闘支援大隊)を中隊長として率いている。
 3人は、キリスト教の熱心な信者だが、イナだけはレズビアンで、彼女を病気呼ばわりした司祭(主任神父)ペク・サンヒョク(カン・ソグ)と熱心な信者である母親ミョンオク(チャ・ファヨン)との間に溝がある。

 小説でも、惑星が地球に激突すると発表されてからいろいろ混乱が起こり、それがいったん小康状態になった世の中が舞台だが、ドラマにおける衝突まで200日の韓国の状況はすさまじい。実は、大統領はすでに脱出、首相が執務を代行しているが、統制は取れていない。
 衝突まで300日の頃、軍内部で反乱が生じ反乱軍が通信インフラなどを破壊。刑務所から犯罪者が大量に逃亡。政府や軍の上層部と犯罪者は合体して、中学を襲い生徒を大量に連れ去る拉致が発生する。今でも電話は通じるのに、なぜかネット環境は韓国のみ遮断されているという中途半端な事態になっている。
 セギョンの目の前でその拉致は行われ、2年2組で生き残った生徒は、ソミン(キム・ボミン)、ジソン(キム・ガンフン)とハユル(キム・ドヘ)の3人のみ。4人で仲の良かったスーパーの息子ミノ(ウン・イェジュン)は犠牲となった。
 結局、反乱が鎮圧されると、この連れ去り事件も解決するが、連れ去られた生徒は全員死体で発見される。海外に脱出した後、将来の労働力として子供の方が歓迎される・・などという意味不明の説明がされるが、正直この誘拐事件もなんで起こったのか全くよくわからない。
 実は、このような事件を起こした後の200日の時点でも、脱走した犯罪者たちは堂々と市内の住宅に住み、警察の代わりとなった合同捜査部隊というのは、一切捜査を行わない。
 合同捜査部隊は、実は犯罪者の組織や、詐欺集団とも共謀して自分達だが生き残ろうとする「影の内閣」の支配下にあるのだ。

 その集団には、行方不明のウンチョン市長(現在、市の行政は市長に代わり正義感のつよい女性副市長イム・ソンジュ(ジョンヨン)が仕切っている。)、同様に姿を消した主任神父ペク・サンヒョク、市の名家の出身である大統領秘書室長、マルチ商法の元締めで、ウヤン修練院の院長らが関わっており、自分達の脱出計画を立てている。しかし、アメリカに出国したとしても、そこで一同が歓迎されるためには世界で通用する科学者などの人材が欠かせない。
 恋人のセギョンをなんとしても連れ出すつもりで、アメリカから逆に日本経由で、混乱する韓国へ戻ってきたユンサンは、入国時点からこの組織に目をつけられている。
 一方、多くの生徒を殺されたセギョンは、平静を装っていても、事件を起こした犯罪者や組織に対する激しい憎悪を抱いていた。生徒のハユルの目撃で、郊外の住宅に拉致事件の主犯の一人ペ・ジョンス(イ・ヒョンゴル)が潜伏していると聞いて、セギョンは暗殺に向かうのだが、住宅に踏み込むと、すでにこの男は殺されていた。
 セギョンは、その現場から犯人の持っていた拳銃と携帯を奪って逃げ帰るが、自転車の車輪にいつも挟んでいた生徒と自分の写真を、犯罪者の一人に見つかり、脅されることになる・・。その犯人の呼び出しに応じて、稼働していない地下鉄の駅のホームに向かうセギョンは、イナの協力で、この男を今度は高圧電流で葬ることに成功する。

 正直、男たちはどいつも何の役にも立たないのだが、セギョンと、ウヤン修練院から逃げ出してきたチェ・ヨンジ(ユン・ソアを任務中に保護したイナ、そして主任神父が教会の莫大な改修費用を持ち逃げしたと疑っていた教会のシスター、イ・チェファン(パク・ジュヒ)らの捜索で、「影の内閣」=ウヤン修練院の計画を突き止めて、飛行場への脱出機の着陸は詰め掛けた市民の妨害で頓挫する。
 VIPの首謀者たちは、米軍基地から米軍の輸送機で脱出する手はずだったが、ユンサンに騙された主任神父は乗り遅れ、時間切れで出発した米軍機の方も、理由不明の墜落を遂げる。

 これらの内容は、一直線に説明されるのではなく、時制がいったりきたりするため、正直あまり分かりやすいドラマとは言えないだろう。それでもここまでは、勧善懲悪ながらドラマとして迫力はある。
 しかし、問題はこの先の付け足しだ。脚本家は、本来の小説のテーマとかけ離れすぎていると感じたのかもしれないが、登場人物それぞれの最後の最後(ラストは衝突まで10日程度になる)の選択が描かれることになる。

ここからはエンディングのネタバレ

 此の期に及んでイナは、なぜか除隊して、どうしても許すことができなかった母親を抱きしめる。弾丸が空だったセギョンの銃に、十分な銃弾をそう着してユンサンに渡し、「自分で守って」と言い残すとバイクで旅に出る。うーん。 

 尊敬していた主任神父が、教区信者を見捨てて自分だけ生き残ろうとした裏切り者であることを受け入れられず、神父をやめたソンジェは、教会に集まった信者たちの聖歌のコーラスのためにオルガンを弾き続ける。

 親が行方不明のため、ソミンの母親、オ・ゲヒャンが面倒を見ていたヘチャン(チョ・シヨン)とウチャン(キム・ハンソル)は、副市長が尽力して最後の望みで海外養子へ出して続きがとられ、ソミン、ジソンとハユルの3人には、除隊してギャングの手下になった男から、何度も脱出のために一緒に来いと恐喝するメールが入っている。
 その後の経緯は説明されず、この5人の子供たちは、イメージ的にビルの屋上に登ってゆき、そこからなぜか気球に乗って飛び立ってしまった。

 セギョンは一人、ティーザー銃や拳銃を持って、犯罪者たちがたむろしているカジノ兼売春宿のビルに乗り込んで、次々に男たちを撃ち殺し始める。

 そして、最後の最後まで、どこが科学者なのかわからなかったユンサンだが、家中の薬品を化合して、爆弾か毒ガスのような手作り兵器を作ると、それを自転車に乗せて、泣き笑いのような奇妙な表情のまま、最後の船が停泊している桟橋に向かって自転車を疾走させているところで終わる。

 それぞれの選択って言ったって意味がわからん。

 ま、この辺は、おそらく撮影後に、ユンサン役のユ・アインに持ち上がった、薬物使用疑惑のスキャンダルが影響したとしか思えない。
 報道では「ユ・アインの出演について制作陣は「彼に関する騒動は撮影中ではなく、撮影後のポストプロダクション(撮影後の作業の総称)の過程で発生した。作品の物語を構成する主要なキャラクターとしてユ・アインの登場は避けられない。そのため、作品の流れを最大限損なわないように、監督、作家、制作陣などが十分な議論を経て、再編集と後処理を進めた」と説明し、本編には再編集された状態で最小限の登場になる見通しだ」と伝えられているが、10話までの流れでユ・アインの登場場面がそれほど削られているとも思えない。
 ただ、最後のこの不自然な流れは、おそらく影響を与えているのだろう。

 想像するしかないが、これらの場面は、同時にそれぞれ起こった話ではないのだろう。子供たちはファンタジックに飛び立ってしまうが、これは子供の残酷シーンを見せられない韓国規制だろうから、みんな死んでしまうとかそういう話だったのではないだろうか? 
 その後、ユンサンが止めても、セギョンが一人マカロニ・ウェスタンとして、犯罪者の巣窟に乗り込んで銃を撃ちまくるのは理解できなくもない。
 で、もちろんセギョンも撃ち殺されたのだろう。
 おそらくユンサンの場面は、最後の最後。マジで薬のせいじゃないだろうが、ここまでは実に覇気のなかったユンサン(洗礼名トーマス)も、ついに目が覚めたのだろう。国という枠組みはほぼ壊滅し、法的な断罪はもはや存在しない。宗教的な内なる規範だけが、彼を押しとどめてはきたが、心酔していた主任神父は、信者を見捨てるような嘘つきで、最近はボケて自分の罪さえも忘れてしまったようだ。地球の残りももはや10日。自分の能力をフルに活用して、セギョンを殺した奴らを皆殺しにするのは当然の選択である。

 ただ、ここへきてユ・アインが目立った活躍をするわけにはいかない・・という大人の事情が立ちはだかったのか??
 実に逃げ腰で残念なラストである。

 ドラマの出演者は実に贅沢で、主演の他にも、ソミンの母でヘチャンとウチャンも育てている北朝鮮出身のオ・ゲヒャンには、「タッカンジョン」にも出たばかりだが、「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」「車輪」「メランコリア」などでも知られるペク・ジウォンが。イナの元上司であるチェ大隊長には、「マイ・ディア・ミスター」「客 The Guest」「人間レッスン」「エージェントなお仕事」『狼狩り』のパク・ホサンが。死んだミノの母親で、夫テハンと共にスーパーを切り盛りする妻、ミリョンに「宮廷女官チャングムの誓い」「ヴィンチェンツォ」「人間レッスン」「梨泰院クラス」のキム・ヨジンが出演。
 そのほか、ドラマの雰囲気自体も、コロナ・シャットダウンとゾンビものを合体させた、団地丸ごと封鎖スリラー「Happiness/ハピネス」(アン・ギルホ監督)の終末感に似ているが、このドラマから多くの出演者が重複している。
 ミリョンの夫、キム・テハンを演じたキム・ヨンウン。ハユルの父親で怪しげなユーチューバー、チョン・スグンを演じたのは(「ヒップタッチの女王」や「ロースクール」でも活躍した)パク・ヒョックォン。シスター、イ・チェファン役のパク・ジュヒ。ウヤン修練院院長で、チェ・ヨンジとヨンハンの母でもあるト・ジョンアを演じたペク・ジュヒ。大統領秘書室長のチョ・グァンヒョンを演じたペク・ヒョンジン。これらのキャストは、全て「ハピネス」でも重要な役を演じていた役者である。

 予算もすごいし、子役の演技も良い。本当は笑顔が可愛いアン・ウンジンが、ずっと怒りを抱え込んだ顔で、ドラマを引っ張っている。不運で、残念な部分もあるが、そのままスルーするには惜しい作品だ。

By 寅松

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