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ハリウッド

アメリカの人種&性差別は1947年に終わっていた!? ライアン・マーフィ版『ハリウッド』は『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』を越えたか。

Hollywood
2020年 アメリカ カラー/スコープサイズ 44〜57分 全7話 Ryan Murphy Television Netflixで配信
クリエイター:イアン・ブレナン、ライアン・マーフィー
出演:デヴィッド・コレンスウェット、ダレン・クリス、ローラ・ハリア―、ジェレミー・ポープ、ジェイク・ピッキング、ディラン・マクダーモット、ミラ・ソルヴィーノ、ロブ・ライナー

 『Glee/グリー』『アメリカン・ホラー・ストーリー』のクリエイターとしてアメリカ・テレビ界のトップに立ったといっていいライアン・マーフィは、すでに『フュード/確執 ベティ VS ジョーン』[2017]でハリウッドの伝説をドラマ化していた。1960年代のハリウッドを舞台に、大女優ジョーン・クロフォードとべディ・デイヴィスの確執と同時に大監督ロバート・アルドリッチの情けない監督ぶりを面白く見せてくれたが、今回の『ハリウッド』は、15年ほどさかのぼり、第二次大戦が終わってようやくハリウッドに活気が戻ってきたころ。50年代の第二期黄金期へ向けてアメリカの映画人たちが希望に燃えていた時代だ。

 身重の妻をかかえた俳優志願のジャック(デヴィッド・コレンスウェット)は、バーで知り合ったアーニー(ディラン・マクダーモット)に誘われてハリウッドのガソリンスタンドで働き始める。しかしそこは、合言葉「ドリームランド」でハリウッド人種の“あらゆる”性欲に“給油”する売春システムの本拠だった。同僚の脚本家志望の「ゲイ専門」黒人アーチ―(ジェレミー・ポープ)は、客の新人俳優ロック・ハドソン(ジェイク・ピッキング)と恋仲になる。
 黒人新人女優カミ―ル(ローラ・ハリア―)は実力はあるもののメイドの役しか来ない。が、彼女の恋人で監督志望のフィリピン系白人レイモンド(ダレン・クリス)にエース・スタジオで監督デビューするチャンスが舞い込む。脚本はアーチーの書下ろし。ジャックとロック・ハドソンが主役を争い、ヒロイン・オーディションではカミ―ルと撮影所社長の娘クレア(サマラ・ウィーヴィング)が対決することになる……。
 彼らが作ろうとしている映画「ペグ」(のちに「メグ」と改題される)は、ハリウッドサインから投身自殺した女優の話だ。これは24歳で「H」の文字の上から飛び降りた実在のイギリス人女優ペグ・エントウィスルがモチーフになっている。シリーズのメインタイトルは、若者たちが巨大なハリウッドサインをよじ登っていく姿だ。そして、彼らは看板の頂点で輝かしい朝日を眺める……。

 1940年代のアメリカ、進歩的なカリフォルニアにさえ、まだ異人種間の結婚どころか付き合いも禁止する法律があった時代。映画界はヘイズコード(1968年まで存在した、ハリウッドの自主規制条項)に支配され、異人種間の恋愛やそれを思わせる描写すら厳禁だった。ドラマにも登場するハリウッド初の中国系スター、アンナ・メイ・ウォンは白人監督との結婚がかなわずアル中になっていたという。
 そんな時代のハリウッドで実際にはありえなかったスター誕生物語を描く、まさに虚実混ぜ合わせたドラマシリーズなので、ハリウッド好きオールド映画ファンには面白くて目が離せないのは当然。また、ゲイを公言するライアン・マーフィ印なので、LGBTQおよびBL好きにはたまらないだろう。実在の人物と架空の人物が入りまじっていて、どこまでが本当の話でどこからがフィクションなのかが気になって仕方がないタイプの人も、いつのまにかドラマにどっぷりはまってしまうだろうから困ったものだ。
 
 で、お話は、カリフォルニアの州法もヘイズコードも完全無視。1947年にハリウッドで黒人主演映画が作られて見事アカデミー賞まで受賞してしまうという掟破りの展開となる[ネタバレ失礼]。これにはびっくり仰天でっせ。おとぎ話を通り越して、ほとんど妄想。最近のアカデミー賞で白人中心のノミネートが問題なったりしていることにも関係しているのかもしれないが、どう着地させるのか、ハラハラしながら見ていたこちとら、椅子からずり落ちたぞ。
 クエンティン・タランティーノが『イングロリアス・バスターズ』でヒトラー、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』でマンソン・ファミリーへ一撃を加えた歴史改変エンディングに影響を受けたとしか思えないのだが、このライアン・マーフィ的ハリウッド=「もう一つのドリームランド」な歴史改変青春ドラマは賛否両論の物議を呼ぶことだろう。ゲイのライアン・マーフィとしては面目躍如たるものだろうが、少々やりすぎ感は否めない。

 『アメリカン・クライム・ストーリー/ヴェルサーチ暗殺』[2018]ではフィリピン系の男娼役だったダレン・クリスが、ここではストレートの映画監督。「(黒人の)彼女を主役にしないなら監督を降ります」と宣言するが、普通だったら、「そりゃよかった」とすぐクビになると思うけどねえ。
 SMゲイ・プレイからヴィヴィアン・リーまで何でも相手しちゃうディラン・マクダーモットの売春ガソリンスタンドのボスがなかなか良いが、一番面白いキャラクターは、ロック・ハドソンを売り出そうとするやり手エージェントのヘンリー・ウィルソンだ。この人はハドソンのほかにロバート・ワグナー、ニック・アダムス、トロイ・ドナヒューなどをスターに育て上げた実在の人物で伝記「ロック・ハドソンを発明した男」という伝記が出ているので、かなり参考にしているはず。俳優のチンポをしゃぶって芸名をつけ、女装してイサドラ・ダンカンを踊る一方、マフィアを使ってスキャンダルをモミ消し、映画プロデューサーにも進出するヘンリーを演じるのは『ビッグバン★セオリー ギークなボクらの恋愛法則』の天才オタク(「C3ピーイーハーマン」)シェルドンのジム・パーソンズ。このドラマの中のアカデミー賞には納得できなくても、彼がエミー賞やゴールデングローブ賞を総なめにしても全員納得のはず。もしかすると、ヘンリーが主役のスピンオフ作品が作られるかもしれない。絶対観たいゾ。
 劇中で主演女優賞を得てしまうカミ―ル役のローラ・ハリア―(『ブラック・クランズマン』)は、ベッドシーンで地上波ドラマみたいになぜかブラジャーをつけたままなので、かなりの減点だ。

 ゲイ、有色人種だけではなく、男性優位社会だったハリウッドで女性がスタジオの社長になったり、すべてのマイノリティが輝くライアン・マーフィによる理想のハリウッド像が構築されていく。それは、「こうなってたらよかったのにね」という夢なんだろうが、実際にはハリウッドはこの後、赤狩り旋風があり、俳優たちがゲイ・パーティやマリファナで逮捕されたりいろいろ激動の時代を迎える。そして。シネラマやシネマスコープの登場で映画が娯楽の王様となった後、1954年にオットー・プレミンジャーがオールブラックキャストのオペラ映画『カルメン』を作って、黒人のドロシー・ダンドリッジがアカデミー主演女優賞候補となる(受賞は果たせず)。57年には『サヨナラ』でミヨシ・ウメキ(ナンシー梅木)がアジア人初のアカデミー助演女優賞を受賞するのだ。
 このシリーズの中でアカデミー作品賞から抹殺されてしまった実際の受賞作品はエリア・カザンの『紳士協定』。しかし、この作品だってユダヤ人差別を取り上げた当時としてはかなりの意欲作だった。アンナ・メイ・ウォンはパール・バックの『大地』で白人に役を奪われ(中国人を演じた)ルイーゼ・ライナーがアカデミー賞を得た、と恨み節が語られるが、実際にはアンナ・メイ・ウォンではなく日本人の声楽家・田中路子が主演に決まったものの、日系・中国系からの反対で出演不能になったはず。
 個人的には赤狩りなどハリウッドの負の遺産によって、常に何か後ろめたい気持ちを引きずったフィルムノワールや傑作ドラマがいっぱい生まれたと思っているので、ライアン・マーフィの「夢」にはあまり感心しない。
 映画ファン的には、「オッパイとサンダル史劇と犬を出しとけばいい」というバカ社長を映画監督のロブ・ライナー、その愛人の女優をミラ・ソルヴィーノが演じているのが楽しかった。 
 すくなくとも、このシリーズとハリウッドのゲイ監督ジェームズ・ホエールの晩年を描いた『ゴッド・アンド・モンスター』[1998]を見れば、ハリウッドのゲイ事情がより深くわかることだろう。

 第3話に出てくるジョージ・キューカー邸のパーティ場面(ボカシなしの全裸男たちがウジャウジャ)で、ヴィヴィアン・リーが「あれはあなたの映画よ」と言ってるのは、ゲイのキューカーが男優(クラーク・ゲイブル)とソリがあわずに降ろされた『風と共に去りぬ』[39]のことで、これは史実に基づいている。
 一方、ヘンリーがロック・ハドソンに「友だちを作るといい」とブリーフ姿の新人2人に引き合わせ「ロリ―・カルホーンとタンク・メーヤーズ」だと紹介する場面があるのだが・・、ロリ―・カルホーン(セルジオ・レオーネの『ロード島の要塞』[61]の主役!)はもちろん実在の俳優でヘンリーのクライアントなのだが、タンク・メーヤーズというのは、架空の人物名だ。
 しかし、調べるとインターネット・ムービーデータベースの配役表には、この役が「タブ・ハンター」とある。
 実は50年代にトップスターとなるタブ・ハンターもヘンリーの顧客で、のちにゲイをカミングアウトした人物。その自伝やドキュメンタリーを基に、アンソニー・パーキンスとの“恋”をJ・J・エイブラムスが映画化するという企画も最近あったくらいなのだ。(J・J、『スター・ウォーズ』なんかやめてコッチを撮ってれば面白かったのに)何らかの事情があり、もともと「ロリ―・カルホーンとタブ・ハンター」としていた人物を急遽変更した可能性がありそうだ。
  
 ちなみに、再生するたびに小さく出る注意書き=「声優の安全を優先するため、一部の言語では吹替音声の提供を保留している可能性があります」の意味が最初わからなかったのだが、ようはコロナ問題で予定していた吹替収録を見合わせてるという意味らしい。わかりにくいなあ。
 てことは、日本語吹替は、緊急事態が終わったころには聴けるようになるのだろう。そうすれば、スクリーンテストを「演技審査」なんていう不自然な字幕(配信なんだから文字数にこだわる必要はないと思うんだが)は無視して、気軽に楽しめるだろう。

by 無用ノ介