オンランシネマ

カットバンク

ぬるいファーゴ!それ以外の表現を思いつかせない映画!

Cut Bank
2015年 アメリカ カラー スコープ 92分 A24 Amazon Primeで配信
監督:マット・シャクマン 脚本:ロベルト・パティーノ
出演:リアム・ヘムズワース、ビリー・ボブ・ソーントン、ジョン・マルコビッチ、テレサ・パーマー、オリバー・プラット、マイケル・スタールバーグ ほか

 日本語タイトルが原題どおりなのだが、これじゃ、何のことかわからない!日本の配給会社は大抵、説明しすぎのタイトルで失敗するのが常だが、これもまた困ったものだ。「カットバンク」というのは、実はモンタナ州の実在の町。おそらくシンプルな地名の題名がかっこいい「ファーゴ」へのオマージュなのだろうけれど、ファーゴは、田舎とはいえ10万近い人口の都市だ、人口3000人のカットバンクを日本人が知るわけはない。
 郵便を待つ男と郵便局員を描いた後、登場するのは何もないい田舎町の茫洋としたキャノーラ菜畑の真ん中で、町の紹介ビデオを撮ってるいかにも馬鹿そうなカップル。男(ドゥエイン:リアム・ヘムズワース)が構えるカメラに、彼女(カサンドラ:テレサ・パーマー)の後ろの方で郵便配達の車が止まり、配達人が男に射殺される姿が写り込んでしまう!その夜、ビデオは彼女の父親(ビリー・ボブ・ソーントン)(ボーイフレンドであるドゥエインの雇い主でもある)の家で保安官(ジョン・マルコビッチ)を呼んで再生される。
「これはこの町で目撃された初の殺人だ!」と呻く保安官。
 郵便局員が殺害されたということで、町には中央からアメリカ郵政監察官(オリバー・プラット)が派遣されてくる。郵便局員が絡んだ事件の場合は、多額の懸賞金が出る制度があるらしい。「すぐに金が貰えるのかと思った」と言うドゥエインに監察官は言い放つ。「もちろん。屍体が発見されればすぐに支払われる」
 懸賞金を狙ったゆるい偽装殺人だったものが、自分への小包が配達されなかったことに怒った、頭のイカれた男ダービー(マイケル・スタールバーグ)の登場で、話は残虐事件に早変わりしてしまう。要するに、これは全くもって映画「ファーゴ」のパロディ、もしくはオマージュ作品であるらしい。
 寒い雪の中で繰り広げられた、オフビートな殺人ドラマである「ファーゴ」に対して、「カットバンク」の方は夏の、のんびりした中西部風景の中で展開する。しかし、人口が3000人で高齢化も激しいこの町の唯一の誇りは、全米で最低気温を記録した場所であること。町の入り口?(モーテルの前)にはアグリーなペンギンのハリボテが立っていて、「ようこそ、国内最低温記録地点、モンタナ州カットバンクへ」とかいてある。カットバンクに実在するらしい。(日本の場合最低温は北海道に決まっているので、最高気温で町おこしに励む埼玉の熊谷を思い起こさせるか?)
 実在の町をそのままタイトルにしたのには、お隣ノースダコタのファーゴがあれだけ有名なのに、モンタナ州の全国一の低音記録を持つおらが町だって・・・と住民が思ったわけではないだろうが、とにかくあらゆる面でファーゴを意識した物語が展開する。しかし、脚本もゆるいし、編集もかったるい、とにかくシャープさがない。
 物語のキーになるのはもともと、国立公園の森林管理局に居たらしい、変人ダービー・ミルトン(マイケル・スタールバーグ)。彼がいかにしてここまで小包に固執するかなのだが、その説明はほんの一瞬で、さらに、なぜこのような人物になったか?についてもレンジャーに、クマの親子を射殺させられたエピソードが語られるだけで、どーも伝わらない。なので、要するに怖さが一向に盛り上がらない。スタインバーグの演技自体は良いので勿体無い。
 だからといって見る価値がないというのは酷すぎるだあろう。
 なぜなら、ともかく出演者がすごいし、驚いたことに彼らはみんな何十倍もギャラをもらう大作に出ているときより、むしろ生き生きと芝居をしているのだ。
 ビリー・ボブ・ソーントンとジョン・マルコビッチがこんなに真面目に仕事をしてる!スタインバーグもいいし、「評決のとき」「HUFF〜ドクターは中年症候群」「ホワイトハウス」「グッドワイフ」などでも知られる名優、オリバー・プラットも楽しそうだ。「ハンガーゲーム」シリーズで知られるイケメン俳優リアム・ヘムズワース(世間的にはマイリー・サイラスの結婚相手)も、ここでは名優に引っ張られて頑張っている感じが見て取れる。
 監督のマット・シャクマン(「フィラデルフィアは今日も晴れ」「ボストンリーガル」「マッドメン」「ゲーム・オブ・スローンズ」)は、イエール大卒で美術史と演劇のダブル学位を持つ駿才だ。ロスのゲフィンズ・プレイハウスの芸術監督を兼任するほど演劇に造詣が深いので、役者をノせる能力は十分にあるのかもしれない。
 この映画の不幸は、なにしろ同じ年にコーエン兄弟がプロデュースに回り、本家の「ファーゴ」がぶっとんだTVドラマ・シリーズとしてスタートしたこと。これに比べられたら、この「田舎のファーゴ」が間抜けに見えるのは致し方ない。
 監督のシャンクマンは、自分でもそう思ったのだろうか?(もしくは単にファーゴの大ファンなのか?)TVドラマ版ファーゴの制作にも参加して、シーズン1の最後のの2本をディレクションしている。もちろん、そっちは十分面白い!

by 寅松

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