オンランシネマ

Guava Island

テーマは資本主義の本質と芸術、ただし中身はまったく子供向けのおとぎ話PV!

Guava Island
2019年 アメリカ カラー 1.33:1 56分 Regency Enterprises / Amazon Studios
監督・撮影:ヒロ・ムライ 脚本:スティーブン・グローバー
出演・ドナルド・グローバー、 リアーナ、ノンノー・アノジー 、レティーシャ・ライト

 顔のでかいチビだがどこか憎めないラッパーのチャイルディッシュ・ガンビーノ。2019年度(第61回)のグラミーで「年間最優秀レコード」「年間最優秀楽曲」「最優秀ラップ 歌唱・パフォーマンス」「最優秀ミュージックビデオ」を受賞するという快挙を成し遂げたが、すでに引退を表明している。
 最近の音楽業界に詳しくなければ、なんのこっちゃ?というところ。少し長くなるが、その背景を説明しないと映像も説明しようがない。
 チャイルディッシュ・ガンビーノとは、どうもプロジェクト名のような扱いらしい。男の本名は、ドナルド・グローバー。ラッパーとしての活動よりも、まずは映像業界からスタートした男だ。なにせNYUの<Tisch School of the Arts>で脚本を勉強し、2006年にティナ・フェイの「30 ROCK/サーティー・ロック」のライターとしてスタート、さらに2009年のコミュニティ・カレッジを舞台としたコメディ「コミカレ!!」<Community>にはトロイ・バーンズ役で出演。2016年に公開されたFXの話題作「アトランタ」(アトランタ:略奪の季節)は、監督/撮影、ヒロ・ムライとのコンビでグローバー自身が自ら制作、主演でゴールデン・グローブ、コメディ部門の作品賞と男優賞を受賞した。映画では「スパイダーマン:ホームカミング」、「ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー」にも出演している。
 これだけでも大層なキャリアだが、これらの映像業界での活動と並行して「チャイルディッシュ・ガンビーノ」名でラッパーとしての活動を継続。2011年にメジャーデビューして以来、3枚のアルバムをリリース。3枚目のアルバムからの<Redbone>がヒット(全米12位)。2018年にリリースした<This Is America>は、ヒロ・ムライが監督を務めたPVの衝撃的な内容が話題となり、今年のグラミーを総なめ。ついにビルボードで全米1位を獲得するまでになった。

 やっと本作品の話だが、この<Guava Island>は、この才人グローバーがどうやら、そのチャイルディッシュ・ガンビーノ・プロジェクトの終着点として用意した宣言的ストーリーらしい。(チャイルディッシュ・ガンビーノ名義での活動休止を発表)今年(2019)4月のコーチュラ・フェス(ロックフェス)のヘッドライナーとして登場したガンビーノが自らその場で上映し、その後はAmazon Premirで配信されている。(5月7日現在)
 出演はグローバーとその恋人役に歌手のリアーナ。カメラと監督は、もちろん「アトランタ」、<This Is America>とコンビを組んできた、ヒロ・ムライが務めている。
 ちなみにヒロ・ムライはアメリカ在住のディレクターでPVを多数手がけているが、「アトランタ」やHBOの「バリー」などでも監督を務めており、特にパイロット版だけでAmazonにキャンセルされたグレン・クローズのブラックコメディ「バーニーおばさんの楽しいゾンビライフ(仮題)」<Sea Oak>は傑作だった。アメリカで育ち、日本語は得意ではないらしいが、70年代日本の音楽界に欧米型の「ポップス」を持ち込んだ伝説的プロデューサー、村井邦彦氏(アルファ・レコード創立者)の実の息子らしい。
 ストーリーは、子供に伝える絵本のような寓話だ。カリブ海の架空の島、グアヴァ・アイランドは特別な絹織りもので知られた美しい島だったが、今では町を牛耳る資本家のレッドに誰も歯向かえない窮屈な島だ。島民は日曜もなしに働かされ続けている。(実際、導入部は美しいアニメで説明される。)
 そして現在の島に住むミュージシャンのダニ(グローバー)と恋人のコフィ(リアーナ)。ダニは調子のいいミュージシャンで、仕事の合間に島のラジオで歌を歌う人気者だが、明日の夜に一晩中のフェスを企画していた。それは、日曜も労働者を決して休ませようとしない、レッドへのささやかな反抗だ。しかし、レッドがそれを簡単に許すはずもなかった・・・。
 中身にはふんだんにガンビーノのトラックがちりばめられ、<This Is America>のカリブ海バージョンも披露される。ヒロの手がける映像は、いつもほどひねりはないがとても美しい。全体の画面が、HDサイズではなく、なぜか4対3で角丸の映像になっている。(どうやら撮影にはARRIから登場したラージフォーマットの新型カメラを使用しているらしいので、オーブンゲートモードで撮影したということなのか?)
 寓話になっているので島を支配する資本主義とそこに風穴を開けたい個人、もしくはアーチストというテーマだけは伝わって来る。しかし、ディティールにも大した冴えはなく、ディズニー映画だと言われれば誰でも納得してしまうだろう。
 ファンのメインが中学生あたりなのか、それともアメリカが舞台なら辛辣さを隠すわけにはいかないグローバーも、カリブ海のリゾート気分にやられてしまったのか?よくある、アーチストがリゾートで遊びまくるついでに撮影したPVのような出来ばえだ。
 ガンビーノはコーチュラのステージで亡くなった自分の父や、ラッパーのニプシー・ハッスルやマック・ミラーに追悼を捧げ、<What I’m starting to realize, all we really have is memories at the end of the day, that’s all we are. All we are really is data. You pass onto your kids, you can pass it on to your friends, your family.>(俺は気づき始めたんだよ。最後の最後、すべてが終わったとき、俺たちに残されるのは記憶だけなんだと。データなんだよ。それは、子どもにも、友達にも、家族にも、渡すことができるんだ。)と語っている。
 チャイルディッシュ・ガンビーノの最後の記憶を、<This Is America>の殺伐としたブラック・ユーモアではなくてて、資本主義と戦った優しい男に書き換えておきたかった・・・という、線はあるのかなあ。

by 寅松