海外ドラマ

ドイツ1983

ドイツにしかできない、大真面目なブラックユーモア青春ドラマ!

DEUTSCHLAND 83
2015年 ドイツ カラー 約46分 全8話
クリエイター:アンナ・ヴィンガー、イョルク・ヴィンガー
出演:ヨナス・ナイ、マリア・シュラーダー、ウルリッヒ・ヌーテン、シルヴェスター・グロート、ゾニア・ゲアハルト、ルドウィッグ・トレプテ、アレクサンダー・バイヤー、リザ・トマシェフスキー

 ドイツの面白いTVドラマというのはお目にかかったことがない。北欧のTVドラマが、映画のミレニアム3部作以降大きく変革を遂げて「キリング」「ブリッジ」など名作を送り出し、呼応するように英国ドラマがブレイク、さらにはフランス、アイスランド、東欧にまで現代的でシャープなTVドラマが次々生まれてくる現代だが、ドイツTV界は前時代的で間抜けな刑事ドラマをいつまでも送り出しているというイメージがつきまとう。
 ところが、ついにドイツのTVドラマからとんでもないものが飛び出した!タイトルが、なんともストレートに「ドイツ1983」。このタイトルでなかなか見ようという気にはならないかもしれないが、一度見出せば、タイトルの意味も、その意図するイメージもものすごく伝わってくるではないか。なにせ1983年のドイツでしか描けない絶妙のドラマなのだ。
 1983年、日本では何をしていたかと言えば、浦安にはディズニーランドがオープンし、ファミコンが発売され、若者はコムデギャルソンの服を着て、家庭はおしなべて積木くずしになって、ETが公開され、初めてみた宅配ピザというものに日本中が憧れた・・とぼけた時代である。確かに大韓航空機がソ連に撃墜されて200人以上が死亡するような事件も起こるが、まだ鉄のカーテンが健在で当時は真相は藪の中だった。
 日本人は、バブル直前でやや浮かれ始めていたが、ヨーロッパには緊張感が漂っていた。アメリカの俳優大統領が西ドイツに中距離弾道ミサイル・パーシングIIの配備を開始し、若者を中心に大きな反対運動が巻き起こっていた。もちろん、西側の若者たちは、それほど本気で心配していたかどうかはわからない。何しろパンクからテクノへ、そしてニューウェイブ、ニューロマンティックスのテカテカ時代だ。
 しかし、6年後に体制崩壊を控えた東ドイツの事情はさすがに切迫していた。ソ連邦は、アメリカの俳優大統領が先制攻撃をかけてくるのではないかと本気で心配している。ソ連にへつらう東ドイツの情報局(シュタージ)はなんとか西ドイツにスパイを送り込んで、西側の陰謀を暴かなければという強迫観念に取り憑かれており、その先兵として選ばれたのが東ドイツ軍で警備を担当してた若者だった。彼の名はマルティン・ラオホ(コードネームはコリブリ)。実は、シュタージの幹部である彼の叔母レノーラが彼を猛プッシュしたのだ。片親で育ったコリブリは母親思いの、ごくごく真面目な青年だが、そこは80年代の若者だ。セクシーで美人さんの婚約者がいて、自宅のパーティーでは仲間がネーナの「ロックバルーンは99」で盛り上がっている。彼は、最初はそんな任務は断るが、無理やり西側に連れ去られ、腎臓移植が必要な母親のためと説得されたのだ。
 西側に入ったコリブリを待っていたのは、勇ましい言葉とは裏腹に、本気で戦闘など考えていない西独軍のエデル少将。その息子で、軍に勤務する身でありながら平和主義に傾倒するアレックス。(西独)ボン大学のリベラルな大学教授で、若者の平和運動の中心にいながら、実は東ドイツのスパイとして働くトビアス。ヒッピー運動に傾倒して家出をし、ラジニーシのカルト教団に身を投じてしまうエデル少将の娘/アレックスの妹、イボンヌ。なぜかコリブリにメロメロになってしまう、NATOの主席分析官の秘書リンダ。
 最初は西側の混乱した自由世界に呆れるばかりだったコリブリだが、同僚スパイの無慈悲な殺人やら、自分が手渡すように指示された荷物でテロが行われたりという現実に触れ、次第に真剣にならざるを得なくなってゆく。
 スパイドラマなのだが、時代は83年で人々は東側も西側も心の底ではお互いの馬鹿げた敵視政策を信頼できなくなっている。そこの描写が絶妙だ。
 2011年にドラマ「Home Video」に出演して、学校で「いじめ」に合う青年を好演。独TVアワードなどを受賞したヨナス・ナイは、一方では当時の当世風の若者でありながら、体制に順応しようと努力する優秀な東独青年マルティン(コリブリ)を見事に演じている。
 もう一つの本作の魅力は、ふんだんに使用される80年代ポップの数々。タイトルバック(ドイツ国内放送版は別らしい)に使われているのは80年代に活躍したドイツ人シンガー、ピーター・シリングの”Major Tom (Coming Home)”。シンセの安さがまさに80年代だが、もちろんデヴィッド・ボウイのスペース・オディティへのアンサーソングだろう。そのほかの挿入歌には、当然ボウイ先生が何度も登場。さらにはニューオーダー、ポリス、ユーリズ・ミックス、デュランデュラン、マリー・ウィルソン、フィル・コリンズと実に80年代的な顔ぶれが。もちろんヨーロッパが舞台なので、全欧で時代に関係なく永遠に愛されている10CCの名曲”I’m Not In Love”も使われている。
 既存の音楽の使い方はよく練られており、コリブリが泣きそうになって必死に逃走するシーンではキュアーの”Boys Don’t Cry”が、ドラマの最後、核戦争が回避できるかどうかがのしかかる、コリブリの顔で終わるラストには、まってましたとばかりにクィーン&ボウイの”Under Pressure”が使われる。

 本作は、決してこれみよがしなコメディーではなく、全編を通して大真面目な主人公が必死に活動を続けるドラマであるが、結果的には80年代の西側/東側の体制の考え方自体が大きな意味で笑いを誘うブラック・コメディーに仕上がっている。ドイツ人に、こんなシニカルな視点があったとは驚いたが、実はクリエリターでストーリーを書いているアンナ・ヴィンガーという人はアメリカ人らしい。共同で本作を製作しているドイツ人プロデューサー、イョルク・ヴィンガーが彼女の夫である。
 そういういきさつからか、本作は最初にアメリカのサンダンスTVチャンネルで放映されてからドイツのRTLで放映された。日本では、現在アマゾン・プライムで視聴することができる。
 あまりの面白さに当然続編が期待されるわけだが、ドイツ1983はシーズン1で終了。残念と思ったら、タイトルを”Deutschland 86″としたものが2シーズン目に突入しており、さらにその3シーズン目は”Deutschland 89″(もちろんベルリンの壁崩壊の年だ)となる予定だそうである。

by 寅松