まぼろし映劇

00H/その時一発

世界最古の「007」パロディは題名通りの一発屋?

まぼろし度 ☆☆

CARRY ON SPYING
1964年 イギリス映画 白黒 ビスタ 88分
監督:ジェラルド・トーマス 脚本:タルボット・ロスウェル シド・コリン
撮影:アラン・ヒューム 音楽:エリック・ロジャース
出演:ケネス・ウィリアムズ、バーナード・クリビンス、バーバラ・ウィンザー、チャールズ・ハウトレー、ディリス・レイ

 1960年代に数ある「007/ジェームズ・ボンド」シリーズの“いただき&パロディ”スパイ映画群の中でも(おそらく)最初期の作品とされる貴重なイギリス映画。日本で公開されたのは1965年の6月、007シリーズで最初に爆発的ヒットとなった『007/ゴールドフィンガー』公開の2ヵ月後なので、どうやらブームに乗って大急ぎで輸入されたらしい。配給は東急文化=渋谷や新宿に映画館を経営する興行会社でした。大手配給会社は誰も乗らなかったのかも……。その後、テレビ放映はあったが、ビデオ化、DVD化のうわさは一切なし、文字通り「その時一発」で消えてしまった。

 イギリス軍の研究施設から極秘化学文書が盗み出された。盗んだのは牛乳配達の男。すぐにイギリス情報部にウィーン支部から連絡があり、盗んだのは「ミルクマン(牛乳配達)」と呼ばれると男とわかる。しかし、そのとき情報部は人員不足で働けるエージェントは、鼻にかかったヘンな声のデズモンド・シンキンス(ケネス・ウィリアムス)だけ。しかたなくシンキンスは訓練中の情報部員3人と共にウィーンへ飛ぶことになる。
 見習いスパイたちは、力自慢のクランプ(バーナード・クリビンス)、眼でシャッターを切る写真記憶の持ち主デフネ・ハニーバット(バーバラ・ウィンザー)、そしてもうひとりは……「バインド」…ジェームズ? 「いえ、チャーリーです」…チャーリー・バインドね。ナンバーは?「00(ダブル・オー)」……「OH(オー)」!

 というわけで、よくある007のパロディにしても、タイトルどおりに「00 OH」が出てくるこの映画、本国イギリスで『007危機一発(ロシアより愛をこめて)』の半年後に公開され、本国のポスターのイラストのタッチまで本家そっくりの元祖007パロディなのだ。あ、「0」がひとつ足りないか。それにしても、ポスターイラストで主人公が持っている銃身がヘニャリと曲がった拳銃もちゃんと本編に出てくる。ふざけているようで、意外に真面目に作られたコメディなんである。ほんまかいな。

 そもそもはイギリスで1958年から20年間に24本作られ続けてた連作コメディ「Carry On」シリーズの一本。「Carry On」ってのは文字通り「続ける」って意味なので、おなじみのメンバーがいろんな仕事や状況の中でバカを続ける、ま、いってみれば「頑張れ○○シリーズ」みたいなもの。タイトルを挙げると「Carry On Sergeant」(軍曹)「Carry On Nurse」(看護婦)「Carry On Cowboy」(カウボーイ)、はては「Carry On Emmannuelle」(エマニエル夫人!)などなど。日本では第9作である本作と第13作の「Carry On Doctor」(1967)が『ピンクの病院/ドクター・ストップ』として公開されただけだが、「モンティ・パイソン」以前のイギリスのお笑い事情がわかる貴重なシリーズ……かもね。
 で、シリーズ全30本中25本に出演しているらしい主演のケネス・ウィリアムズは、ヘンテコな声と眉毛・目・口を派手に動かす顔演技がすごい。「サンダーバード」の人形と小松政夫を足したみたい、といえばよかろうか。

 さて、お話のほうは、ウィーンからアルジェリア、大陸間豪華列車(『ロシアより愛をこめて』まんまじゃん)などで極秘文書を取り合うも、ついに4人は悪の組織スメルシ……じゃないや、ステンチ=STENCH (不適合人間総絶滅協会)の本部へ連行されてしまう。ステンチのボスは男とも女ともつかない巨人ドクター・クロウ。4人組が極秘文書を食べてしまったため、ドクター・クロウはハニーバットを自白強要椅子に縛りつけ文書の中身をすべて喋らせテープに録音してしまう。そこへかけつけたシンキンスたちがテープを奪い、緊急自爆装置をオンにしてエレベーターで脱出! ところがエレベーターがついたのはイギリス情報部だったので全部まとめで大爆発! というナンセンスな展開に口あんぐり。

 そもそも情報部主任の部屋には「秘密諜報部員」と大きく書かれた(スパイをしまっておく?)ロッカーのようなものがあって、最初にそこから出てきたのがシンキンスだったのだ。で、最後にステンチからエレベーターに乗ってついたのは同じ入口。ってことは、シンキンスはそもそもステンチのメンバーだったの??? などといろいろ深く考えてはいけない映画なことはたしかで、ギャグの精神や劇伴音楽などは無声映画に近い雰囲気。クライマックス(?)がステンチの司令部で「オートメーション」地域に入ってしまった4人が、機械化された設備で水をかけられ服を破かれ熱湯攻めにあいそうになるも、危機一発で別の組織スノッグ=SNOG(細菌中和協会)の女スパイがドクター・クロウを脅して機械を止めて「リバース(巻き戻し)」を指示。すると、監視カメラの中でオートメーション作業が全部逆回転して4人が元に戻るという戦前の手塚治虫級ののんびりギャグが展開される。あ、もちろん、ここでデフネ・ハニーバット嬢はあわれ下着姿に……なるけど演じてるバーバラ・ウィンザーは買物帰りの出っ歯のおばさんぐらいのルックスなのでぜんぜん興奮しませんからっ。

 カンツォーネみたいな主題歌は敵女スパイ役のディリス・レイが歌う「TOO LATE」。日本ではジャッキートレントがカバーしたヴァージョンがシングル発馬された。

 ちなみにこのシリーズのスタッフやキャストはほとんど日本では知られていないが(そりゃそうか)、唯一撮影のアラン・ヒュームはその後、『ユア・アイズ・オンリー』『オクトパシー』などロジャー・ムーアの007シリーズや『スター・ウォーズ/ジェダイの復讐』の撮影監督を務めるほどに出世(?)した。ま、見事に「Carry on Shooting」したようですな。

by 無用ノ介