まぼろし映劇

ラ・パッショーネ

過剰なフェラーリ愛をセルジオ・レオーネ・タッチで映画化したクリス・レア畢生の一作

まぼろし度 ☆☆☆

LA PASSIONE<未>
1996年 イギリス カラー ビスタ 91分 
監督:ジョン・B・ホッブス 製作・脚本・音楽・歌:クリス・レア
出演:ショーン・ギャラガー、ポール・シェーン

 中古で100円で買ったサントラCD、A FILM BY CHRIS REAと書いてある。クリス・レア……いたなあ。80年代に「オン・ザ・ビーチ」を大ヒット(だと思う)させたイギリスのシンガーソングライターで枯れた渋い声とスライドギターが売りだった。イメージ的にはエリック・クラプトンとクリストファー・クロスを足して割ったって感じで、バー(当時はまだカフェバーなんていうのがあった)やドライブで聞くとカッコいいんだけど、特に面白いメロディやビートはないので飽きるといえば飽きる……ってことですっかり忘れていたのだが、世界的に売れたおかげで映画を作ってしまっていたらしい。

 少年ジョーの父はイタリア移民、イギリスの小さな町で軽食とアイスクリームのチェーン店を経営している。夢みがちな少年ジョーはいつも父に叱られていたが、テレビでF1の中継が始まると一緒になって夢中で見た。一番速くてカッコいいのはフェラーリ、色は赤、最高のドライバーはドイツ人のヴォルフガング・フォン・トリップスと教えてくれたのも父だった。成長し父の店で働いていたジョーだが、いつかフェラーリを手に入れる夢を捨てきれずに家を出る。アフターシェイヴ・ローション「ラ・パッショーネ」を発売したジョーは大成功を収めた。最新型のフェラーリを駆り、フォン・トリップスが事故死したモンツァのサーキットを訪れたジョーは、故郷へ戻ろうと決意する……。

 通常、A FILM BY という言葉は監督の上につくのだが、この映画はまさにクリス・レアの映画のようだ。自分で書き下ろした脚本はほとんど自伝的で、ミュージシャンとして成功した事実をアフターシェイヴ・ローション(なぜ!?)に替えているだけ。レアの父はイタリア移民でアイスクリームショップのチェーンを経営していたそうだ。レアも成功を収めてもちろんフェラーリはじめスポーツカーを所有し、レースにも参加している。

 映画のほうは、少年の成長&成功物語と、少年が見る夢(フェラーリばっかり!)と、レースや1960年ごろの記録映像(フェラーリだらけ)が交互に出てくる構成でそれをレアの曲がつないでいるのだが、、どうにもバランスが悪い。監督はイギリスのテレビ映画の監督らしく、演出がどこか安っぽい。夢の場面と回想場面が多すぎて整理がついてないし……それでも問題なく楽しめるのは、レアの「フェラーリ愛」がこれでもかと詰め込まれているからだろうか。1961年のF1で使用されたマシンのレプリカや330GTCはじめ芸術品ともいえるフェラーリが続々登場する。そしてなにより、主人公の恋愛沙汰などは一切出てこないのがいい。女たちはフェラーリのまわりにいるだけ。プロのプロデューサーや脚本家だとこうはいかないだろう。

 中でも最高のシーンは、父の店で働くジョーが夢を失いかけたとき、父が「昨日のテレビで見たシャーリー・バッシ―は素晴らしかった」と言っていたため、店の裏を掃除しながら「シャーリー、フェラーリを持ってるかい?」と問いかける(歌はクリス・レア)場面。すると本当にシャー・バッシ―(本人)が出てきて「持ってるわよ。私の暮らしはあなたの夢。夢を見ることをあきらめてはダメよ」と歌うミュージカルになっていくのだ。そんな白日夢に発奮したジョーは事業で成功し、CMにシャーリー・バッシ―を起用し「ディスコ:ラ・パッショーネ」を歌って踊ってもらう。1960年代のイギリスといえばシャーリー『ゴールドフィンガー』バッシ―だろう。少年は見事に“ブリティッシュ・ドリーム”を獲得したのだ。

 何度も(何度も)登場するジョーの夢には、黒メガネの紳士とレーサーが出てくる。おそらくエンツォ・フェラーリとヴォルフガング・フォン・トリップスと思われる。エンツォはもちろんフェラーリの創設者であり、フォン・トリップスは1961年にチャンピオンを競ってたがモンツァのコースで大事故を起こして即死、巻き込まれた観客も10人以上が死んだF1史上もっとも有名な事故で知られている。何度も出てくる記録映画のフォン・トリップスは金髪でジョージ・クルーニーみたいにカッコいい。
 父との再会に流れる「When The Grey Skies Turn to Blue」、(フォン・トリップスが映り続ける)エンディングの「Only To Fly」はクリス・レアらしい渋い名曲だ。

 さて、映画製作当時のクリス・レアのインタビュー映像を見て驚愕した。なんと、レアはセルジオ・レオーネとエンニオ・モリコーネの名をあげ、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』の影響を公言していたのだ。なるほど、それで回想&夢シーンだったのか!しかしレオーネ&モリコーネに挑むとはなんと大胆な!無謀ともいえるレアの“夢の結晶”はいまだDVDにもなっていないのだが、この映画には彼の剥き出しのフェラーリ愛、レオーネ愛、シャーリー・バッシ―愛が満ち満ちている。

 

by 無用ノ介