海外ドラマ

ブラックドッグ 〜新米教師コ・ハヌル〜

生徒ではなく教師の側から描く、学園ドラマ。リアルさという点では一つの頂点!

블랙독/Black Dog: Being A Teacher
2019年 韓国 カラーHD 75分 全16話 Studio Dragon/tvN Amazon Primeで配信
脚本:パク・ジュヨン 監督:ファン・ジュニョク
出演:ソ・ヒョンジン、ラ・ミラン、ハジュン、イ・チャンフン、チョン・ヘギュン、パク・ジファン、ユ・ミンギュ、チョ・ソンジュ、イ・ハンナ、テ・イノ、イ・ウンセム、パク・ジフン、キム・ホンパ、チョン・テギョン  ほか

 あの「愛の不時着」と前後して、同じスタジオドラゴンが製作したミニシリーズだが、あまり話題にもならなかった地味な作品だ。しかし、一方で世界的な商業ヒットを連発する制作会社だからこそできる、ドラマとしてては良心の塊のような佳作である。
 現代韓国ドラマとは思えない地味で現実的な展開。オープニングの張り出しこそ、修学旅行のバスがトンネル内での事故に巻き込まれ、爆発するという派手なスタートだが、その後は最後までソウルの私立高校の内部と、主人公の住む下町、店などがほとんどの舞台だ。
 主人公のコ・ハヌル(ソ・ヒョンジン)は、ハヌル(空)クリーニング店の一人娘。塾講師などのバイトしながら、狭き門である高校教師を目指しているのには訳がある。高校の修学旅行で、トンネル内でのバス事故が発生した時、足に怪我をしていたハヌルは、避難後もバスの中に取り残されていた。バスが爆発する可能性がある中、彼女が取り残されていることを知っても、救助しようとする教師も生徒もいなかったのだ。
 ただ一人、彼女のそばに乗り合わせていた臨採(期限付きの臨時採用)教師であるキム・ヨンハ(テ・イノ)だけが、彼女を助けに戻り、なんとかハヌルを助け出すものの、自分が事故の犠牲になってしまった・・。彼が労災認定も保険の適用もされない、臨採の教員であったことを、ハヌルはその葬式の席で知る。
 彼女には、罪悪感とともに「死んだヨンハが、なぜ生徒のために、そこまでしてくれたのだろう・・」という疑問がいつまでも消えない「問い」として残っていた。
 ハヌルは、同じ高校教師になることで、この「問い」の答えを探そうとしている。そして、100倍以上の難関をくぐり抜けようやく手にした私立大峙(テチ)高校の臨採教員の座。しかし、教員名簿も調べたはずなのに採用されてみると、大峙(テチ)高校のNo.3にあたる教務部長は、あまり付き合いのない母方の叔父ムン・スホであることを知る。
 ムン・スホもハヌルが受験したことも知らず、不正があったわけではないが、のちに判明するもう一つの不正と取り違えられて流された噂で、ハヌルはスタートから厄介者として敬遠されることになる。あまりの理不尽さに、途中でやめることも考えるハヌルだが、彼女が配属された部署である「進学部」の女性部長、パク・ソンスン(ラ・ミラン)は、「生徒を見捨てるような教師は、教師の資格はない」と釘をさす。
 ちなみに、原題の「黒犬」は、子どもの頃、祖父と行ったペットショップで、欲しいと思った「黒犬」を、祖父から「黒い犬は縁起が悪いからダメだ」と否定された経験から。校内で、誰もが厄介だから係りになるまいと・・自分を遠巻きにする状況を、「あの犬も、こんな気持ちだったろうか」と思いだすエピソードが盛り込まれている。
 黒い犬を、<Black Dog>もしくは<Hellhound>などと忌み嫌うのは、欧米(主にイギリス)の習慣だと思うが、キリスト教の強い韓国にもその影響があるのか?
 
 その後も、ドラマでは、学校内での派閥争いや、臨採同士の妬みや葛藤。新任の教師には、戸惑う暇もないものすごい数の連絡事項。生徒の親からの苦情。高校に求められる有名大学(ドラマの中では「韓国大」となっているが、実際にはソウル大に集中した)進学実績。「修能試験」(日本の大学入学共通テストにあたる)への対応や、毎年改定される国の教育方針に翻弄される現場。大学との駆け引き。父兄への説明会の大変さ。試験問題の修正が発生した時の右往左往。そして過酷な受験社会のなかで、大きなプレッシャーにさらされる生徒たちの日常・・・。
 これらが、満遍なく描かれてゆく。
 これらのディティールは、ただ描かれるだけでなく、それぞれが上手にドラマを生み出している。脚本が、なんといってもずば抜けてよくできているドラマである。
 脚本家のパク・ジュヨンは、新人だが自身が高校教師の体験があるというのも納得できるだろう。

 高校教師の業務のリアリティーの他に、素晴らしいのは各キャラクターの造形だ。
 このドラマは、高校学園モノではあるが、生徒の生活はほとんど描かれない。あくまで新任教師コ・ハヌルの目を通して、教師たちも、生徒も描かれてゆく。
 周りの先生たちの人間的側面も、最初見えるのは一面だけだが、ハヌルの成長につれて他の面も見えてくる。生徒たちの事情も同じように、徐々に見えてくる。
 非常に優秀で志もあるハヌルだが、緊張して自分のことに精一杯だった初年度と、卒業生を送り出して自信を深めたハヌルは、顔つきが違うだけでなく、周りの見え方も違って描かれる。その意味では、英語タイトルの<Being A Teacher>は、よく中身を表している。

 脚本上の造形を、また全ての出演者が見事に表現しているのも印象に残る。
 コ・ハヌルを演じたソ・ヒョンジンは、韓国的な美人なのだろうが、親近感が持てそうにない顔つきで、ラブコメなどが合うとはあまり思えない。しかし、メイクも地味に抑えて、自分の感情を表に出さないが、芯の強い優等生・・ハヌルは、まさにぴったりの役柄である。
 コメディで定評のある、ラ・ミランが演じる進学部長パク・ソンスンや、深く生徒のことを考えているピョン校長(キム・ホンパ)なども、やや理想化はしてあるのだろうが、日本人が見てもリアリティがある。
 しかし、本当に驚くのは、メインのキャラクターというより、かなりサブのキャラクターであるにもかかわらず、実にリアルな人物が多いこと。
 コ・ハヌルが自分と同じ地区の小学校(ミョンス本人の時代には国民学校)出身と知ってから「僕の後輩」と贔屓にしてくれ、ハヌル(空の意味)だから「コ・スカイ先生だ」とあだ名をつけ、ずっとそれを言い続ける進学部の生物教師ペ・ミョンスのいい人ぶり。演じたイ・チャンフンの人柄なのか、実にうまい。
 パク・ソンスンの天敵で、無神経だが、わかりやすい3年学部部長で物理教師のソン・ヨンテ(パク・ジファン)や、辛辣で権力欲の強い、総合学習部長ハン・ジェヒ(ウ・ミファ)などは、単なる悪役ではなく、実に教師にありがちな人物で、この表現は両役者ともすばらしい。
 もちろん主役級のイケメン2人、生徒に人気の国語教師で進学部の同僚ト・ヨヌを演じたハジュンも、6年も臨採教師を続けているチ・ヘウォンを演じたユ・ミンギュもいい。ユ・ミンギュの煮え切らない演技は、もはや韓国の向井理にしか見えなかった。
 「霊魂修繕工」の精神科部長や、「空から降る一億の星」のジングクの元上司、「マイ・ディア・ミスター〜私のおじさん〜」の常務など、どのドラマでも、人がよくて立場上困った表情の人物を演じているチョン・ヘギュンが、そのまま、このドラマでも困った立場の教務部長(ハヌルの叔父)ムン・スホを演じている。
 また、カメオ的な特別出演だが、冒頭の事故で死んでしまう臨採教員キム・ヨンハは、「ライフ」で社長ク・スンヒョ(チョ・スンウ)の院内スパイとなるソン・ウチャンや、「霊魂修繕工」でジジュンのライバルで友人のイン・ドンヒョクなど、印象的な役柄を演じているテ・イノだ。
 キム・ヨンハの妻ソン・ヨンスクが、彼の死後はずっと近所でカルグスス屋をやっていて、いつも訪ねてくるコ・ハヌルを言葉では突き放しながら、内心娘のように心配している姿も、とても泣かせる。イ・ハンナが、淡々と雰囲気でこれもまたいい。

 ちなみに、あらゆるレベルで恋愛要素は排除されている。みんな、受験と仕事に精一杯なのだ。
 ハヌルが初めて送り出した2人の優等生、チン・ユラとク・ジェヒョンが付き合っているらしき後日談をメッセージが匂わせるのと、久々に一同に会した元進学部のメンツのなかで、ト・ヨヌとハヌルが「いっそ付き合えばいいのに」と冷やかされるのが、せいぜいである。

By 寅松