オンランシネマ

アイム・ユア・ウーマン

女なら料理ができると思うな!女だから銃をぶっ放したりしないと思うな!

I’m Your Woman
2020年 アメリカ 120分 アマゾン・スタジオ Amazon Primeで視聴可能
監督:ジュリア・ハート 脚本:ジュリア・ハート、ジョーダン・ホロウィッツ
出演:レイチェル・ブロズナハン、アリンゼ・ケニ、マーシャ・ステファニー・ブレイク、ビル・ヘック、フランキー・フェイソン、マルセリーヌ・ヒューゴ、ジェームズ・マクメナミン ほか

 「ハウス・オブ・カード 野望の階段」「マーベラス・ミセス・メイゼル」のレイチェル・ブロズナハンが主演で、プロデュースにも関わっているという新作映画。まあ、兎にも角にもテーマがはっきりしているのはいい。
 設定は1970年代のクライムドラマなのだが、犯罪や仲間との抗争に命をかける男の側ではなくて、男に早く逃げて隠れていろ!と命じられるまま置いてゆかれる情婦の側から描いた女性ドラマである。
 アメリカのどこか気だるい郊外の街。都会でもないが、かといって中西部ド田舎でもない。撮影されたピッツバーグあたりの設定だろう。
 時は70年代。サングラス姿のジーン(ブロズナハン)はそこそこの一軒家の庭で日向ぼっこをしている。若いジーンは、一見いい女風。けれど、夫のエディがいて新婚生活を営んでいるようだ。暮らし向きはそこそこに見えるが、ジーンの顔は少し不安そうで、日常はぎこちない。
 ある日、エディは赤ん坊を抱いて帰ってくる。ジーンは驚くが、エディは「お前が欲しがってただろ」「心配するな」というばかり。あとで説明されるが、ジーンは子供を産めない体らしい。
 夫の行動を不審に思いながらも、子供との日常が始まる。子供は欲しかったのだろうが、70年代の絶対に家事を手伝うことのない夫と子供の世話は思うほど簡単ではない。いかんせん不器用なジーンは目玉焼きですらまともに作れないのだ。
 ジーンにエディは車の運転すらさせないが、家事は任せきり。生活には漠然とした不安が渦巻いている。実はジーンは、エディがまともな仕事ではなく窃盗を生業にしていることに気づいている。しかし、そのことを言い出せないでいる。
 この辺までの描写は、ジーンの内面を表すような、全てがぼやけた描き方で、見る方もどんよりさせられるのだが、ある意味、面白い。それがある日を境に、ジーンの内面とともに描写も変化してゆく。
 エディの仲間ジミーが、深夜にドアを叩いて、ジーンと赤ん坊に「今すぐこの家から逃げろ!」と伝える。ジミーは、クローゼットの中に隠してある金を乱暴にバッグに詰めこみ、赤ん坊を抱いたジーンを、外で待つカル(ケニ)という黒人に引き渡した。エディが、仲間を裏切って抗争が始まるらしい・・・。右も左もわからないまま、ジーンの逃亡生活が始まった。
 最初に逃げ込んだセーフハウスは、エディが用意していたものらしいが、そこでもジーンはまた一人残されて、ハリーと名付けた赤ん坊との孤独で不安な日々が続く。しかし、その家がエディを追うギャング達に見つけ出されると、間一髪ジーンを救ったカルは、こんどはエディをとんでもない田舎の山小屋のような家に連れてゆくことになる。
 行き場所に困ったカルは、実は自分の育った父親の実家へジーンを連れてきたのだ。寡黙なカルは、何も説明しないまま、街にやり残した仕事を片付けに向かうのだが、その家に今度は、老人と女、そして子供という黒人の一家がトラックで乗り付ける。彼らはカルの妻、テリー(ブレイク)と父親のアート(フェイソン)、そして息子のポール(ダマウリ・パークス)だった。テリーは、一人で不安だけを抱えて逃亡を続けてきたジーンに手を差し伸べて、徐々に男に依存するだけの存在だった彼女が、脅威に立ち向かうと共に、人間としての自立を勝ち取るのを助ける存在になってゆく・・。

 ストーリーに驚くような展開はないのだが、ジーンの目線で物語が進み、ひとつひとつの謎が解ける過程もジーンの理解にそっている。最初の頃の実に不安げな表情や、子育てのイラつく日常。次第に覚悟を決めて、変わってゆく姿など、ジーンを演じたブロズナハンの演技力はなかなかである。
 実は一人ではないようだが、終始キャベツ人形のような赤ん坊ハリーがかわいい。

 監督は『マイ・ビューティフル・デイズ』のジュリア・ハート。ハートと脚本を共同で仕上げている、ジョーダン・ホロウィッツはハートの夫で、ハートの他作品でもほぼタッグを組んでいる。ハートは、「夫のジョーダンと多くの70年代の犯罪映画を見ました。ほとんどの場合、男が主役だけれど、素晴らしい女優たちも出ているのよ。レイチェル・ウォルド、ダイアン・キートン、テレサ・ライト、そしてアリー・マッグロー。映画の中盤、状況が悪くなると男たちは決まって、女と子供たちを追い出さなければならいと決心するんだけど、『彼女たちはどこへ行ったの?』と気になっていることに気づいたの」とインタビューに答えています。
 音楽は、CMやサントラで活躍するロス在住の日本人サウンド・クリエイター、松宮アスカが担当しているが、挿入される70年代の曲もソウル中心で渋い。途中では、名曲「ナチュラル・ウーマン」も流れるが、エンディングは同じアレサ・フランクリンが歌う、ザ・バンドの名曲「ウェイト」だ。
 ケツをまくって、車を走らせるジーンたちの後ろ姿に「荷物を降ろして、自由になりな」と被せて、カッコよく終わっています。

by 寅松