海外ドラマ

ピッチ 彼女のメジャーリーグ

「オータニサン」にも観てほしい 大リーグ初の女性ピッチャー物語

PITCH
2016年 アメリカ 各44分 10回 FOX (Foxスポーツ&エンターテイメントで放映)
クリエイター:ダン・フォーゲルマン、リック・シンガー
出演:カイリー・バンバリー、マーク=ポール・ゴスラー、アリ・ラーター、
   モー・マクレー、メーガン・ホルダー、ダン・ラウリアほか

 プロ野球で初の女性ピッチャー! といえば、日本人なら「水原勇気」と答える人も多いだろう(え? もういない?)。アメリカ人が1970年代の日本の漫画(水島新司の『野球狂の詩』)を読んだのかどうかは知らないが、大リーグ初の女性ピッチャーを主人公にしたスポーツドラマをCS放送のFOXスポーツ&エンターテイメント(長い!)でやっていたので、観てみるとこれが意外に傑作だった。
 大リーグを素材にした映画は数あれど、たいていは感動ドラマかバカコメディのどちらかだ。ところが、このドラマは、女性ピッチャーの苦悩だけではなく、あまり知られていないプロ野球選手の生活や球団フロントの仕事を紹介しながら、意外に複雑な構成を施して、主人公やその周囲の人間たちそれぞれの人間ドラマを盛り込んでくる。もちろん、野球トリビアもある。映画や音楽ネタを盛り込んだセリフも楽しめる。つまり、このドラマは剛速球一本やりではなく、フォーシーム、ツーシーム、スライダー、カーブ、スプリット、チェンジアップ、そしてヒロインの得意技スクリューボールなど多彩な変化球で攻めてくる超技巧派ドラマなのだ。
 基本的には、史上初の女性メジャーリーガーになった23歳のジニー・ベイカー(カイリー・バンバリー)が直面する様々な問題……投球はもちろん、試合での特殊なルール、クラブハウスでの人間関係、マスコミ対応、テレビ出演、スポンサー契約、SNS問題、エージェントや自分の家族問題などが問題になるのだが、それってもしかして……そう、日本から渡米した二刀流スター「オータニサン」こと大谷翔平選手も直面する(している)ことなのかもしれない。そう考えると、最近大リーグに注目したばかりの日本人にとっても大変ためになるドラマだ。そしてもちろん大谷選手にも! NHK-BS放送はすぐに放映権を購入すべきだと思うけど、どうなんでしょか。

 野球バカの父から英才教育を受けて育ったジニー(カイリー・バンバリー)が、5年間のマイナー生活を経てついにメジャーに昇格。サンディエゴ・パドレスの先発投手としてロサンゼルス・ドジャース戦のマウンドに立つが、一球もストライクが入らずに自ら降板を申し入れて敗戦。しかし、ジニーの前に現れた“父”のコーチもあって必死に復活を遂げ、次のサンフランシスコ・ジャイアンツ戦でメジャー初勝利を挙げる。チームのキャプテンで捕手のマイク・ローソン(マーク=ポール・ゴスラー)の信頼も勝ち取り、スクリューボールを武器とするジニーはパドレスの5番手先発投手としてそこそこの成績を挙げるが、女性初の大リーガーとしてファンやマスコミの人気が高く地元サンディエゴで開かれるオールスターゲームに選出されるまでになる。が、エージェントのアメリア(アリ・ラーター)がゲットしたナイキとの専属契約パーティを抜け出して大学生たちのパーティで遊んでいたのがネットに流れて大問題になり、球団はジニーに専門セラピストをつけてカウンセリングを始める。そして、今度は元彼に送ったヌード写真がネットに流出してしまうが、チームメイト全員が一緒に雑誌にヌード写真を公開するという荒業に出る……。

 二刀流「オータニサン」がベーブ・ルースの再来と騒がれているが、劇中のセリフによると、アメリカにはすでに女性ピッチャーがいたそうだ。1950年代に黒人リーグで活躍したメイミー・ジョンソン(黒人リーグにはその後も2人の女性ピッチャーがいたらしい)。ただし、メジャー・リーガーとしてはジニーが最初だ(フィクションですが)。速球は80マイルほどだが、スクリューボールが得意技(父からネクタリン=桃を潰さないように投げる訓練を受けた)で、その後カットボールも身につける。ただ、従来の野球ドラマのように、CGIでボールの軌道を見せたり選手のプレーを細かく描写するような場面はほとんどない。逆にこのドラマが狙ったのは「リアリティ」。なぜかといえば映画やドラマやニュースだけでなく大リーグ中継もカバーしているフォックス・ネットワークの作品だからだ。大リーグ機構との繋がりや豊富な映像素材などを最大限に生かした展開は大リーグファンにはたまらない魅力になる。球場の様子や解説者(殿堂入り投手のジョン・スモルツ)、ニュース番組など“本物”を盛り込んでまるでドラマの中で本当にリーグ戦を戦っているように見える。パドレスの選手はすべてドラマ用の架空の人物だが、それ以外の対戦相手は“本物”なのだ。
 特にすごいのはオールスター戦の場面(第4話)で、実際に2016年にサンディエゴ・ペトコパークで行われた試合とホームランダービーの場面にドラマ出演者たちが見事に融合されている。マイク・トラウトやサルバトーレ・ペレスのホームラン場面は本物だし、試合前に登場人物が紹介される場面にはセントルイス・カージナルスのマット・カーペンターらが(同じカットで)特別出演している。ペレスにホームランを打たれたジニーがちゃんとマウンドでくやしがっている様子も見える。実際の試合映像にドラマ部分を合成しているのだ。こういうCGIは大歓迎だ。

 ジニーを演じるカイリー・バンバリー(『アンダー・ザ・ドーム/シーズン3』)はカナダ出身の黒人女性で大リーガーにしては細身すぎるとは思うが、美人だし(けっこう巨乳)ちゃんとピッチャーの投げ方ができている。少女時代を演じる子役は、いかにも(右手が曲がったまま投げる)女性投げなのに、よく上達したなあ(と視聴者も思える)。カイリーは相当厳しいオーディションを突破したんじゃないだろうか。ただ、ドラマとはいえ、女性大リーガー第1号にしては“メンタル”が弱すぎる気がするが、まあ、野球そのものよりも人間ドラマに焦点を合わせた作品だということの表れだろう。

 23歳のジニーは、チームメイトたちの古い野球話を聞くとすぐにスマホで検索して調べている。そして6月末のトレード期限になると選手全員がクラブハウスでスマホをじっと見てる状況になり(笑)、ジニーの女房役であるキャプテンのマイク「トレードはツイッターではなくてGMから伝えられるもんだ! みんな携帯を置け!」と叫ぶ。英語がわからないのにいつも笑っているとバカにされている韓国人選手がいたり、ジニーの敏腕エージェントの助手が韓国人2世のエリオット(ティム・ジョー)という設定で、どうみても気が利かないコメディリリーフ的な役柄なのは意外なところ。クリエイターが韓国好きなのかなと思ったら、どう見てもバカにしてるような……日本人選手だと真面目すぎて面白くならないと考えたのかもしれない(クラブハウスには日本語で「喫煙禁止」と張り紙があったけど)。メッツのデグロムそっくりの髪型のピッチャーがいたり、態度の悪いキューバからの亡命選手がいたり、大リーグファンには嬉しい脇キャラクターも用意されている。
 人気選手が女性を家へ連れ込むとグルーピーが女の車にいやがらせをしたり、カーディーラーは月1ドルで高級車をリースしてくれるとか、あまり知られていない大リーガー秘話も面白い。ブラッド・ピットの『マネーボール』で少しわかったが、大リーグでは監督があまり偉くないようで(英語だとマネージャーだしね)、GMだの編成部長だのオーナー組織だのいろんな偉い人たちがウヨウヨしていることもよくわかる。
 映画、テレビ、音楽ネタなどを盛り込んだセリフも楽しい。老監督がジニーに「キッド」と呼んでしまい、「ハンフリー・ボガートの真似をしてるんじゃないぞ(字幕は「きどってるわけじゃない」)」と弁解する場面(ジニーは当然きょとん。もちろん『カサブランカ』のネタ)、親友のトレード話に「彼のいないパドレスは、ビヨンセのいないデステ(字幕ママ 英語ではデスティニー・チャイルドと言ってる)みたいなものよ!」などなど。
 
 ジニーの過去……父のこと、兄や母のこと、ボーイフレンドたちのことなどに加えて、チームの主将ローソンの少年時代、以前はショービズ(映画業界)のエージェントだったアメリアの仕事ぶりなどがフラッシュバックで描かれる構成、そしてなかなか気の利いた脚本を書くクリエイターのダン・フォーゲルマンは、アニメ『カーズ』や『ボルト』の脚本に参加、脚本・監督作『Dearダニー 君へのうた』(アル・パチーノ!)もある。『ピッチ』とほぼ同時期に放映されたテレビシリーズ『THIS IS US 36歳、これから』(16〜)は評価が高くエミー賞やゴールデングローブ賞にノミネートされている(NHK-BSで放映)。この『ピッチ 彼女のメジャーリーグ』が1シーズンで終わってしまったのは、おそらくその割をくったのだろうか。残念。それにしてもこの第1シーズンのラスト、なんだか大谷選手と状況が似すぎていて恐ろしいような気も……。2年後でよいので復活してほしいもんだ。
 
 野球映画に流れる音楽といえば、頭の悪いアメリカン・ロックが定番の印象があるが、ここでは『ドクター・ハウス』(2004〜12)や『Life 真実へのパズル』(2007〜09)のジョン・エアリックとジェイソン・ダーラトカの曲を黒人弦楽デュオ「ブラック・バイオリン」が演奏しているいる。ジニーの当番場面などに流れるのはローリング・ストーンズの「悪魔を憐れむ歌」の女性ヴォーカル・ヴァージョンだが、歌っているのは「Freedom Dub」なる謎のユニット。映画音楽の世界もどんどん進化している様子だ。

by 無用ノ介