ボドキン
世界一美しいアイルランドの怖さと狡さが、ある意味よくでてる!
2024年 アメリカ/アイルランド カラー 44~56分 全7話 Higher Ground、wiip/Netflix Netflixで視聴可能
クリエイター:ジェズ・シャーフ 脚本ジェズ・シャーフ、アレックス・メトカーフほか 監督:ナッシュ・エドガートン、ブロンウェン・ヒューズほか
出演:ウィル・フォーテ、シボーン・カレン、ロビン・カーラ、デヴィッド・ウィルモット、クリス・ウォーリー ほか
オバマ元大統領夫妻のハイヤーグランドが制作に参加していることでも話題になっている、アイルランドを舞台にしたコメディ&ダークサスペンスである。
クリエターのジェズ・シャーフは、2018年に犬のペットをそのまま人間の男が演じるショート・コメディフィルムの共同脚本を担当しているが、今回は、エグゼクティブ・プロディーサーでショー・ランナーでもあるので随分と抜擢だろう。オバマに気に入られたのか?全ての話も、彼の創作のようだ。
物語は、ロンドンのジャーナリストのダブ・マローニィ(シボーン・カレン)が取材協力者の家で、自殺している彼を発見するところから始まる。
彼は、NHSの不正をリークしてくれた内通者で、この事件で捜査が入りダヴは窮地に立たされる。新聞社の上司から休職を命じられるが、それを断ると、今度は、生まれ故郷のアイルランドで、社が後援するシカゴの人気ポッドキャスター、ギルバート・パワー(ウィル・フォーテ)のお守り役を押し付けられてしまったのだ。
渋々アイルランドのコーク西部にある町ポドキンに降り立ったダヴは、ギルバートと、会社からすでにアシスタントして彼につけられているエミー・シザー(ロビン・カーラ)と会うが、人の良いアメリカ人であるギルバート、どうやら裕福な英国のインド系らしいエミーとも、最初から話が合わない。
今回、ギルバートが挑んでいるポッドキャストのテーマは、20年以上前にこのポドキンの町外れで行われたサウィンの祭りの最中に一人の子供と、大人の男女が忽然と消えた事件の真相なのだが・・。
この町で次々起こることは、どれも奇妙な様相を呈している。
エミーがネットで手配した地元の運転手ショーン(クリス・ウォーリー)と、宿であるB&Bのオシェイ夫人(ポム・ボイド)が親子だと判明するのだが、ショーンはポーランドからもらった里子だということで、仕事も中途半端で、運転の途中で年中消えてしまう。
当時の警察官、この地に定住してしまっているヒッピーたち、パブで出会う地元民たち、いくらインタビューをしても、住民たちは驚くほど非協力的で、何かを隠しているのは間違いない。
ジャーナリスト気質で、とにかく謎があれば必ず真実を知ろうとするダヴは、とにかく取材対象との関係を気にするギルバートとは正反対。
ギルバートがパブで親しくなった地元漁師シェイマス・ギャラハー(デヴィッド・ウィルモット)を、どこかで見たことがあると確信するダヴは、エミーに協力させて地元の図書館に忍び込み、昔の地元紙の写真から、ギャラハーが北アイルランドの密輸業者として名を馳せた、バジャー(あなぐま)であることを突き止める。ギャラハーと時々いなくなるショーンを尾行した一行は、うなぎの稚魚の密輸業者という男の別の顔を知ることになる。
一方、警察の捜査はダヴの自宅に及び、証拠物が押収され、ギルバートの方は、カード破産寸前で、それを問いただす妻からの電話がかかり続ける。
失踪後に唯一人、帰ってきた元少年のテディ(ゲル・ケリー)は、それまでは利発な少年だったものが、その後はずっと「心ここに在らず」で、いつもぼんやりしている。彼は、実は当時事件を担当した村の巡査部長パワー(デニス・コンウェイ)の息子であった。
テディから話を聞いたダヴとエミーは、沼地の近くで自動車事故があったことを推測し、Google Earthで沼地に見える自動車のような形を見つける。
車を引き上げると、なんとトランクの中から、20年間も発見されなかった男女2体の遺体が発見されたののだが・・・・!
村人は、どいつもこいつも秘密を持っていて、もちろん名前を変えた密輸業者のシェイマスはもちろんだが、警察官も、B&Bの息子と母親も、離れ小島にある修道院の院長も、ヒッピーたちもみなが真実を語ろうとしない。その上、シリコンバレーから20年ぶり故郷に帰って、これまで中止されてきたサウィンの祭りを再興し、スマート技術で地元の活性化を狙うIT起業家のフィンタン(チャーリー・ケリー)、うなぎの密輸業者を捕まえようと潜入しているICPO(インターポール)の職員(ザビーネ・ティモテオとピーター・バンコール)、さらには消えたバジャーを20年もつけ狙ってきた北アイルランドのギャングマカードル兄弟まで入り乱れて、事件は予想外の方向に向かってゆく!
<A Stór Mo Chroí>チーフタンズ
音楽やOPアニメーションのセンスも良い。エンディングも毎回違って良いが、劇中、パブのカラオケタイムで、クランベリーズの「ゾンビ」を歌うつもりでリクエストしたダヴが、クリス・デ・バーの<Always On My Mind>を歌わされるジョークもおかしかった。
普段は、ぼんやりしているテディが、トラッドを歌わせると突然、聖歌隊のような美しい声を出すのも笑えるが、劇中でテディを演じたゲル・ケリーが歌っているのは、よく知られた「A Stor Mo Chroi(私の心の宝物)」というアイリッシュ・トラッド。チーフタンズのバージョンが有名だろう。
ゲル・ケリーは、ミュージシャンでもあり、<Frowning Hour>というプロジェクト名で音楽活動もしているらしい。
アイルランドの景色は、時間をかけてとにかく美しく撮っている。
舞台となっている港町コークの西側の地域は、アイルランドではひらけた地域で、位置的にフランスやスペインに船で渡る起点でもある。そのためフランス人が別荘を建てたり、ヒッピーが居ついたりして、割と閉鎖的なアイルランドとしては開放的な場所でもある。
パブなどは、観光用のいかにもアイルランド風のものものあるし、土産物などもよく売られている印象だ。
アイルランド人は、観光客にも優しく、ちょっと付き合うにはとてもいい人たちなのだが、「正しさ」については、現代の世界とは違う基準を持っている。
イギリス人であるジェズ・シャーフは、その点についてさすがによく理解していて、法やルールを基盤とした「社会」という枠組みを重視するイギリス人に対して、アウトローや一般人はもちろん、本来ルールに厳しいはずの警官や修道女でも、基本、家族や近隣の身内の利益が全ての法律の上に立つアイルランド人という特殊な人々を実によく表現している。
アイルランドを「世界一美しい場所」で、自分のルーツであると呑気なことを思っていた現代アメリカ人も、アイルランド的なものを捨ててロンドンで生きてきたジャーナリストも、その本質に直面して、呆れざるを得ない。
それだけでなく脚本としては、真相を暴くことを優先し、修道院や地元の人々に対して冷笑的なダヴの性格を形作った生い立ちの説明・・、証言者を大事にしつつ「ストーリーを伝えたいんだ」と言いながら、妻からは「自分を晒し者にした」となじられ、「ギルバートのファンタジー」とバカにされて、自分の二重基準を自覚するギルバートのプライベート・・なども、ちゃんと描かれていて好感が持てる。
その意固地なダヴを、ダブリンのトリニティ・カレッジ出身の舞台女優で、近年は「ザ・ドライ」、<Obituary>、「ポドキン」と立て続けにコメディドラマに出演して注目を集めているシボーン・カレンが、正面から好演した。
散々な目にあう人気なアメリカ人、ギルバートを、サタデー・ナイト・ライブ出身のコメディアンで、映画では『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』が有名なウィル・フォーテが演じている。
まあ、視聴率がよければシーズン2があるかもしれない。