海外ドラマ

ウェールズ連続少女殺人事件〜30年目の真実

ウェールス初の歴史的連続レイプ殺人を暴く!

Steeltown Murders
2023年 イギリス カラーHD 65~75分 全4話 Severn Screen、All3Media/BBC One ミステリーチャンネルにて放映
クリエイター:エド・ホイットモア 監督:マーク・エヴァンス
出演:フィリップ・グレニスター、ステファン・ロードリ、キース・アレン、シャロン・モーガン、カレン・パウラーダ、プリヤンガ・バーフォード、ガレス・ジョン・ベール、アナイリン・バーナード ほか

 時制がやや面倒だが、ドラマ内で描かれる現在は90年代末のこと。ウェールズだけあってパブでバンドが演奏しているのは、バッドフィンガーの最大のヒット曲「デイ・アフター・デイ」。
 主人公のと同僚はそのパブで「今も人気があるのか?バッド・フィンガーのことさ」「カヴァーしか聴いたことないだろ!」みたいな会話をしている・・。そりゃ、そうだよ。ウェールズ、スウォンジー出身の天才ピート・ハムが絶望の中で自殺しちまったのは、1975年のことだ。
 そして、つづいてドラマが描くのは、回想の中の1973年に南ウェールズで起きた連続殺人事件である。のっけからフリーの「オールライト・ナウ」がかかり気分を盛り上げる。この曲のオリジナルのリリースは1970年なのだが、1973年にも再リリースされヒットしたから、これは正解だ。
 当時15歳の少女たちが、週末の街にくりだす背景で流れるのは、モット・ザ・フープルの「土曜日の誘惑」(Roll Away The Stone)。この曲も73年にヒットしている。(細かいことを言えば、事件が起こった土曜日は、1973年9月16日。モット・ザ・フープルがこの曲を最初にBBCの”Top of the Pops”で演奏したのが11月15日で、イギリスのチャートで上昇したが12月なので、実は先走りではあるのだが:笑 )ともあれ、出だしのセンスは、なかなかいい!
 ただしドラマ表現はとにかく頻繁に現在(1998年)と過去(1973)の記憶の映像が交差して、その意味で、特に最初方は少々分かりづらいだろう。

 実際にあった大事件の顛末を、かなり忠実に描いたドラマである。
 脚本/監督のエド・ホイットモア、マーク・エヴァンスは、あの「ロンドン警視庁コリン・サットンの事件簿」を担当したコンビ。当ドラマの主人公である、ポール・ベセル本人も撮影に協力しており、そこからも、ドラマがかなり現実に忠実な雰囲気がわかる。
 原題<Steeltown Murders>は、この土地の雰囲気を表している。南ウェールズは、石炭とそれを利用した製鉄業で栄えた土地だ。最後に犯人の墓を掘り起こす、ポート・タルボットには現在でも(インドのタタ・スティールに買収され、現在大幅に事業整理を行っている)巨大製鉄所がある。
 邦題は、ゴロからなのから「30年目の真実」なんてつけているが、1973年から1998年なので、どう考えても「25年目の真実」である。

 また、このポート・タルボットの北にあるのがニース<Neath>という街だ。主人公のポール・ベセル(フィリップ・グレニスター/73年時点はスコット・アーサー)は、ジェラルディンとポーリンがレイプ、殺害された事件の捜査本部で、なんども2ヶ月前の「ニースの事件」も同様に捜査すべきだと提案するが却下される。紛らわしいが、フランスのニース<Nice>のことではない。

 蛇足ながら断っておくと、本作品は全然ミステリーでは無い。なぜなら、1973年に3人以上とみられる少女を殺害し、そのほかレイプ事件も起こしたとされる<The Saturday Night Strangler(土曜の夜の絞殺魔)>と呼ばれるジョセフ・カッペンによる犯罪は、歴史的事実であり、この事件がウェールズ地方で記録されている最初の連続殺人事件であることと、犯人を特定するために家族のDNAが用いられた最初のケースであることは、一般に知られていると思われるからだ。
 犯人が誰か?という点は、隠しようも無いし、さらに再捜査の時点で、犯人がすでに死亡しているという・・ドラマチックとは正反対の展開であることもどうしようもない。
 それでもなお、特にイギリスの視聴者にとっては、この恐ろしい事件を執念で解決に導いいた刑事たちの努力、DNA専門家の奮闘、被害者家族や疑いをかけられた無実の容疑者たちの感慨、被害者たちの親友で、犯行当日たまたま父親に見つかり連れ戻された少女ーーのちに地元学校の校長になったシータ(プリヤンガ・バーフォード/73年当時ナターシャ・ヴァサンダニ)の複雑な心情、さらには、犯人親族の了解を得て、内務大臣の許可まで取り付けた、犯人の墓を掘り返す捜査の大変さは、興味深いドラマであったろう。

 物語は、90年代も終わろうとしている頃、1973年当時、未解決に終わった連続暴行殺人事件の捜査チームいた警部補ポール・ベセルがパブで同僚から、あの事件の再捜査が行われるかもしれないという話を聞くところから始まる。
 長い間、この解決できない事件で忸怩(じくじ)たる思いを抱いてきたベセルは、担当である上司ジャッキー・ロバーツ警視(カレン・パウラーダ)に直談判し、再捜査チームを任されることになる。
 7人程度のチームのはずが、予算縮小で3人に減らされるが、ベセルは、かつての相棒フィル・”バッチ”・リース(ステファン・ロードリ/73年当時シオン・アルン・デイビス)を説得し、若いグラント刑事(ガレス・ジョン・ベール)ととに、今は廃棄されているかつての南ウェールズ警察署があった廃ビルに、捜査本部を立ち上げた。
 実は、かつての捜査資料は、この廃ビルの中にそのまま残されていたので、それを掘り返して再検討する必要があったからだ。
 しかし、再捜査は困難を極め、73年当初からベセルが疑い続けていた、一人目の被害者の継父でタクシー運転手のダイ(キース・アレン)もDNAが一致しない。
 プロファイリングで3000人の該当者から500人に絞りこんだ該当者のDNAを採取する予定だったが、それも終わらない段階で予算削減のため、捜査打ち切りの期限が言い渡されてしまうのだ。
 焦ったべセルは友人でDNAの専門家であるコリン・ダーク博士(リチャード・ハリントン)呼び出し、本人了承を得て採取していないDNAを鑑定する方法はないかと迫るがにべなく拒否されてしまう。しかし、べセルの窮状を理解したコリンは、これまで誰も思いつかなかった方法を絞り出して提案してくれた。対象者そのものでは無いが、すでに様々な犯罪容疑で採取してある子供や親族などのDNAとの部分マッチングを用いて、容疑者の親族を特定できるのではないかというのだ。もし成功すれば、DNA捜査において世界初の事例になる手法である。
 この手法で調べたDNAのうち、自動車泥棒の容疑で捕まった過去のある、ポール・カッペンのものが犯人のDNAの特徴に酷似ししていることが判明する。
 ポールの父、ジョセフ・カッペンは、1973年当時、犯罪に使用されたのと同じオースティンの同型車を所有していたために、聞き込みの対象にはなっていたが、その車はずっと修理に出していると証言し、妻も同調したために、捜査対象から外れていたのだ。
 警察記録に登録されていた、カッペンの自宅をべセルとフィルが尋ねるが・・・。

 ポール・ベセルを演じたのは、「ライフ・オン・マーズ」の部長刑事・ジーン・ハント役で有名な、フィリップ・グレニスター。おっさんぶりは、実にリアル!若い頃から、仕事のことしか話さない一本気なこの刑事を、ずっとサポートしてはきたが、最後に弱気になったこのオヤジに、自分もずっと不満があたことを告白して奮起させる優しい妻カレンを演じるのは、ウェールズの女優ニア・ロバーツ。実は本作の監督、マーク・エヴァンスの妻である。
べセルの相棒フィル役は、『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1』「ロンドン警視庁コリン・サットンの事件簿」「ロンドン 追う者たち、追われる者たち」にも出演しているステファン・ロードリ。ウェールズの有名俳優で、ウェールズ語の舞台などにも出演しているだけあって、ドラマの中でもウェールズ語でレイプ被害者と会話するシーンがある。
 ニースで殺されたサンドラの継父でタクシー運転手のダイを演じた、キース・アレンもウェールズ生まれの俳優で、ミュージシャン。それよりあなにより、ポップ歌手リリー・アレンのお父さんである!

 ドラマは前半で、73年当時は無視された同時期のレイプ被害者で殺されなかった生存者のジェーンの聴取をする。べセルは、現代(90年代)の捜査常識に照らし合わせて、犯人がレイプ殺人を実行する以前にも、その前段階として性犯罪を重ねていた可能性を考慮したのだ。
 当時16歳だったジェーンは、この聴取で、不思議と犯人のことで最も記憶に残っているのは「匂い」であったと証言する。「とにかくタバコ臭かった」と。
 印象に残るシークエンスだが、その後、最後まで匂いのことは出てこなかったので、「あれは何だろう」と?と思ったら、1990年に亡くなっていたことが判明するジョセフ・カッペンの死因が、肺癌であることが、あとから明かされる。

 なるほど〜・・そこで回収。(笑)

By 寅松