終わらない週末
ネットと通信が遮断されたら、簡単に社会の崩壊が起こるという現代のパニック・ムービー
2023年 アメリカ 140分 Red Om Films、Higher Ground Productions /Netflix Netflixで視聴可能
脚本:サム・エスメイル 監督:サム・エスメイル 原作:ルマーン・アラム 撮影監督:トッド・キャンベル
出演:ジュリア・ロバーツ、イーサン・ホーク、マハーシャラ・アリ、マイハラ、ケビン・ベーコン、ファラ・マッケンジー、チャーリー・エヴァンス ほか
出だしは、ごくごく見慣れた感じのスタート。ニューヨークで暮らす広告代理店の顧客管理担当であるアマンダ(ジュリア・ロバーツ)と大学のメディア論の教授である夫のクレイ(イーサン・ホーク)が、2人の子供アーチー(チャーリー・エヴァンス)とローズ(ファラ・マッケンジー)を連れて、ビーチのあるイースト・ハンプトンへ出かける。手頃な価格で借りられた一軒家で、(HPのキャッチコピー)「終わらない週末」(英語の方では”Leave the world behind”=「世の喧騒から遠く離れて」と言っている)を過ごそうというわけだ。
ところが一家が、近くのビーチで過ごしていると、娘のローズが沖合の大きな船がこちらに受かってくるのを発見する。
そのうち止まるだろうと、夫婦はたかをくくっているが、それは巨大なタンカーで、最後まで止まることなく浜辺に座礁してしまう。家族は、すんでのところで命からがら逃げ出したが、その妙な出来事以来、楽しいはずの休暇は奇妙な方向に向かい始める。
実は、予備知識なしに見始めたが、一家が屋敷に到着したあたりの凝りに凝ったカメラワークを見て、「ありゃ!?これは、あいつか?」となった。そうそう、やっぱり。ドラマ「MR. ROBOT/ミスター・ロボット」のと紹介されることが多いが、ジュリア・ロバーツさん主演/プロデュースで、Amazon Studio制作のユニークなシリーズ、「ホームカミング」のシーズン1を製作した、サム・エスメイル(監督)とトッド・キャンベル(撮影)のコンビではないか!なるほど。
ルマーン・アラムの原作がまず話題になり、オバマ元大統領がそのファンであることを表明。このドラマの制作でも、脚本にアドヴァイスしたり、制作に関わったりしたことの方が話題になったが、Netflixが版権を取得した時点で、監督のエスメイルの起用も決まっていたらしい。それは、まったく納得できる。
物語の構造自体が、意味不明の大きな危機に落とし込まれた人々の不安を描くことに大きな力を発揮するエスメイル/キャンベルの手法が実によくマッチするからだ。
「ホームカミング」では、薬物を投与され、記憶も曖昧で世界を把握できない状態になっている主人公の見た目を左右をカットした画面で表現し、その記憶を取り戻してゆく過程も超絶のカメラワークで表現したコンビが、様々な不安のなかで、行き場を失う2家族を、ここでも見事なカメラで写し撮っている。
簡単に言えば、ある種のパニック映画なのだが、視点を正反対にしたドラマだ。外敵の侵攻、地球外からの襲撃、悪の組織や怪獣、自然災害、何が起こるにしろ、通常のパニッック映画では、すべての状況はホワイトハウスに速やかに伝達され、大統領が軍に命令するか、テロ対策ユニットが暴走するのか、アヴェンジャーズが出動するのかしらんけど・・・ともかく、その活動を見せられる視聴者は、少なくとも概ねその非常事態の全貌はどこかで見えてくるものだ。
しかし、もし本当にそんな大きなパニックが発生したら、大統領でも情報機関のエージェントでもない、被害者である住民たちは何が起こっているかなんてわかるのか?結局、最後まで様々な憶測や、不安が膨らんで、どちらに逃げるのが正解なのかも誰もわからないに違いない。
しかも災難は、ゴジラの登場みたいにわかりやすくやってくるとは限らないのではないか?少しづつ、不吉なことが起こって、最後までなんだかやふやなのに、明らかに何かがおかしい。最後には人々はお互いに疑心暗鬼に陥るだろう。
この映画は、そのパニックの本質を、非常に少ない人物ながら、見事に人種や社会階層、年齢に配慮した構成の2家族で描いてみせる。
浜辺の出来事があった夜、アマンダたちが借りている一軒家に、突然タキシードを着た黒人の男G.H.スコット(マハーシャラ・アリ)と、その娘ルース(マイハラ)らしき2人が訪ねてくる。実は2人はこの家を貸し出しているオーナーで、NYでパーティーに出席していたが、街は停電や通信障害で大混乱。マンハッタンの高層マンションに戻るのは危険なので、失礼は承知だが、この家へ急遽避難してきたと言うのだ。
神経質で攻撃的なアマンダは、人種差別的な目で2人を見て信用しない。しかし、温和なクレイは、ネットもTVも繋がらない状態で、2人を追い返すわけにもいかないだろうと主張する。
クレイとアマンダは、ブロンクスに住むド白人の夫婦。大金持ちではないが、全体から見れば一握りのアッパーな都会人だろう。アマンダは広告代理店の仕事にうんざり気味でややヒステリー。夫のクレイは、学者気質で野心はないが、ヒステリー気味の妻をなだめることだけに人生を集中しているように見える。
高校生らしき息子のアーチーは、性への興味MAXの平凡少年。ちょっと変わった12歳の末娘ローズは、今は昔のドラマ「フレンズ」(90年代のシット・コム)に夢中で、ストリーミングが不通になり最終回が見られないことが世界の終わりと思えるくらいの年齢である。
一方、温厚な喋り方だが、先を見通すような鋭さのあるG.H.は、個人向けの金融投資顧問業者で黒人だがワンランク上の富裕層。ブロンクスの交響楽団を主催したりしている人物だ。女子大生の娘は、お金持ちの娘に有りがちな高慢さも持っているが、根底には人種差別意識を持つ白人を信用できないと思ってもいる。
年齢的違い、社会的立場の違い、人種の違いから、危機の中にあってもお互いが反発、あるいは、徐々に和解してゆく脚本は、絶妙だ。とはいえ(NYが舞台なので当然とはいえ)登場人物は民主党的世界(すくなくとも、トランプに投票することはないだろう人々)に住む人たちの話である。
登場する人物で、ただ一人トランプに投票しそうなのが、近所にするプレッパー(政府や行政を信用せずに、必ず世界の終末的惨事=戦争や災害が起こると信じて、様々な物資を備蓄する人々。陰謀論者にも通じる。)のダニー(ケビン・ベーコン)だけだろう。
不気味なノイズ攻撃で体調を壊したアーチーのために、薬を備蓄している可能性があるダニーのもとを、もともとつきあいのあるG.H.とクレイが訪ねるのだが、世界の終末が近づいたことで本性を発揮したダニーは2人にライフルを向ける。
NYの住民である2人が、知性が通用しないトランプ的世界と初めて直面することになる構図である。
パニックムービーだが、主な現象は通信の障害=情報遮断という形で現れてくるのも現代的だ。
TVや携帯は、「政府が緊急事態宣言」「ハッカーによる通信遮断」などの断片的情報が出た後、まったく機能しなくなる。衛星も攻撃を受けたか、通信ができないかで役に立たず、船の航行システムも、飛行機の運航システムもシャットダウン。船は座礁し、飛行機は墜落を始める。
当然カーナビがなくなると、クレイなどはいくら車を飛ばしても迷子になってしまって、街までたどり着けない。
現金も持ち歩かないので、ApplePayもクレカも使えなければ買い物もできないのだ。
自動運転機能を搭載した高級テスラは、一斉にディーラーから飛び出し、間違った指示のポイントに向かって走るためお互いに激突。これによって、道もふさがれてしまっている。
ネットやGPSを失った現代人がいかに無力であるかを再確認する物語だ。
そして、ついに彼らにも、周りの住民たちのほとんどは死亡していて、対岸のNYでは大規模な爆発が起こっていることが分かり始める。
G.H.が、武器産業の大物フィクサーである顧客から耳にした情報から、1)通信の遮断、2)情報の撹乱、3)内乱を誘発という3つのステップで海外勢力がアメリカに攻撃を仕掛けているのだろうと推測はするが・・・、結局、それが事実かどうかはわからない。
攻撃相手は、ダニーによっれば北朝鮮(あるいは中国)だが、クレイが近隣の道路で迷子になっていた時、ドローンが大量に撒いて行ったチラシは、ペルシャ語で「アメリカに死を!」書いてあるものだった。
それでも、物語の最後では実に有意義な教訓が一つ語られる。
世界の終末や戦争よりも、「フレンズ」の最終回が見られないことの方が、ずっとショックだったローズは、自転車を持ち出して近所の大邸宅に向かう。その邸宅はすでに無人だったが、ダニーが噂していた通り、核戦争に備えて大人数を収容できる完璧なシェルターが装備されてあった。
自家発電や、食料などの備蓄はもちろんだが、膨大なDVDが備えられていて、その中に「フレンズ」の最終回を見つけたローズは、ようやく満足する。
そう、心から大事に思っているドラマは、ストリーミングで見るな!DVDで所有するに限る!
(Netflixドラマなのに深い教訓だ!)
By 寅松