静かなる海
韓国で作られた、なんというかウルトラ本物の宇宙SF
2021年 韓国 カラーHD 39~51分 全8話 Artist Company/Netflix Netflixで配信
脚本:ク・ウンギョ 監督:チェ・ハンヨン
出演:ペ・ドゥナ、コン・ユ、イ・ジュン、キム・ソニョン、イ・ムセン、ホ・ソンテ、キム・シア、キル・ヘヨン ほか
二重三重の意味で目をみはるドラマである。韓国ドラマでもSF物はあるが、タイムリープや超能力ものがほとんどで、「宇宙」というテーマを扱うことはなかった。これは、韓ドラ史上初の本格宇宙ドラマであり、しかも、(広大なスケールとまでは言わないが)欧米製作宇宙物SFに勝とも劣らない完成度を有している。
そして、さらに驚かされるのは、全然エンターテイメント性がない作品であることだ。
8話のドラマには、十分深いテーマ性があり人間ドラマが描かれるが、現代の韓国大衆や日本の韓ドラファンが喜ぶような要素は微塵もない。タルコフスキーやキューブリックのような、「哲学的な問いかけ」があるとまで言うつもりはないが、少なくともこれは韓国ドラマの範疇に収まる作品ではない。ある意味、ターゲットは完全に世界なのだろう。
こんな作品を世に送り出したのは、これまで業界を牽引してきた人間ではなくて、新世代の新人監督チェ・ハンヨン。ジャンセン短編映画祭に出品されたチェ監督の同名の短編「静かなる海」が評価され、脚本には韓国芸術総合学校映像院で、チェ監督を教えた師でもあるパク・ウンギョ(『母なる証明』など)が参加した。
これだけのものを見せつけられると、Netflixによる韓国映像界への莫大な投資の意義を考えずにはおれない。大変な世の中になったものだ。
チェ・ハンヨン監督に、並外れた才能があるのはもちろんだろうが、短編映画しか撮ってない監督が、ここまで金のかかる作品を任されてしまう現実。しかも最終的にはNeflix公開なので、商業的な意味でのリスクも負わずに済むという部分も大きい。
Netflixの大船に乗った韓国映像界のすごさが伝わって来るだろう。
出演者の数はさほど多くはないが、その選び方もよく考えている。
主演は、韓国人としては異例の世界的女優ペ・ドゥナ。ポン・ジュノ作品、是枝裕和作品、さらにはウォシャウスキー姉弟らの作品で知られ、TVドラマでは、何と言っても「秘密の森」や「キングダム」で活躍する、個性派女優だ。
最初の方は、月が舞台のSFになぜこの人?・・思ったが、後半、謎の生命体と思われる闖入者が、少女の姿だとわかった時に、彼女である必然性が見えてきた。
月基地でのミッション全体の責任者として、冷徹に任務を敢行しようとする隊長を演じるのは、「コーヒープリンス1号店」、「トッケビ 〜君がくれた愛しい日々〜」のイケメン、コン・ユ。娘の命のために非情になりきろうとするが、最後に人間性を見せるハン・ユンジェには、優しいこの人の眼差しが活きている。
「この恋は初めてだから」のジホ(チョン・ソミン)の母親、「愛の不時着」の北朝鮮のおばちゃん、『8番目の男』の謎の掃除婦、『ベイビー・ブローカー』の児童施設職員。実に多くのドラマで、とぼけた不思議な役を演じている演劇出身の実力派キム・ソニョンは、医師のホン・ガヨンを。「ウォッチャー 不正捜査官たちの真実」「怪物」「サイコパスダイアリー」「イカゲーム」などで注目される、悪辣顔のホ・ソンテが、月へのミッションの秘密を知る局長の部下キム・ジェソンを演じている。
クルーの首席エンジニアでありながら、ミッションの暗黒部分を知る人物で、最後には裏切り者の正体を現すリュ・テソク。ワルっぽい顔がどこかで見覚えがあると思ったら、元アイドルグループ・MBLAQのメンバーで、KBSの地上波ドラマ「適齢期惑々ロマンス 〜お父さんが変!?〜」でまさにアイドルから転身した俳優を演じ(ついでに共演したチョン・ソミンと現実にも付き合ってしまった)イ・ジュンであった。
ドラマ全体の謎の中心でもある、謎の生命体<Luna073>を演じた、子役キム・シアも素晴らしい。2018年に映画『虐待の証明』でデビューした子役だが、(2022年現在)まだ14歳の少女である。
水が枯渇して、世界中でその奪い合いが起こる未来が舞台のSFであるために、月の風景とともに水のイメージCGも使われるが、全体としてCGの比重は、そう多くないようだ。
むしろプロダクション・デザインには力が入っていて、不時着する探査船や、月の静かの海に韓国政府によって建造され、今は放棄されたことになっている「渤海基地」の精緻な内部には感心する。グリーンバックではなく、あえて本当の窓の外に大型LEDプロジェクションを配置して撮影された基地内部からの映像が、実にリアルに見える。
もちろん、宇宙モノSF自体には歴史があり、映像業界全体で見ればVFXに関しても、多くの蓄積があるので、この映画に画期的な発明があるとは言い難い。ヘルメットの中でクルーの顔が照らされる宇宙服などはアイディアかもしれないが、特に新しいデザイン性などはない。
ストーリー的にも、ものすごく画期的な話というわけではない。
主に米国で盛んにつくられてきた宇宙モノSFではあるが、韓国でここまでクオリティの高い作品を作りえたことは、韓国映画界にとって大きな意義があることは、もちろんわかる。
一方で、世界的な視野で見れば、韓国映画としてのオリジナリティーが感じられないとか、SFだとしても、韓国人監督チェ・ハンヨンが手がけた意義が感じられないなどの批判はありうるかもしれない。
それでも、若い韓国人監督が、ほぼ初めての商業作品でこんな代物を作ってしまうなら・・・、将来はどんなすごいものを作るのか?誰しも、楽しみにせざるを得ないのではないだろうか?
By 寅松
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