デトロイト

1967年のデトロイト暴動!今も続く人種差別のほんとうの理由を目の前に引きずり出すような傑作映画!

Detroit
2017年 アメリカ カラー 143分 アンナプルナ・ピクチャーズ Amazon Prime/Netflixで視聴可能
監督:キャスリン・ビグロー 脚本:マーク・ボール
出演:ジョン・ボイエガ、ウィル・ポールター、アルジー・スミス、ジェイコブ・ラティモア、ジェイソン・ミッチェル、アンソニー・マッキー、ケイトリン・ディーヴァー、ハンナ・マリー

 とにかく題名も地味だし、日本人に縁遠いなあー、ということで実に敬遠されそうな映画であろう。しかし、キャスリン・ピグローはすごい監督だ。結構長いが全く時間を忘れるし、途中ではやめられない緊張感がある。
 デトロイトというのは、我々にとってはせいぜいモータウン・レコードが生まれた60年代以降のブラック・ミュージックの聖地という印象しかない場所だろう。自動車産業の中心地だったということは、さすがに知ってるいるが、日本車が悪いってことで、ボコボコにされたニュース映像が強烈だったので、多分多くの工場が閉鎖されて、今でも日本人は好かれてないだろうな〜くらいしか思い浮かばない。
 マイケル・ムーアの「ロジャー&ミー」を持ち出すまでもなく、都市部が財政破綻しており、現在でも治安が悪いというのは、マーク・ストロング(ゼロダーク・サーティーにも出ていた)主演「偽りの太陽 〜Low Winter Sun」(イギリスの同盟ドラマのリメイク)などをみると嫌という程わかる。
 しかし、その原点がこの1967年に起こったデトロイト暴動であったというのは日本人ならではで、全然知らないのであった。
 デトロイト暴動というのは、アメリカ全体の景気が悪くなって起こった暴動ではない。自動車産業などで潤っていたデトロイトが、南部から移動してきた大量の黒人を吸収し、白人が郊外へ移住、都市中心部がスラム化するという、その後のアメリカでよく起こる現象が先駆けとして起こり、黒人地域を人権の存在しない犯罪地域として、封じ込めを行おうとした白人主体の地元警察との軋轢が頂点に達して起こった暴動だ。
 その暴動の背景は、映画が始まるとスマートなアニメで端的に説明される。そして、暴動のきっかけとなった無許可営業の深夜酒場への警察の手入れが描かれる。酒場の周辺の住民が集まり、警察の横暴な取り締まりに抗議の声を上げるところから、その騒ぎに乗じて近くの商店を襲う黒人の若者。そこから大きな暴動に発展する工程は、実際のニュース映像を交えて虚実の境目がわからないほどスムーズに編集されていく。途中に描かれる、4歳の少女(タニア・ブランディング)が狙撃犯と間違われて射撃された事件も史実である。
 ドラマは個人的な視点に切り替わる。その夜、大きなステージに出演することになっていた、デトロイトの出身の若者5人組ドラマティックス(実在のソウル・グループ)は、暴動を受けてイベント自体が中止されてバスで帰ろうとするが、途中暴動に直面し、バスから乗客は降ろされてしまう。ほかのメンバーとはぐれたリード・ボーカル、ラリー・リード(アルジー・スミス)と、その親友で付き人だったフレッド・テンプル(ジェイコブ・ラティモア)は、近くの安ホテル、アルジェ・モーテルに部屋を取って混乱をやり過ごそうとする。(GM本部のすぐ近くにあったアルジェ・モーテルはもともと、GM御用達のお屋敷風のホテルだったが、この時期には黒人所有者に渡り、警察には売春とドラッグの巣窟として知られていた。)
 ホテルのプールで、そこに滞在していた白人のジュリーとカレンに声をかけた2人は、彼女たちの紹介でカールやフォーサイス、オーブリーたちと知り合って、なんとなく楽しくやっている。なにしろみんなほとんど子供なのだ。別の部屋を取っていた、後で登場するベトナム帰還兵のカール・グリーン(アンソニー・マッキー)だけは26歳だが、あとは22歳から17歳の本当の子供達だ。
 しかし、一番年下のカール・クーパー(ジェイソン・ミッチェル)が、いたずらのつもりで競技用のピストルを持ち出して、窓に向かって発砲したことから自体が一変する。外で狙撃を警戒していた、州兵と州警察部隊が一斉に発砲し、ホテル内に狙撃兵がいるらしいと通報する。
 通報を受けて乗り込んできたのは、デトロイト市警のクラウス以下の3人。フィリップ・クラウス(ウィル・ポールター)は、実はこれ以前にエキサイトして逃げた黒人を背後から撃ち殺していて、暴動という異常事態でなければとっくに現場を外されている差別主義者の若い警官だ。
 そうそうに、クラウスは階段から降りてきたカールを撃ち殺してしまい、ナイフを近くに置いて護送を図る。銃声を聞いて、向かいのスーパーを警備していた真面目な黒人警備メルヴィン・ディスミュークス(ジョン・ボイエガ)も事態の悪化を危惧してやってくるが、警察官のクラウスの言うことを無視するわけにはいかない。
 そして、狙撃犯がホテルにいることにしたい、若い3人の警官はホテルにいた全員を壁に立たせ、拷問と脅しを始める。このすさまじい拷問ぶりは、なんらアメリカの黒人にシンパシーを抱く立場にない我々が見ても胸が悪くなるほど衝撃的だ。
 クラウスを演じたウィル・ポールターは評論家からも絶賛されているが、実に素晴らしい。根っから悪徳警官という感じではない。間延びしたマーク・ウォールバーグのような顔のポールターは、逆に真面目な白人の若造で、数の上では圧倒的な黒人に対して力で抑え込まなければという強迫観念にさらされるうちに一線を越えてしまった警官を見事に演じていた。
 恐ろしいのは、この3人の拷問ぶりを目撃した州警察の隊員が「あいつらは狂ってます」と報告すると、上司が「ここは彼らに任せよう。人種問題に巻き込まれるとやっかいだ」とさっさと立ち去ってしまう場面だ。
 これは異常事態だと気付いていながら、黒人警備員のディスミュークスや州兵たちも止めることができない。
 衝撃的ではあるが、映画は歴史的な事実を忠実に描こうとしていて、決して黒人の側だけに立って史実を見ようとしてはいない。これは、まさに「ハート・ロッカー」「ゼロ・ダーク・サーティ」で高い評価を受けてきた、キャスリン・ビグロー監督の手法である。事実を淡々と描けば描くほど、その背景にある恐ろしいものの姿が浮き彫りになるのだ。
 この事件で最も恐ろしいことは、実は映画の中ではとてもあっさり事実として描かれている事件の後日談の方である。
 警察内での取り調べで、クラウスは嘘をつけとせまるが、気の弱いデメンズ(ジャック・レイナー)が殺人を告白してしまい、警察内では殺人が公になるのだが、その後裁判では取り調べの不備を理由に偏向した裁判官は警察での自供を証拠不採用とし、全員白人で選出された陪審員は警官を3人とも無罪とする。
 事件の凶悪さそのものより、裁判でもそのその不公正さが臆面もなく上塗りされる。これが人種差別主義の恐ろしさの本質だ。デトロイトは黒人の側からの物語ではなく、むしろ白人の側が自分たちの内なる差別を自覚させられる物語なのではないだろうか?
 過去にイラク戦争を描いた「ハート・ロッカー」でアカデミー賞を受賞したビグロー監督のこの作品が、第90回のアカデミー賞で完無視されたのは、映画の出来の素晴らしさを考えれば意外としか言いようがないが、この題材はアメリカ人にとって新鮮味がなかったという面はあるかもしれない。
 ドナルド・トランプは、製造業衰退の原因を、中国や日本との貿易と移民の問題にすりかえて、(デトロイトがあるミシガンなど)ラストベルトと言われる製造業が衰退し雇用が減少している地域の白人にアピールして当選したと言われている。そして、その発言は、まさに黒人を動物のように扱ってきた50年前の白人「人種差別主義者」そのものだ。人種差別の問題は、過去の問題でもなんでもない。特にラストベルトとトランプ支持のアメリカでは、いまも生き続ける現実問題なのだ。
 短い間だが、ジェームズ・キャメロンと結婚していたというビグロー監督なので、そのターゲットは世界なのだろう。
 黒人差別の物語など縁遠いと思っている人ほど、ぜったいに見ておくべき映画である。

by 寅松

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