海外ドラマ

ミセス・ウィルソン

おじいちゃんは、作家でMI6に在籍した本物のスパイ!そのうえ重婚詐欺野郎だった・・・・?(笑)

 

Mrs. Wilson  
2018年 イギリス カラーHD  56分 全3話 BBC One スーパー!ドラマTVで放映
監督:リチャード・ラクストン 脚本:アンナ・シモン 製作総指揮:ルース・ウィルソン ほか
出演:ルース・ウィルソン、イアン・グレン、カラム・リンチ、アヌパム・カー、フィオナ・ショウ、オットー・ファレット ほか

 世界的にヒットしたShowtimeの「アフェア 情事の行方」、BBCの人気ドラマ「刑事ジョン・ルーサー」等で有名な女優、ルース・ウィルソンが、なんと自分の実の祖父であるアレキサンダー(アレックス)・ウィルソンと祖母アリソン・ウィルソンを題材にしたドラマを製作、自ら祖母であるアリソンを演じたという話題作である。
 ルースの祖父であるアレキサンダー・ウィルソンは実は謎多き人物で、ジャーナリストのティム・クルックが著作した<The Secret Lives of a Secret Agent: the Mysterious Life and Times of Alexander Wilson>という本があるほど。
 元イギリス海軍航空隊の将校で、戦前から戦争中にかけてMI6に所属する本物のスパイとして働き、一方ではスパイ小説を量産した作家。中東アジアへの造詣が深く、ウルドゥ語やアラビア語などに通じるインテリでもあったアレキサンダー。しかし、家族や恋人に語られた経歴や出身は嘘だらけで、実は人生で4回も重婚を重ねていたヤバイおっさんなのである。
 これらの事実は、そんなに昔から知られていたわけではなく、彼の死後に徐々に明らかになってきたことであった。
 アレキサンダーの孫の一人、ルース・ウィルソンは、最後まで一緒に暮らしていた実の祖母にあたるアリソンの目を通して、その数奇な生涯をドラマとして再構築した。もちろんドラマなので脚色はあるのだが、土台は実際にあったことなので、単純なサスペンスとも、感動ドラマとも言えない。複雑なテイストのドラマに仕上がっている。結局のところ、事実は小説より奇なり・・なんですな。
 1963年、アリソンと一緒に暮らしている自宅で、書き物をしていたアレキサンダーが心臓発作を起こして死ぬところから物語は始まる。
 アレキサンダーを演じているのは、「ゲーム・オブ・スローンズ」「ダウントン・アビー」「ジャック・テイラー」などで知られるスコットランドの俳優、イアン・グレン。この人は、篠田正浩監督の「スパイ・ゾルゲ」のゾルゲをやったことでも知られるが、なんとも「怪しい」感じと、呑んだくれ探偵ジャック・テイラー調の「うらぶれた」感じの両方を併せ持っているところがいい。
 夫の突然の死で途方にくれるアリソンだったが、そんな彼女の家に一人の初老の女性が訪ねてくる。「あら、大家さんですの?」ときりだす彼女。「いえ?ウィルソンの妻です。で、あなたは?」と聞き返すアリソンに怪訝そうな彼女は答える「グラディス・ウィルソン。私が、ウィルソンの妻よ」
 そこから、アリソンの苦悩が始まる。夫は確かに結婚する前に、離婚証明書を見せてくれたはず。しかし、役所で確認してもそんな書類は存在しない。アリソンは、夫のハンドラー(命令役)をやっていたMI6の上司である女性を訪ねるが、のらりくらりと何も答えないばかりか「これ以上詮索しないで」と釘をさす。
 しかし、勝気なアリソンはそんなことで諦めなかった。事務の仕事とはいえ、英国情報部に勤め、その職場で少佐であるアレキサンダーと知り合ったアリソンなのだから、その辺は当たり前なのかもしれない。
 最初は認めたくはなかったが、結局夫は重婚をしていたらしいと悟ったアリソンは、最初の妻との間の紳士的な息子デニス(この人はのちに英国で詩人として知られる、Dennis B Wilson)に説得されて、グラディスの希望通りの墓地に埋葬する。2人の息子ゴードンとナイジェルには、グラディスを親戚の女性と偽って、埋葬にも参加するが、その墓地でアリソンは別の男に「ドロシーだね、アレックスの妻の」と声をかけられるのだ。
 夫は、最初の妻と自分の間にも、インドで一度結婚していたらしい・・・。
 いやあ、どーなってんだ!とアリソンが思ったのは当然でしょう。
 物語は、アリソンを通して語られるので、戦争中のスパイ活動の真相にたどりつくことはない。せいぜいインドで任務についていた時のインド人の友人の語る物語程度である。(実際に調査したが政府が回答を拒否したらしいので、なんらかの活動に従事していたこと自体は本当である。)
 記憶の中では、実に優しくうまいことを言う夫であったことは確かなのだが、窃盗の罪で捕まっても「これは任務の一部なんだ」と言い張ってとりつくろうし、実は投獄されても、これから国外で潜伏する任務だから当分帰れないとか言い張っていなくなったりする。スパイというのは、ロマンのない現代に生きる我々から見たら、まさに言い訳の宝庫みたいな職業である。
 戦争で政府に接収されているが、返してもらったら子供達と住もうと言っていた郊外のお屋敷も、もちろん自分のものではなかったし、スパイとしても1942年に解任されてそれ以降はMI6に監視されていたらしいことなども、だんだんわかってくるが、アリソンはそれでも子供たちのために、夫のことを納得しようと決心するのだが。
 今度は自宅の前に見慣れない幼い子供が立っている。誰かを探しているの?と尋ねるアリソンにその子供は・・!!
 事実の残酷さが最後までついて回る物語であった。
 日本でも、昔は死んだ後に知らない子供がぼろんぼろ出てきたなんて話はよくあったが、アレキサンダーの話の特殊性は、「妾」という女性蔑視の意識はなく、毎回本気で子供と家庭を作ってしまったという事だろう。
 フィクションを操る「作家」と自らを偽る「スパイ」という彼の特性と、(離婚が難しい)カトリック信者で、口のうまい色男という要素が加わって、死ぬまで4つの家族に真実が知れる事がなかったのは、まさに驚異である。
 アリソンを演じる、ルースはいつも前のめりにせかせかとあるいてゆくが、実際の祖母の雰囲気をそのまま演じているのだろうと思われる。
 後味は、なんとも複雑なドラマだが、最後には、近年になってそれぞれ連絡を取り合うようになった4つの家族が、一堂に会した集合写真が出てきて、たいへんなごめた。とにかく、アレキサンダーのおかげで、大きなファミリーになってしまったわけだ。

by 寅松

アメリカのモーニングショー(Live with Kelly & Ryan)で祖母の結婚生活の秘密をどのように知ったかのインタビューを受けるルース