グリズリーマン

「死ぬまで愛して」とグリズリーに迫った男

GRIZZLY MAN
2005年 アメリカ カラー 103分 アマゾン・プライムで配信
監督:ヴェルナー・ヘルツォーク 音楽:リチャード・トンプソン
出演:ティモシー・トレッドウェル、ヴェルナー・ヘルツォーク

 『アギーレ/神の怒り』『フィッツカラルド』など、限界を超えた男、〝狂った〟人間を好んで描き、愛した男ヴェルナー・ヘルツォークが撮った「熊(グリズリー)」のドキュメンタリーで、ニューヨークとロサンゼルスの批評家協会賞でドキュメンタリー賞をダブル受賞したということで以前からぜひ見たかったのだが、日本ではディスカバリーチャンネルで知らないうちに放映されただけだった。そんな幻の作品が、いつの間にかさらりとアマゾンで配信されていたのであわてて観てみると、これがまた想像を超えた素晴らしさ、いや、すさまじさだった。世に数多ある動物ドキュメンタリーの極北とでもいうべきか(撮影地もアラスカだ)、いやいやすごいのは熊じゃなくて人間のほうだってことかもしれない。ある種〝限界〟を超えてしまった男についての映画だ。

 1957年生まれのティモシー・トレッドウェルは、グリズリーの保護を訴えるべく「グリズリー・ピープル」なるNPOを創設し、アラスカの奥地に単独で入り込み、ひとりでグリズリーと一緒のビデオを撮ってインターネットで配信していた。小学校などで子供たちに野生動物のことを話したり、「デヴィッド・レターマン・ショー」に出演したり、なかなかのショーマンなのだが、もともと俳優志望で、テレビ番組のオーディションで最終選考まで残り、最後にウディ・ハレルソンに負けてしまった過去があるらしい。その後アル中になるが「ドラッグ中毒になってアル中をやめられた」とか言ってるぐらいで、どこかぶっ飛んでる。グリズリーに向かっても「君たちを救うから僕を救ってくれ」と頼んでるし。カメラを固定して、凶暴なグリズリーのすぐそばに立ってカメラに向かってしゃべり続けるティモシーは、すべてのグリズリーに勝手に名前を付けて親し気に話しかける。熊が川を泳いでくると裸になって川に入って出迎える。彼の理論によれば「サムライのように堂々としていれば、彼らもこちらの強さを認めて去っていく」ということらしい。
 グリズリーが鮭を獲ったり、草原で草を食んでいる風景はとても美しいが、なかにはグリズリー同士が争っているすぐそばでカメラを回したりもしている。凶暴な肉食獣同士が激突している様子をここまでの至近距離で撮影した映像は前代未聞ではないだろうか。怪獣映画の製作者は絶対参考にしたほうがいいだろう(グリズリーはなぜかウンコしながら戦ってる!)。映画監督のヘルツォークは、ティモシーが撮った映像のすばらしさを絶賛する。そしてレポーターであり撮影者でもあるティモシーの監督ぶりも称賛する。ここは危険だ、とか言いながら15回も撮りなおしているのだ。
 野生のキツネと遊んだり、グリズリーの子供に猫にするのと同じように指先を近づけるのは、彼のガールフレンドのエイミーらしいが、彼女のことはよくわからない……悲劇が起こったあとも。
 ドキュメンタリーはティモシーの撮った映像を紹介しながら徐々に真相を明らかにしていくスタイルで、観るものは次第に心臓の鼓動が早くなっていくような気がする。ヘルツォークのサスペンス演出(というか構成)は、ヒッチコック級だ。

 2003年10月、ティモシーとエイミーは、グリズリーに襲われて食べられてしまった。ティモシーのカメラは回っていたが、レンズキャップが付けられたままだったので音声だけが残った。発見者の証言によれば、2人を食べたグリズリーは射殺され、胃袋から回収された〝遺体〟はビニール袋2袋に入れられて町へ戻った。検死した監察医のおっさんが妙に演劇的でしゃべりがうまく、どこかクリストフ・ヴァルツ(『イングロリアス・バスターズ』『ジャンゴ 繋がれざる者』!)に似てるのだが、(話している内容の)怖さと(おっさんの)おかしさが入り混じってなんとも言えない気分になる。
 ティモシーの元カノで部下だった女性に遺品の腕時計が渡される。ヘルツォークは、ティモシーの最期を記録した音声を「聞かないほうがいい。破棄したほうがいい」と彼女に伝える。もちろん、映画にもその音声は流れない。ヘルツォークの判断は正しいのだと思う。もしも、監督があのヤコペッティだったら流したかもしれないが、それは「作り物」のように聞こえたのではないだろうか。たとえ、「本物」だったとしても。
 「犯人」のグリズリーは射殺され、その後別のグリズリーに食べられて1年後に現場へ行くと骨だけが残っていたという。自然の摂理というものか。しかしグリズリーにとってみれば、「エサ」を捕食して食べたら人間に殺されてしまったのだから、納得できないだろうが……。ヘルツォークも、ティモシーに撮影されたグリズリーの目には感情もなく食への執着しか見えないと語る。それでもグリズリーを友だちだと信じ続けたティモシーが残したのは、奇跡のような美しい映像だ。ティモシーのあとについていくように野生のキツネやグリズリーのカップルが歩いて行く……まるで一緒に家へ帰っていくかのように。
 音楽は、あのフェアポート・コン ヴェンションのリチャード・トンプソンで、ジム・オルークも参加、なかなか素敵なギターサウンドを奏でている。エンディングにはドン・エドワーズが歌うカントリー・ソング「コヨーテ」が流れ、なかなか心にしみる。

by 無用ノ介

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