明日はきっと
文学的フックが効いた、奥行きのある感情を描く恋愛モノ!
2025年 韓国 66~78分 全12話 글뫼、Studio IN、SLL/JTBC Amazon Primeで配信
監督:イム・ヒョンウク 脚本:ユ・ヨンア
出演:パク・ソジュン、ウォン・ジアン、イエル、イ・ジュヨン、カン・ギドゥン、チョ・ミングク、キム・ミギョン、カン・マルグム、キム・ソンギュン、コ・ボギョル、チェ・ドクムン ほか
単に「地味な恋愛ドラマだなあ〜」などと言いながら見る人も多いだろう。すごい財閥の御曹司も、時間を遡る復讐も、世界的なアイドルが突然凡人を好きになったりも、どんでん返し何もない・・・。貧富の差はそれなりにあるものの、ごくごく凡庸な男女の18年にわたるすれ違いの愛が描かれる。
しかし、韓国ドラマではド派手なラブロマンスに限って、主人公の男女は、太古の昔からもともと愛し合う運命だったり、生まれた時から幼なじみで恋人になる運命だったりで、なぜ相手を好きになったのかを、じっくり描いた脚本をあまりみたことがない。
映画『82年生まれ、キム・ジヨン』の脚本家で、ドラマでも「39歳」「離婚弁護士シン・ソンハン」など、凡百な大衆ドラマとは一線を画す名作を生み出してきた脚本家、ユ・ヨンアの脚本はさすがだと思うのは、まずは、その辺をちゃんと描いていることだ。
本人はNYの大学で美術史を学ぶソ・ジウ(ウォン・ジアン)は、友人に会うためにきた韓国の大学で、自動販売機の前で500ウォンを落とした、新入生のイ・キョンド(パク・ソジュン)に出会う。真面目そうな彼に興味を持ったのか・・たまたま演劇サークルの新入生獲得ブースの留守番を頼まれたジウは、再び通りかかったキョンドを言いくるめてその演劇サークルに入部させた。
実は、ジウが部員だと思ってサークル入ったキョンドだったが、ジウはそのサークル部員どころか、同じ大学の生徒ですらなかった。
本作は、大学生の頃(2007年ごろ)の2人、その後20代後半(2015年ごろ)で再会して短い同棲生活をする2人、現代で再会し、また別れようとする2人を描くために、脚本としてはややわかりにくい部分もある。が、役者たちのそれぞれの演じ分けはもちろんのこと、監督のイム・ヒョンウクも、それぞれの時代の空気感を丁寧に描こうと努力しているところは評価できるだろう。
大学に入ったばかりの2人と、彼らを取り巻く演劇部の先輩たちの日常は無邪気で、楽しそうな感じがよく出ている。真面目な文学少年でちょっと気の利いたことを言うキョンドと、奔放で大胆な一方で、心の奥に繊細な弱さを秘めたジウは、初めて見るタイプの相手に徐々に惹かれあって行くわけだ。
そして、その演劇サークルが演じた舞台が、サミュエル・ベケットの不条理劇の金字塔「ゴドーを待ちながら」<En attendant Godot>である。1954年に発表された「ゴドーを待ちながら」は、日本でも70年代には大いにもてはやされた。韓国の学生演劇が、このくらいの時代に上演するというのも納得できる。
「ゴドーを待ちながら」というタイトルの劇だが、実はゴドーは劇中には登場しない。出演者が、だらだらと会話しながらひたすらゴドーを待ち続けるだけの劇である。ゴトーとは、すれ違いで会うことはできないのだ。
本作の原題「경도를 기다리며」は、直訳すれば「キョンド(経度)を待ちながら」になる。この劇の第1幕の最後には、セリフが一つしかないゴドーの使い走りの少年役があり、それをドラマではキョンドが演じたことになっているのだが・・、そのセリフは「ゴドーさんは、今晩は来ません。明日はきっと……」というもの。英語題の<Surely Tomorrow>は、そこからとったものだろうと思われるが、それを翻訳したらしき「明日はきっと」という邦題からは、見事なまでに文学性が失われ、凡庸を絵に描いたような恋愛ドラマの題名になってしまった。
20年にわたりすれ違い続ける2人のドラマの骨格が、不条理劇「ゴドーを待ちながら」だとすれば、自分から何も言わずに2度も去ってしまったジウに対しての、キョンドの気持ちを代弁しているのは、朝鮮王朝期の詩人/書家・秋史の「悼亡詩」。
妻の訃報を島流しの地、済州島で知った詩人が、天に「次の人生では、妻と自分の運命を入れ替えて、自分の嘆きを妻に味あわせてほしい」と願う、切ない詩の内容。なかなかの文学少年であるキョンドは、ジウをブックコンサートに誘い、その内容を解説するくいだりがある。
大学生の頃、20代後半と2度も説明もなくジウは、キョンドの元から立ち去ってしまう。その都度、ジウの方もキョンドを傷つけないためにギリギリの決断をしていたことはのちにわかるが、30代半ばの現在、今度はキョンドが、彼女を守るために立ち去る決断をして、ジウがその気持ちを知ることになるのも、この詩を思い出させる。
構造だけでなく、2人のセリフも、彼らを見守る演劇部の仲間や、キム・ミギョン演じるキョンドの母親のセリフまでも、それぞれに文学的でひねってある。
サントラも多彩。YOASOBIの幾田りらが歌う曲も。
しかし、文学的な要素だけと言うわけにもいかず・・ジウの父親が一代で築き上げ、今は姉のソ・ジヨン(イエル)が社長を務める、韓国のアパレル企業ジャリムを巡り、ジヨンの夫カン・ミヌ(キム・ウヒョン)が暗躍する企業サスペンスの要素も物語に絡む。
今は、トンウン日報芸能部・次長になっているキョンドは、そこそこ頼りになる大人に成長していて、ジウの窮地にも対処して行くところが、なかなかいい。「キム秘書はいったい、なぜ?」以来のラブコメ出演!と報じられた、パク・ソジュンだが、ラブコメの典型的イケメンではなく、等身大の新聞記者を演じている。
「39歳」「離婚弁護士シン・ソンハン」と、ユ・ヨンア作品には必ず顔を出している常連カン・マルグムが、本作ではとことんキョンドを可愛がっている芸能部の部長チン・ハンギョンとして登場していた。
後半では、会社の経営に参画することにしたジウが、有名デザイナーを獲得するために、キョンドを伴ってスペインへ出張する。
コスタ・デル・ソルのマラガが舞台で、ピカソの生まれたマラガの旧市街が、意外なほどたっぷり出てきて楽しめる。物語的に意味はあまりないと思うが。
最終回には、2人ともこのマラガにいながら、すれ違って出会えないという、視聴者を打ちのめすシークエエンスも描かれるので、乞うご期待。(笑)
デビュー作の「D.P.」で認知されたウォン・ジアンは、初めてのヒロインを演じた「ハートビート」では、イケメンの吸血鬼をてんてこ舞いさせる、単に乱暴な貧乏女子であったが、「イカゲーム2」では、そのキャラがヤンキー的に発展して視聴者に強い印象を残した。
今回の役はお嬢さんだが、やや粗暴で物怖じしない性格は、本質的なキャラを引き継いでいて、演出の巧妙さが垣間見える。
37歳のベテラン・パク・ソジュンと、まだ26歳と若いウォン・ジアンが、同じ年のカップルを演じることには、若干疑問を感じるだろうが、ドラマが20歳前後、20代後半、35歳からあとの3つのステージでなり立つことで、消化できている部分も多い。
新入生のキョンドは、「老け顔」だが「イケメン」というジウの感想セリフで切り抜け、28歳くらいのキョンドは、ジウを失ってアル中状態なので、年齢は誤魔化されている。35歳で離婚経験のあるジウ役を演じる26歳のパク・ソジュンは、やや可愛すぎるだろうが、もともと地味でナチュラル顔なので、美魔女になりましたってことで通しているわけだ。
典型的なラブコメを期待する視聴者には不向きなドラマだが・・、人間ドラマであり、運命に関するドラマでもあり、離れられない恋人たちを丁寧に描いた恋愛ドラマと言える。過剰すぎて失敗している、近年の韓国ドラマの中では、光るものがある。
By 寅松
