ガス人間
抜群に面白い!制作会社は東宝だが事実上日本が舞台の韓国ドラマ!
2026年 日本/韓国 41~68分 全8話 Wow Point、東宝Studio/Netflix Netflixで配信
監督:片山慎三 脚本:ヨン・サンホ、リュ・ヨンジェ 原作『ガス人間第一号』(監督:本多猪四郎/脚本:木村武)
出演:小栗旬、蒼井優、広瀬すず、林遣都、UTA、竹野内豊、中島歩、酒向芳、髙嶋政宏、青木崇高、芋生悠、ピエール瀧、原日出子、古舘寛治、賀来賢人、森川葵、夏川結衣、岡部たかし ほか
もともとはゴジラで知られる、本多猪四郎監督の1960年の映画『ガス人間第一号』を下敷きにしており、さらに日本の映画会社、東宝スタジオとNetflixが提携して制作したドラマとなってはいるが・・ドラマの主導権を握っているのはプロデューサーでもあり、脚本家であるヨン・サンホのWow Pointである。
主な出演者は(残念ながら先日亡くなった)モーリー・ロバートソンを除けば、すべて日本人だし、監督も(『岬の兄妹』、『さがす』の)片山慎三があたってはいるが、片山の起用も彼がデビュー以前に、日本人としてはただ一人、韓国の巨匠ポン・ジュノの助監督を務めていたことが(ヨン・サンホとの意思疎通面で)大きかったに違いない。
テイストは、完全にヨン・サンホ作品のそれであり、ほぼ韓国ドラマと思って間違いない。
ただし、韓国映画/ドラマ界全体から見た場合のヨン・サンホの立ち位置は、日本アニメなどから大きな影響を受けたクリエイター(日本の漫画/アニメ/実写映画である「寄生獣 」のスピンアウトとも呼べる「寄生獣 ーザ・グレイー」も監督した)でもあり、その意味でルーツ回帰を果たした作品という事もできるだろう。
企画自体は、東宝側からヨン・サンホ側にオファーしたものらしい。60年代前後に作られた東宝の「変身人間シリーズ」(ほかに『美女と液体人間』『電送人間』がある)のリメイクを持ちかけたというが・・・、そのこと自体が、かつての四大映画会社(東宝/東映/日活/松竹 もしくは大映を加えたかつての5大映画が会社)時代遅れの体質を覚えている世代からすれば、驚異である。馮年や呉良次など世界スケールで考えられる若い製作者が、東宝のスタッフとして協力していることが、型破りの企画を生み出した原因に違いない。そういう時代なのか!
ストーリーの方は、もともとの『ガス人間第一号』とはかなり別物である。人体実験からガス人間となった男、水野が、思いを寄せる日本舞踊の家元・(八千草薫演じる)藤千代のために犯罪を繰り返すオリジナル版に対して、新版「ガス人間」では、ガス人間は自分では意思も持たない現象として描かれ、その犯罪も、自分たちを苦しめた組織と責任者たちへの復讐となっている。
オリジナル版には、謎めいた日本舞踊の師範で絶世の美女(八千草)と、三橋達也演じる主人公の岡本刑事と旧知の仲である記者の甲野京子(佐多契子)という2人のヒロインが登場するが、新版では、これが一つに統合されているイメージで、刑事である岡本(小栗旬)と肉体関係のあった記者として登場する甲野京子(蒼井優)が、話が進むにつれ、オリジナル版での藤千代のようにガス人間と接点があり、復讐劇全体のキーパーソンであることがわかって来る。
演出は、メリハリが効いていて、蒼井優や小栗旬の使い方も非常に適切だ。(余談だが、TBS新作ドラマ「Tシャツが乾くまで」を見れば、役者の使い方を間違える・・というのがどういうことかよく分かるはずだ。)
モデルであるUTAのガス人間への起用や、竹野内豊のヤクザ役の迫力が話題をさらってはいるが、ちょい役まで相当な役者を投入している。
カメラ/映像も素晴らしく、ほとんどのセットが(莫大に金がかかるにもかかわらず)カメラの上下移動ができるタッパの高い作りになっている。さすがNetflix予算と言わざるを得ない。
その美貌を、痣のメイクで封印した広瀬すずの、初めてと言っていいほど突き抜けた演技。阪元裕吾の「ある用務員」や白石和彌監督の「極悪女王」などで注目された芋生悠が、超短髪で演じる岡本刑事の片腕・阿部美智子巡査部長。また、ドラマ内の遊び要素として登場する地下アイドルグループ「ドリームサキュバス」の元メンバーで、賀来賢人演じるホストの謙太に依存するミミを演じた森川葵も、やさぐれた感じがうまい。
ヨン・サンホの脚本は、さすがの出来で全体としてはすばらしいが、言いたいことが2つだけあるのだ!
まず、共同脚本家のリュ・ヨンジェが、サザンのファンらしいのはわかったが、大事なところでなんどもかかる思い出の曲が「いとしのエリー」というのだけは、いただけない。
ダサすぎである!
名曲は名曲なのだろうが・・・とにかく、雰囲気をぶち壊す!もうちょっとひねった曲があるだろうや!
つぎに、ガズ人間出現の背景となるホワイトセンターの設定である。この設定のもとになっているイメージは、韓国で80年代に実際にあった「兄弟福祉院事件」という事件なのはあきらかだ。兄弟福祉院は、釜山市にあった強制収容施設で、1975年から1987年にかけて浮浪者、障害者、孤児ら約3,000人以上を、ほぼデタラメに収容し(収容者数で補助金がもらえるために、普通に生活しているこどもたちを警察と共謀して拉致したりもした)、強制労働や暴行により513人の死者を出した、恐怖のキリスト教系福祉団体である。(Netflixで「私は生き延びた」という、この事件の生存者が語るドキュメンタリーも見ることができる)
「東洋のアウシュビッツ」と称されるほど、悪質な事件だが、80年代末まで続く全斗煥政権下で、1986年の第10回アジア競技大会や1988年のソウルオリンピックに向けて浮浪者などを外国人の目から隠蔽するための「浄化作戦」の一環として実施されたのである。
ドラマの中のホワイトセンターも、浮浪者や孤児などを収容していた施設で、90年代に開催された「こども博」を成功させるために、どうしても会場近くに落下した危険な隕石の処理をする必要が生じたために、収容者が「人間燃料」として、ほぼ素手による爆破特攻作戦に駆り出されたとされているものだ。
ま、隕石の落下は、時代関係なく設定できる要素ではあるだろうが、ホワイトセンターのような怪しげな組織が活動していた時代が、日本の90年代ではあまりにおかしな状況である。(日本の90年代にも「オウム真理教事件」のような驚愕の事件は起こるが、これは貧しさのために起こった事件ではなく、逆に経済的には不自由がないにもかかわらず心の行き場を失った若者たちが起こす事件である。)
90年代日本は、バブルの後で、言えば現代よりさらに社会全体が「豊か」であった。韓国の80年代とは、全く比べ物にならないのである。
韓国のヨン・サンホにその感覚はわからないだろうが、韓国の80年代は軍政政権下で、日本で比べるなら戦後すぐから60年代くらいまでの生活状況である。
(日本がバブルだった80年代ま末に民主化を迎えた韓国は、その後の30年でアメリカ並みの格差を容認するハイパー資本主義にまで急速な変革を遂げた社会で、30年も前といえば、まるで太古の話をしている感覚だろう。)
80年代の韓国オリンピックを成功させるために、兄弟福祉院のようなデタラメが横行した状況を日本ドラマに移し替えるつもりなら、東京オリンピックの頃にあった養護施設ホワイトセンターくらいでないとリアリティが追いつかない。
ホワイトセンターが60年代のもので、蒼井優が70歳くらいのばあさんを演じていれば、バッチリだったはずだが。
国際博覧会で利益をうる政治家が、不都合を隠蔽する構造は、大阪万博でも露呈したばかりで日本でも大いにあるが、隕石の処理方法が、地下で爆発を起こすという稚拙かつ乱暴な方法というのは、これも日本の90年代ではありそうにない方法だ。
もちろん、戦後すぐから60年代くらいまでならありうるだろうが、民間産廃業者でもない政府関係者が、あとで大惨事になるかもしれない方法を選ぶとは、日本では考えにくい。
フィクションなので、目くじらをたてるほどのことではないと思うかもしれないが、細部まで説明がつく破綻のない脚本であるがために、ちょっとこの辺が惜しい。
ヨン・サンホは、一方でオリジナルの「ガス人間一号」の雰囲気も残したかったのか?ガス人間と甲野京子の思い出のラーメン屋は、激しく昔の雰囲気で、60年代っぽさ満載である。それが90年代に存在したことにになければならないので、京成立石という取り残されたロケーションを探し出すなど、日本側製作陣の苦労の後が見られる。
何れにしても、細かいことを気にしなければドラマ自体は素晴らしい出来である!
見る価値は、十分だ。
By 寅松
