誰だって無価値な自分と闘っている
誰だって無価値な自分と闘っている
価値とはなにか?無価値とはなにか?考えさせられる!
2026年 韓国 62~82分 全12話 글뫼、Studio Phoneix、Studio Flow、SLL/JTBC Netflixで配信
監督:チャ・ヨンフン 脚本:パク・ヘヨン
出演:ク・ギョファン、コ・ユンジョン、オ・ジョンセ、カン・マルグム、パク・ヘジュン、ペ・ジョンオク、ハン・ソナ、チェ・ウォニョン、シム・ヒソプ、チョン・ベス ほか
チャ・ヨンフン監督自身が、どうも「気象」好きなのではないか?という疑いがある。ここのところは、カメラマンの主人公が、済州島の気象予報官になった幼馴染に再会する「サムダルリへようこそ」、気象庁を舞台にしたラブコメ「気象庁の人々 社内恋愛は予測不能?!」とモロに気象続き。
そして、このドラマの主人公で20年間も監督デビューできない、ファン・ドンンマン(ク・ギョファン)が、ずっと温め続けている脚本が「天気をお作りします」という、AIに支配された未来で、もう一度自然天候を取り戻そうとする男の話である。
一方、ストーリーは当然のように脚本家のパク・ヘヨンのカラーが全面的に出ている。
シットコムの脚本家からスタートし、「マイ・ディア・ミスター〜私のおじさん〜」「私の解放日誌」というヘビー級のヒューマンドラマで知られるようになった彼女だが、都会の真ん中の物語より、忘れ去られた片隅や、繁栄から取り残された郊外の集落で、無力さを抱える人々を描くのことで知られている。
本作の主人公ドンマンと、ピョン・ウナ(コ・ユンジョン)が住むのも、だいぶ下町の貧しい地域らしく、「マイ・ディア・ミスター」でも登場したしたような踏切が、2人の帰り道を遮っていて、様々な会話のきっかけに待ってゆく。
「マイ・ディア・ミスター」のイ・ジアン(IU)と三兄弟が住む街は、再開発前の京成立石のような街だと思ったが、このドラマの2人が住む街は、映画関係の飲み屋がある街からもそう遠くはないので、中野区とか足立区と北区あたりの感じだろうか?
「マイ・ディア・ミスター」のパク・ギフン(ソン・セビョク)も、失敗した映画監督だったが、今回は、話全体が映画業界の話である。しかし、これは未熟な脚本家が、よく知る手近な世界を題材にしたというのとは、まったく違うように見える。
20年間デビューできない監督や、(パク・ギフンのように)デビュー作で失敗する監督、(パク・ギョンセのように)デビュー作から評価が下降の一途と言われる監督、元は同じ仲間だったものが、今は制作会社を成功させ、金の話しかしなくなった(チェ・ドンヒョンのような)社長。おそらくは、すべてのキャラクターに現実のモデルがいるのだろう。
キャラクターのリアリティを、何より大事にする脚本家ならではの、現実の痛みがにじみ出る設定とキャラクターである。
世界のどこよりも急速にアメリカ型の拝金資本主義を受け入れて変貌を続ける韓国社会においては、もはや金儲けではなく、20年も一つのことに集中して夢を追い続けるような主人公を存立させる分野が、「映像業界」しかないという事情もあるのだろうか。
一番の大物監督パク・ヨンス(チョン・ペス)が率いる、8人会も決して空想の産物ではない。例えば「ノランムン:韓国シネフィル・ダイアリー」(2023)などを見れば、それがよくわかる。「黄色い扉」(ノムンラン)というのは、ポン・ジュノ監督が参加していた90年代の映画サークルの名前で、そのグループと、所属した映像関係者らのドキュメンタリーだ。韓国の映画の歴史には、いくつもの8人会が存在したに違いない。
ストーリーの核になる人物は、映像系の大学出身で8人会のメンバーではあるものの20年間監督デビューできない・・・コンプレックスの塊で、自分の不安を紛らわせるために喋り捲る迷惑男ファン・ドンンマン。幼い頃に父と離婚した母親に捨てられたことから、心に深い痛みを抱え、心理的なプレッシャーを受けると静かに鼻血を出す制作会社のP.D.でもあるピョン・ウナ。(P.D.は、プロデューサー・ディレクターで、プロデューサ兼務の演出家である場合もあるが、このドラマで描かれるチェ・フィルムのP.D.に関しては、ディレクターというより日本でいうA.P.アシスタント・プロデューサーもしくはプロデューサーの役割だろう。チェ・フィルムで言えば、すべての作品のE.P.エグゼクティブ・プロディーサーが社長のチェ・ウォニョン(チェ・ドンヒョン)で、他の社員はすべて現場のPという扱いである。)
ドラマが進むと、ドンマンが自分の唯一の肉親で、生きる活力を失って酒に溺れている溶接工の兄ファン・ジンマン(パク・ヘジュン)に抱いている、切ない思いも露わになる。ジンマンは、ほおっておく首吊り自殺をしかねない。幼い娘を、離婚した妻が勝手に海外に養子に出したために、ジンマンには娘の生死もしらされないのだ。
さらに、話が進むとジンマンは、ただの溶接工ではなく、もともと将来を嘱望された気鋭の詩人で、何冊も刊行し、今も業界では多くのファンがいる人物だとわかってくる。
一方のピョン・ウナは、2つの秘密を抱えている。以前は、監督志望のマ・ジェヨン(キム・ジョンフン)と付き合っていたのだが、暴力を振るうジェヨンに耐えられず別れていた。
大学時代にはドンマンが、後輩として指導してても、話にならない能力であったジェヨンだが、そのセリフをウナが大幅に書き直して、映画製作助成金プログラムで入賞。監督デビューが決まったが、ピョン・ウナの名前を出したくないマ・ジェヨンは、共同執筆者名をペンネームにするようにウナに迫っていた。
もう一つの大きな秘密は、現在の韓国映画界のトップ女優であるオ・ジョンヒ(ペ・ジョンオク)が、彼女を捨てた実の母親であることだ。オ・ジョンヒは、再婚相手の連れ子であるチャン・ミラン(ハン・ソナ)と一緒に暮らし、素行の悪いこの娘を自分の事務所で、女優としてスターに仕立てた。
一方、ウナは、オ・ジョンヒがつけた名前を捨て、父の再婚者の母親(義母)でキンパを売って暮らしているカ・スジャ(ヨン・ウンギョン)を支えながら、下町でひっそり暮らしている。高卒で採用されたチェ・フイルムでも、やっかみで自分に対する風当たりは強いが、その秘密は自分の胸にしまって、決して話さない決意だった。
しかし、ウナがドンマンの相手にされなかった脚本の魅力に気づき、2人が接近すると、様々な人々の運命が絡み合いはじめ、2人の秘密も次第にあらわになってゆく。
8人会の描き方も面白い。「マイ・ディア・ミスター」でもオ・ナラが演じるチョン・ジョンヒの居酒屋が、下町の人々の集まる憩いの場であったように、8人会の一人で、夫パク・ギョンセ(オ・ジョンセ)をデビューさせるために制作会社コパクフィルムをを立ち上げた コ・ヘジン(カン・マルグム)は、会社の1階で「アジト」というパブレストランを経営していて、そこが8人会だけなく、映画業界の溜まり場となっている設定だ。
日本でも70年代くらいまでは、映画関係者の溜まり場は新宿などによくあった。我々から見ると、ノスタルジックな雰囲気がよく出ている。
役者を見ると、ファン・ドンンマンを演じたク・ギョファンは、「D.P.」「ウ・ヨンウ」「寄生獣〜ザ・グレイ〜」と素晴らしい実力を示してきたのでめでたい限りだが、コ・ユンジョンの方は、ある意味難しい抜擢に思える。なにせ、彼女は美人すぎる。映画会社のP.D.役に、女優よりはるかに美人を持ってくるのは冒険だ。
ただし、全体を通して見て感心したのは、脚本家のパク・ヘヨンも、演出家のチャ・ヨンフンも、コ・ユンジョンをよくわかって使っている点だ。
誤解を恐れずに言うと、コ・ユンジョンは、とてつもない美女だが、まったくどん臭くて、可愛げというものが一切ない。むりやり韓ドラらしいラブコメを演じさせても、とんでもない結果にしかならない。
「美男ですね」「ホテルデルーナ」「還魂」の大物脚本家、ホン姉妹が手がけた「恋の通訳、できますか?」を見れば、「使い方を間違える」というのがどう言うことか、一目瞭然だろう。コ・ユンジョンは、パク・ミニョンでも、イム・ユナでも、チョン・ソミンでもないのだ・・。
それに比べて、パク・ヘヨンの脚本は、本来のコ・ユンジョンに寄り添ったキャラクター設定で、美人すぎても、そこが気にならない。
8人会の一人として、「39歳」「離婚弁護士シン・ソンハン」「明日はきっと」などユ・ヨンア作品では必ず印象的なサブキャラとして登場する女優、カン・マルグムが出てきたので、どんな役だろうと思ったら、やはり後半に向けて重要な役どころであった。オ・ジョンセとの夫婦のやり取りも笑える。
ドンマンの兄、ジンマンを演じたパク・ヘジュンは、「マイ・ディア・ミスター」では、主人公ドンフンの親友であったが、早くに僧侶になってしまったギョムドクを演じていた。オ・ジョンヒとその娘チャン・ミランのマネージャーであるパク・サンジンを、「マイ・ディア・ミスター」でドンフンらの地元の仲間を演じていたパク・スヨンが演じている。
本作も、パク・ヘヨンが手がけたのものとしては、先の2作品と並ぶ名作と言って良いだろう。
ほんの少し惜しいのは、最終回を見る限り、ドンマンが撮影途中にスランプに陥るエピソードなどが中途半端に描かれているところを見ると、本来は12本ではなく、もう数本分の脚本が用意されていた可能性があること。ドンマンの映画が成功したらしきことや、娘の消息が分かった兄のジンマンが、また詩を書き始めたらしきところはいいのだが、結局、マ・ジェヨンの大作映画「ノック、ノック、ノック」がどうなったのか?なども積み残したままの終わりである。
まあ、あんまり描きすぎるのも野暮になるので、難しいところではある。
ただ、「天気をお作りします」っていうタイトルだから、もう少し文芸映画みたいなものかと思ったら、内容は完全にSFアクション作でした!コ・ヘジンと映画助成金協会の人は、2人でドンマンの脚本について「回収が難しい」と意見が一致してたけど・・、このド・派手映画のどこに心配する要素が??
By 寅松

