悪い夏
人が堕落してゆく姿が丁寧に描かれていて興味深い!
2025年 日本 114分 C&Iエンタテインメント/クロックワークス Amazon Primeで視聴可能
監督:城定秀夫 脚本:向井康介 原作:染井為人(『悪い夏』角川文庫/KADOKAWA刊)
出演:北村匠海、河合優実、窪田正孝、伊藤万理華、毎熊克哉、箭内夢菜、竹原ピストル、木南晴夏 ほか
城定秀夫監督の2025年度作が早くもAmazon Primeで見られるようになった。第37回横溝正史ミステリ大賞優秀賞した染井為人の同名ミステリーが原作の、地方都市の生活保護受給不正を巡るリアルなピカレスク劇である。
城定秀夫は、『アルプススタンドのはしの方』(2020)で注目されはじめ、その後も『愛なのに』や『女子高生に殺されたい』(ともに2022)、『放課後アングラーライフ』、『セフレの品格(プライド)』(ともに2023)など精力的に監督作品を送り出してきた監督。「女子高生」と「エロい」のが得意な人かと思ったら、別にそれだけではないようではないようだ。
ピンク映画の助監督から初めて、メジャーな作品に関わる以前から膨大に仕事をこなしてきた人だけあって、テクニックがあるように思う。
演出力がすごい・・とかいうより、役者の振り分け/配役が実に巧妙である。役者は、もちろん「すごい演技力」があって、なんでもこなせる人もいるにはいるが、無理な芝居はやはり見るものに違和感を抱かせる。ましてや、使い方を間違えると、しょうもない役者というのも世の中にはたくさんいる。
この人の配役を見ると、各役者をよく知っているし(多分個人的にも知っている気がする)その本質をよく見抜いているに違いない。
この映画では、主演が北村匠海で地方都市の生活援護課に勤務する佐々木守を演じる。人気俳優だが、彼のやる気の失せた「悪顔」のリアリティをよく見抜いての起用だろう。
対して、結果的にこの佐々木を嵌めることになる、子持ちのシングルマザー愛美を演じるのが、河合優実。この子の、生気のうえせたケバい化粧顔もなかなかに素晴らしい。
城定秀夫監督はすでに『愛なのに』(ちょい役だが『女子高生に殺されたい』の方でも)で河合を起用している。『愛なのに』では、瀬戸康史演じる古書店の店主に、藪から棒に「結婚してください」と告白してくる、迷惑なうえに人格の全くわからない女子高生を演じていた河合だが、本作ではいかにもどこかにいそうな、子連れの22歳をリアルに演じた。
もちろん、『あんのこと』(入江悠監督 2024)は、実際の事件を元に社会の底辺を鋭く描写した映画であり、主演した河合の演技もそれなりに素晴らしかったが・・・、それと重なる部分はあれども、知的ボーダーであるためにその無垢さが強調された「あん」よりも、地の性格の悪さみたいなものもひっくるめて演じている「愛美」の方が、河合の「地」の魅力を引き出しているように見える。
そのほか、生活保護受給者の愛美が、バイトしていたことで脅し、セックスを強要するクズ職員高野を演じた毎熊克哉。実は高野と過去に不倫して、今でも執着している同僚、宮本を演じた伊藤万理華。ケチな不正受給者で、あとから不正受給ビジネスを展開するやくざ者、金本の手下であることがわかる山田役の竹原ピストル。愛美の友人で、金本の手駒の一人、梨華を演じた箭内夢菜らも、それぞれの配置がよく考えられている。
もちろん、最後に全員を殺すことまで厭わない、クズの中のクズでキレやすい金本を演じた窪田正孝は、演技力が頭抜けているので当然の配役だ。
しかし、あまりにはまっていて、一番驚いたのは、子連れで、生活苦から万引きをして仕事を失うシングルマザー古川を演じた木南晴夏である。
はじめて注目された『20世紀少年』(2009) 時点で、すでに演技力は頭抜けていたが、玉木宏と結婚して、その後はなんだかとぼけた「パン好き女優」のレッテルを貼られてしまった。久々にいい仕事をしたように思う。
本作について城定秀夫監督は(インタビューで)「世に物申せるほどの人間ではないので。自分はもっとバカバカしくて笑える人間模様みたいなものを描くほうが得意」だと思っており、「最初、原作のあらすじだけを見て構えた」という。生活保護受給の不正受給は、ある意味、現在進行形の社会問題であり、その内実を掘り下げた原作は、重い社会派映画になる可能性があるという意味だろう。
この映画のすぐれたところは、その犯罪が起こりうる社会構造から目を背けることなく描きながらも、公式的な解釈だけでなく、ここの当事者の主張やキャラクターを丹念に描いているところだ。
原作自体が優れている部分もあるだろうが、各自のセリフとしてそれをうまく溶かし込んだのは、脚本を担当した向井康介(リンダリンダリンダ(2005年)、ある男(2022年)、マイ・ブロークン・マリコ(2022年))の功績だ。
佐々木(北村匠海)が、ギリギリに追い詰められて受給窓口にやってきた古川(木南晴夏)を罵倒する論理。
佐々木を諭すように滔々と自分の犯罪の正当性を語る、金本(窪田正孝)。
金本に「こいつら全員殺して埋める」と言われて、「ほんと、俺、そーゆーのは無理っすから!」マジで慌て始める山田(竹原ピストル)の小物ぶり。
受給者を脅してセックスを迫るようなクズにもかかわらず、役所を追い出され、離婚された後も「俺は子供達と暮らしたいんだ」と勝手なことを言う高野(毎熊克哉)など、細かいところまでそれぞれのキャラはきっちり描かれている。
他のストーリーとは関係なく描かれてきた、困窮者古川が、佐々木に窓口で追い返されて、その後自殺でもして、それが崩壊の引き金になるのだろう・・というのは、かなり前の方から予測できてしまうが、それで落胆するほど安易ではない。
佐々木の崩壊した心を、暴風雨と荒涼とした地方の風景で描いた城定秀夫は、確かにテクニシャンだ。
ちなみに、栃木とか群馬あたりの北関東かと思っていた風景は、埼玉の飯能市らしい。荒涼とした光景と、アパートやショッピングセンターなどの生活感が程よく共存した風景を提供していた。
ぶち壊れた佐々木が、暴風雨の中自宅に帰りついて、これもまたあるていど予測のつく暴力が炸裂するが・・・、ともかくずぶ濡れで演技者は頑張ったと言えるだろう。
常識的には、この殺し合いの後はバッドエンドになるわけだが、プロデュースサイドから要望があったためか、最後の描き方は余韻を残している。
宮本は、まだ役所にいて、獄中の高野に手紙を書いているので、高野が収監されていることはわかる。足を悪くした佐々木は、役所のような場所で清掃をしている。おそらく、役所は解雇にったが、お情けで雇われた感じだろう。
その佐々木が、アパートに帰ると窓には子供用の傘が干してあるので、愛美の娘は佐々木が引き取ったことはわかる。アパートの中は描かれず、中に愛美がいるのかはわからない。
佐々木を助けるために、金本の頭を石で殴ったのは愛美であった。金本が死んでいれば、収監は免れないはずだが、死んでいなければ正当防衛で罪に問われなかったか・・。その辺は、あえて曖昧にしたエンディングということのようだ。
By 寅松
