海外ドラマ

バンク・アンダーシージ

出だしはいいのだが、この結末は!?実話だから仕方ないが、尻すぼみすぎ!

Asalto al Banco Central/Bank Under Siege
2024年 スペイン カラー 40分  全5話 Brutal Media/Netflix Netflixで視聴可能
脚本:パトクシ・アメズカ 監督:ダニエル・カルパルソロ 出演:ミゲル・エラン、ホヴィク・ケウチケリアン、マリア・ペドラザ、イサック・フェリス、パトリシア・ビコ、ロベルト・エンリケス、ティト・ バルベルデ ほか

 スペインの歴史がわからないと、ちょっと意味のよくわからないドラマではあるが、ま、わかったとしても、あんまりスッキリしないドラマ。
 スペインという国は、「歴史も長いし、ヨーロッパなんだから、先進国なんだろう〜」くらいが、一般的な日本人の認識だと思うが、第二次世界対戦中後もフランコ総統というファシストによる軍事独裁政権が70年代まで続いた異例の国だ。

 スペインが民主化に動き出したのは、1975年にフランコが死んでからのこと。フランコは、共産主義や各民族主義を弾圧する一方、王政復古を望んで後継者に、亡命していたブルボン王朝のファン=カルロス1世を指名していた。ところが、このファン=カルロスが、意外な行動に出た。
 フランコの庇護の元で軍隊に入った経験もあり、そのまま国王を筆頭とした「権威主義体制」を摂ると思われていたのだが、即位後に他のヨーロッパ各国の立憲君主制をみならって、国を民主化に導いたのだ。1978年には、新憲法が承認された。「スペインの奇跡」と呼ばれた急速な民主化が進んだのだ。

 これに対して、軍部では不満が多く、1978年には治安警備隊(グアルディア・シビル)のアントニオ・テヘロ中佐とサエンス・デ・イネストリージャス中尉らがクーデターを計画したがそれは不発に。しかし、このテヘロ中佐を中心に自動小銃で武装した200人の治安警備隊が、下院議会を占拠するクーデターが1981年2月23日に発生したのだ。これを「23-F」と呼ぶらしい。
 このとおき、クーデター側はファン・カルロス1世に電話をして、支持を得ようとしていたが、国王がこれを拒絶して、スペイン全土の師団長にクーデターに参加しないように命令を出し、さらに自ら軍服を着込んで反乱軍の説得にあたり、劇的なクーデターは失敗に終わった。
 (この後、当然のようにカルロス1世の国民からの支持が爆上がりするのだが、そのためクーデター自体を陰謀だとする説もある。)

 その歴史的な分岐点のクーデター失敗から数ヶ月後に、このドラマの元になっている銀行強盗が起こる。バルセロナのカタルーニャ広場にあるバンコ・セントラル(中央銀行)に、11人の目出し帽をかぶり、銃で武装したたちが入り、店内の全員を人質にとったのだ。
 彼らは声明文を発表し、その内容は3ヶ月前に起きた23-Fの首謀者4人を釈放し、アルゼンチンに亡命させるために、飛行機を用意すること。それとは別に、自分たちを逃しために別の飛行機を用意することの2点だった。

 まあ、強盗事件自体は史実なのだが、そのほかの点ではかなり創作が入っている。テンポ早く、興味を引く部分もあるのだが、正直誰に感情移入して見たらいいのかもよくわからない。後半になると、脚本の根本的問題点があぶり出されてしまう。
 なので、後半はかなり残念な結果になる。

 ドラマの中心人物で、事件が起きる前にバルセロナ日報社にやってくる超美人さんの記者マイデレ(マリア・ペドラザ)や、彼女を父親のように面倒見る飲んだくれのカメラマン、ベルニ(ホヴィク・ケウチケリアン)、見事な洞察で犯人のほとんどを逮捕した、パコと呼ばれるフランシスコ・ロペス警視(イサック・フェリス)らは、架空の人物。
 もう一人の主演、1番と呼ばれた主犯のホセ・フアン・マルティネス・ゴメス(ミゲル・エラン)は当然実在の人物だが、彼の人生にはだいぶ推測が追加されている。

 この脚本は、前半では銀行が襲われて、クーデターとの関与を示す要求がされてから、右往左往する政権や、軍(治安警備隊)の対応が描かれていて、この部分は歴史ドラマとして面白い。
 ところが、途中から回想の形で、主犯ホセ・フアンの人生が描かれる。もともと、ケチな強盗だったが、矯正施設で軍事教練を受け、フランコ政権下の諜報組織の下働きとして強盗を働いたり、フランスでアナーキストに影響されたりした挙句、実はこの強盗計画を、秘密情報機関CESIDの長官アロンソ・マングラーノ中佐(ロベルト・アラモ)から持ちかけられる。(この部分は、史実としては証拠がない)
 それでも、この男と事件の顛末を描くだけなら、なんとか統一は取れたかもしれない。

 この脚本はに、これらの概ねの史実とは無関係な創作部分がある。それがマイデレやベルニや、2人に協力する警視パコの物語だ。
 マイデレは、バスクで新聞記者をしていた父親をテロで失って、強い信念を持って新聞記者を目指している。バルセロナ日報社の編集長イザベル(パトリシア・ビコ)も、彼女の父を尊敬していたからこそ彼女を記者として迎え入れたのだろう。
 誰もいない編集局で、たまたまマイデレが、犯人側からの声明文を電話ボックスに置いたと言う伝言を受けたことから、彼女の暴走が始まる。
 しかし、この暴走に付き合うのが飲んだくれのカメラマンである、ベルニ=ベルナルド・ガルシアだ。父と娘ほどの2人だが、ベルにも方もすこし前に自分の娘が、オーバードーズで死亡すると言う悲劇に見舞われていた。
 ちなみに、この2人を演じたマリア・ペドラザとホヴィク・ケウチケリアンは、すでにヒット作「ペーパー・ハウス」で共演している。2人のコンビは、ケウチケリアン演じる刑事が、ビッキー・ルエンゴの演じるIQ242の天才捜査員を「従者」としてサポートする「レッド・クィーン」の構図も、思い出させる。その意味では、息が合っていてかっこいいのだが、何せ史実は史実であるので、あまり劇的な展開はできない。

 銀行強盗は、なんとか犠牲者もあまり出さずに集結し、犯人1人が射殺、1人が逃亡したが、9人は確保される。パコ警視は、1番と名乗った主犯、ホセ・フアン・マルティネス・ゴメスの取調べのうち、CESIDの長官アロンソ・マングラーノが黒幕であることを聞き出すが、捜査自体が軍の管轄に手渡され、担当から外されてしまう。
 政府によって発表された結論は、強盗事件に関わったのは強盗犯と極右過激派という奇妙な構図だった。

 そその発表に納得できないマイデレは、休暇中のパコに接触し、マングラーノが関与したと知るのだが、証明する方法はない。ホセ・フアン・マルティネス・ゴメスが、スパイに渡して一部の人質開放と同時に、銀行の貸金庫から持ち出させたという書類の内容を追った2人は、最後にその内容を知るのだが・・・。

 ドラマとしては、命を狙われたマイデレとパコも、マングラーノとの取引に応じたのか、数年後もなんとか楽しくやっている姿でエンディングを迎える。
 でも、報道の方をメインに据えたドラマだったら、こりゃあひどい結末だ。完全に報道の敗北でしかない。
 もちん、歴史上の事実でも何かが報道されたこともないので、歴史を覆さないのなら仕方ないのだが、それだったらこんな部分は必要だったのか?
 しかも、CESIDの長官アロンソ・マングラーノは、この後1995年までその職を全うするのである。

 そもそもの脚本が、歴史的強盗事件の顛末、踏み込んだ犯人像、報道した記者視点という3つのフェーズを描こうとした時点で間違っているのだと思う。こんなへぼい終わり方にするなら、別のスタイルを検討すべきだったろう!
 マイデレとパコは、マングラーノが回収した書類の中身を知る知ることになるが、それは、23-Fが成功したのちに発布されることになっていた、暫定憲法の書類だったようだ。つまり、(噂通り)23-Fには、国王ファン・カルロス1世が関与していた証拠なのである。
 マングラーノは、この書類で国王を脅し、その後も権力を長引かせたという話らしい。(国王の身辺警護をCESIDが任されたと、マングラーノは大臣に伝える。)
 
 皮肉なことに実際のアロンソ・マングラーノは、貴族出身の軍人だが、70年台半ばには、マドリードでジャーナリズムを学んでおり、その時期に大使館のレセプションで知り合った、アメリカ人女性と結婚した人物だ。
 マングラーノの死後、子供達はABC新聞の記者に彼の残した機密文書を全て渡し、それは「マングラーノ・ペーパーズ」という記事になった。またアーカイブ全体も、<El jefe de los espías>というマングラーノの伝記に収録されている。

 カメラは普通だが、当時の様子をかなり忠実に再現したプロダクション・デザインは素晴らしい。車などもよく当時のものを揃えている。
 ドラマ全体として、非常に喫煙シーンが多く、この時代には喫煙が最低限の「人権」と思われていたこともよく分かる。
 
 脚本が中途半端でなければ、もっといい作品になった可能性はある。

By 寅松