アドレセンス
4話のそれぞれがオスカーを獲ってもおかしくない出来!強烈な少年犯罪劇。
2025年 イギリス カラーHD 51〜65分 全4話 Warp Films, Plan B Entertainment/Netrflix Netflixで視聴可能
クリエイター:ジャック・ソーン、スティーブン・グレアム 監督:フィリップ・バランティーニ
出演:オーウェン・クーパー、スティーブン・グレアム、アシュリー・ウォルターズ、エリン・ドハティ、アメリ・ピース、フェイ・マーセイ、クリスティン・トレマルコ ほか
度肝を抜かれるドラマである。まずはカメラがすごいのだが、おいおい全編ワンテイクなのか!!!と気づいて驚くと、これを1発で撮影できるように落とし込んだ、脚本の巧妙さに感心しだして、考えてみたら、これってNGなしの芝居じゃないと無理だよなあ〜、と他人事ながら役者たちが心配になり、ましてやこの子役の演技はなんなんだ!凄すぎるぞ〜!!という気持ちになってゆくドラマである。
とにかく圧巻だ。
思春期を意味する<Adolescence>というタイトルからわかるように、中学生の13歳の少年が起こした殺人事件という、重い題材を扱っているのだが、単なる犯罪の異常さや、罪の重さを問うストーリーではなくて、現代イギリスにおいて、このような少年(もしくは少女)犯罪がいかに日常から近いところで突発的に起こるのかを、当事者目線で見せてくれる物語だ。
実は、このとんでもない手法は、この作品が初めてではない。監督したフィリップ・バランティーニと、主演して原作脚本も担当したスティーブン・グレアムのコンビは、この作品より前、2023年にも短編映画を原作にしたBBCの4話連続ドラマ、「ボイリング・ポイント」を製作している。
この時に使用したのが同様のワンカメの手法で、大いに話題になった。「ボイリング・ポイント」は先端レストランの厨房を舞台にしたサスペンスであったが、今回は、さらに深刻なテーマを、緊張感を思い切り高める手法と演出で見事に料理したわけだ。
1話目の出だしは、早朝に出動の待機をする刑事バスコム(アシュリー・ウォルター)と相棒のミーシャ・フランク巡査(フェイ・マーセイ)から始まる。武装した突入部隊を率いた2人は、ミラー家のドアを壊して突入し、容疑者を逮捕するが、それが13歳の少年、ジェイミー(オーウェン・クーパー)である。父親のエディ(スティーブン・グレアム)は、「何かの間違いだ!まだ子供だぞ!」怒り狂うが、殺人などの重大犯罪の場合、イギリスではこういう手順になっているのだ。
カメラは、移送されるジェイミーについて警察署に。警察署では、イギリスの未成年者取り調べの際に必要と法律で決められている「適切な大人 <Appropriate Adult.>」の任命や、当番弁護士の任命などがあり、父親のエディが、「適切な大人」を引き受けるが、彼はそのために知りたくなかった、犯人逮捕の重要証拠を見ることになる。
2話目は、全編ジェイミーの通う中学校を舞台にしたドラマである。1話で示されたように、ジェイミーの犯行は防犯カメラで記録されており、犯行自体に疑問の余地はないが、バスコムとミーシャ(フランク)は、ジェイミーの動機や凶器のナイフを捜査する必要があった。
ジェイミーの通う公立中学は、建物などは綺麗だが教育自体は荒廃している様子が、徐々に見て取れるように仕組まれている。ジェイミーのクラスの新任の教師は、ほとんど教育に意欲がなく、ほぼ全ての授業での教師の役割はスイッチを入れるだけで、授業はビデオが映されるだけなのだ。
おそらくよく起こるのだろう、途中誰かが非常ベルを鳴らし、全員が手順に従ってだらだらテニスコート場に集合する様もリアルすぎるほどだ。バスコムの相棒の女性巡査ミーシャが、中学校独特の匂いに気持ち悪くなってしまうのも、印象的だった。
カメラはずっと手持ちで2人を追うのだが、最後ジェイミーの仲間の一人ライアン(ケーン・デイビス)が、逃げ出したところで、そのまま空から追いかけ、最後には空高く舞い上がって、殺人現場を写す。ドローンカメラを、ずっと手持ちで撮影して来て、最後にドローンに切り替えたことがわかる瞬間だ。
3話目は、打って変わって演劇のようなワン・シチュエーションドラマになる。事件から7ヶ月が経って、ジェイミーは青少年精神科施設に鑑定留置されている。その施設に、心理学者のブリオニー・アリストン(エリン・ドハティ)が、最後の面接にやってくる。ジェイミーは、13歳らしい未熟な部分も見せるが、一方で狡猾に心理学者のアリストンを操ろうとも仕掛ける。この辺りのオーウェン・クーパーの演技は、凄みがあって目が離せない。
ジェイミーは、心が揺れ動くアドレセンスの一面もあるが、ある時はまるで本物のシリアルキラーによくあるような反応も見せるのだ。これは、このドラマのテーマでもあるのだろう。現実世界の殺人犯の邪悪さは、ドラマの中の犯罪者のようにわかりやすくないと言うことだ・・。
息もつかせぬやり取りの後、アリストンは、ようやくジェイミーから実際にあった事の顛末、本当の動機を引き出すことに成功する。被害者ケイティのトップレスの写真がばらまかれた後、ジェイミーはケイティをデートに誘うが、「そこまで、飢えてない」と拒絶したケイティが、ジェイミーのインスタに、童貞をからかうアイコンを投稿したのが、発火点だった。
4話は、事件の13ヶ月後のミラー家を題材にしている。家族は、鑑定留置の期間が終わり、裁判を迎えようとしている息子のことを話題にするのではなく、勤めて平静を装い、父エディの誕生日を祝おうとしている。しかし、その穏やかなムードは、近所の悪ガキが、エディの車に「小児性愛者」の略語をスプレーでいたずら書きしたことで、一変する。
勤めて、家族を大切にしようとしていたエディも激昂して、家族でスプレー塗料を落とす溶剤を探しにホームセンターに出向くが、その店で今度は「ジェイミーの逮捕は陰謀だ」と信じている、店員に出くわすことで、さらに気持ちが揺れ動く。
エディは、ホームセンターの敷地の外にいたずら書きした少年たちを見つけ、一人を捕まえて小突き回す。
危うく、暴力は思いとどまるが、怒りに任せて自分の車のいたずら書きの上に、青い塗料をまるまる浴びせ、家族を乗せてその場を立ち去るのだ。
しかし、帰りの道すがら、青少年精神科施設かかって来たジェイミーの電話で、家族は、ジェイミーが殺人の罪を認める決心をしたことを知らされる・・・。
家からホームセンターに向かう道では、車の前にカメラが止まりフロントから写すが、帰りには後部座席から家族を撮る映像も、非常にトリッキーだ。
一連の物語は、実にリアルで見応えがある。
ありがちな物語なら、からかわれたことで暴発してケイティを刺殺したジェイミーの「異常性」の背後に、家庭内の問題があったことを指摘するのが定石だろう。しかし、このドラマがやろうとしていることは、さらに深みがある。
北イングランド、リバブルールから来たミラー一家は、ありがちな労働者階級で、父親のエディは、女性に対しても高圧的で支配的。それに対して、不満は述べるものの、妻のマンダ(クリスティン・トレマルコ)は、夫に従う夫婦である。しかし、二人は中学時代から付き合って来た夫婦で、今でもその仲が破局しているわけではない。
第4話で、エディの暴力的な本性が現れるのかと視聴者は期待するが、そうではなく、見せられるのは異常なまでのストレスの中でも、助け合ってギリギリ踏みとどまる家族の姿である。つまり、なんともありがちな一家なのだ。
このドラマの本質は、英国で多発しているというローティーンのナイフを使った犯罪の背景には、それほど人々が特殊だと想像するような家庭環境や社会状況はなくて、ごくごく当たり前の家族、ごくごく当たり前の学校、ごくごく当たり前の子供でも、犯罪の当事者になることの怖さなのだろう。
脚本家をも兼ねた、エディ役のスティーブン・グレアムは、「ボイリング・ポイント」のほか、『ギャング・オブ・ニューヨーク』、『パイレーツ・オブ・カリビアン』、『ディス・イズ・イングランド』、「ボードウォーク・エンパイア 欲望の街」、「ライン・オブ・デューティ 汚職特捜班」など多数の映画、ドラマに出演している名優である。
しかし、何と言っても視聴者の目に止まるのは、これが初出演作になる、現在15歳(16歳という説も)のオーウェン・クーパーくんの演技だろう。元々は、サッカー選手に憧れていたが、地元マンチェスターのドラマモブ(民間のドラマスクール)で演技指導を受けるうちに、本当にデビューしてしまったらしい。
バスコム刑事を演じた、アシュリー・ウォルターズは、俳優としては「ハッスル」やチャンネル4の「トップボーイ」で知られるが、<Asher D>として知られるラッパーでもあるらしい。
精神科医ブリオニー・アリストンを演じたエリン・ドハティは、演劇でも評価を受けて来た女優で、Netflixの「ザ・クラウン」でアン王女を演じて知られるようになった。
また、ジョイミーの姉リサを演じたアメリ・ピースも新人である。
By 寅松