海外ドラマ

誰もいない森の奥で木は音もなく倒れる

どんな酷いことが起こっても社会は助けてくれない・・という韓国人の強い信念が覗ける!

아무도없는숲속에서/The Frog
2024年 韓国 48~65分 全8話 SLL、Studio Flow/Netflix Netflixで配信
監督:モ・ワンイル 脚本:ソン・ホヨン
出演:キム・ユンソク、ユン・ゲサン、コ・ミンシ、イ・ジョンウン、ハ・ユンギョン、ノ・ユンソ、リュ・ヒョンギョン、チェ・ジョンフ、パク・ジファン、チャンヨル(EXO)、ホン・ギジュン ほか

 カリフォルニア大学バークレー校という名前は聞いたことがある人も多いだろう。その所在地であるバークレー市の名称は、アイルランドの18世紀の哲学者ジョージ・バークリーから取った名前である。バークリーの主張は、主観的観念論と呼ばれる素朴な論理で、「存在することは知覚されることである」という原則を主張した。
 「誰もいない森の奥で1本の木が倒れたら、音はするのか?」このバークリーの問いかけは、「要するに誰も聞いていなけりゃ、音はしなかった・・だろ?」ということを言いたいわけだ。いやいや、すると思うが・・。
 2024年8月の終わりにリリースされたNetflixオリジナル韓国ドラマ「誰もいない森の奥で木は音もなく倒れる」は、森の奥のペンションで展開される、ミステリーサスペンス・ドラマとして紹介されているが、正直ミステリー・ドラマとは言えない。ややホラーで、バイオレントなドラマではあるが、ミステリーな部分はほぼない。
 単純なストーリーを、ただひたすら凝った演出と、過去と現在を、一目では分かりづらい手法で提示して、視聴者をまんまと混乱に陥れる、今までの韓国ドラマの枠を大いにはみ出した心理/バイオレンス・ドラマである。

 ドラマ自体は「JTBCxSLL新人作家脚本公募展」で優秀賞を受賞した新人作家、ホン・ソヨンが執筆した脚本を、「夫婦の世界」の大ヒットで56回百想芸術大賞で演出賞を受賞したベテランのモ・ワンイルが目をつけて育てあげた作品と言えるだろう。
 話自体にひねりがあるということでもないが、その表現はものすごい。とにかく役者に名優を揃えている。その辺はモ・ワンイル監督の目論見どおりだ。このドラマは、なんとしても登場人物の内面を表現しないと話にならない。
 出だしから2000年に起きた出来事と、2021年に起こる出来事がごちゃ混ぜに語られる。視聴者にとっては、最初は、どの部分が昔の話で、どの部分が現代の話であるのか判別がつき難い。
 最初に登場する森の奥の端正な別荘やウエアハウス型のコインランドリー兼カフェは、非常に現代的。少し後で登場する、湖のほとりのモーテルは、日本なら80年代あたりのものに見えるが、韓国なら今でもこれがあっても不思議はない。ようやく、昔と今の話が混ざっていることに気づくのは、両者が使っている電話がスマホとガラケーなことを確認した頃だ。

 2000年時点のモーテルの経営者ク・サンジュンとして登場するのは、ユン・ゲサン。グループgodの歌手/ラッパーとしてスタートし、バラエティー出演や俳優に活動の場を広げたが、近年『犯罪都市』の悪役、「チョコレート」「クライムパズル」そして名作「誘拐の日」などで幅のある演技を見せて、俳優としても評価を高めてきた。
 それに対して、2021年の洒落た貸し別荘のオーナー、チョン・ヨンハを演じるのは、大映画俳優と言っても差し支えないキム・ユンソク。『タチャ』シリーズや『チェイサー』『極秘捜査』『1987、ある闘いの真実』『暗数殺人』『モガディシュ 脱出までの14日間』など多数の映画出演があり、2019年の『未成年』では、監督も兼任した。ドラマには、16年ぶりの出演となるが・・・これはドラマなのか?

 2000年と2021年に登場する女性警官/刑事ボミンを演じるのは、2000年時点がハ・ユンギョン。「賢い医師生活」とそのあとの「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」(ウ・ヨンウの同僚役)「生まれ変わってもよろしく」でよく知られるようになった女優で、演技力もある。
 超美人顔ではないが、あっさりキュート顔のボミンが、2021で、貸し別荘のある地元ホス交番の所長として赴任してくるオバサンと同じというのが、なかなかすっとは入ってこない。(笑)2000年時点で、ボミンを引き抜く上司がつけた「鬼」のあだ名が、2021年にも交番でもささやかれていたので、なんとなくそうなのか?と思い始める感じである。
 こちらを演じているのは、先に「Missナイト & Missデイ」がリリースされている名女優イ・ジョンウン。『母なる証明』『パラサイト 半地下の家族』などポン・ジュノ監督作で有名になるが、「ロースクール」「海街チャチャチャ」「私たちのブルース」「未成年裁判」「今日もあなたに太陽を」などドラマでも忙しい。
(ちなみに、コメディ「Missナイト & Missデイ」は、チョン・ウンジが演じる29歳のイ・ミジンが、猫の魔法にかかり、昼間だけ50代の叔母さんイム・スン(どうやら魔法にはイ・ミジンを大事にしてくれた叔母の霊が関わっているらしい)の姿になるドラマだが、変身後のイム・スンをイ・ジョンウンが’演じている。こちらも、チョン・ウンジの面影がまったくなく、どう考えてもおかしいが、さすがに演技力は十分である。)
 そのイ・ジョンウンが演じる2021年のユン・ボミンも、第6話くらいまでは傍観者的な存在で、なかなか活躍しないが、7話からは大胆に活躍するするので安心していただきたい。
 
 これだけの名優たちに囲まれていながらも、本作で最も演技を評価されるべきなのは、間違いなく謎の女〜最後は暴力的に大暴走を展開するユ・ソンアを演じたコ・ミンシだろう。
 映画『The Witch 魔女』の主人公ク・ジャユン(キム・ダミ)の親友役で知られるようになったが、ドラマでも「となりのMr.パーフェクト」が話題のユ・ジェウォン監督が、同じチョン・ソミンとソ・イングク主演で手がけた「空から降る一億の星」の韓国版で、ソ・イングクが演じたムヨンにつきまとっていた年下不良少女イム・ユリ役で、すでに存在感を発揮していた女優さんである。
 「恋するアプリ」「Sweet Home〜俺と世界の絶望〜」映画『別れる決心』と、まったく違う雰囲気の役を演じ分けてはきたが、元夫の連れ子を殺して、暴力的に暴走を始めるサイコパス美女に成長する役柄は、桁違いの演技力を必要とするだろう。
 「非常に難しかった。 準備期間もそうだったけれど、撮影しながらもそうだし、今までやってきた作品の中で最も、最高難度の作品だった」と本人も感想を述べている。本作が間違いなく彼女の代表作となるだろう。

 他にも『犯罪都市』や『無双の鉄拳』の映画、「京城クリーチャー」「ブラックドック」などの名優パク・ジファンや、「カーテンコール」「ハイエナ」『スピリットウォーカー』『警官の血』などのホン・ギジュン、イ・ジョンウンと共に「Missナイト & Missデイ」で見たばかりの怪しげな名脇役アン・サンウなど脇役も層が厚い。
 「私たちのブルース」でデビューしたノ・ユンソが、チョン・ヨンハの娘、薬剤師のチョン・ウィソン役で登場する。ちょい役なのかと思いきや、最後はコ・ミンシと予想外のバトルを繰り広げる意外にバイオレントな女性役だ。
 出番は長くはないが、2021年時点の成長したク・サンジュン(ユン・ゲサン)の息子ク・ギホを、EXOのチャンヨルが演じているのも目を引く。最後にちょっとホッとさせる役柄だ。
 
 ドラマは、1話目から5話目まではどこまでも不気味な展開で進み、6話目にしてようやく2000年の事件と現在の事件が絡み始める。7話目と8話目でようやく話が暴走して、ある意味どえらい結末を迎える!
 端的に言えば、2000年に同じような体験をしたク・サンジュンに会い、その教訓を参考にしたチョン・ヨンハが、真の解決は殺し合いであることを悟る物語である。

 タイトルにもなっているバークリーの観念論は、ヨハンが「殺人事件があったとしても、誰も知らなければ存在しなかったに違いない」と思い込もうとする、凡人的発想の比喩だろうが、むしろ現実はそうではなく、2000年に何の落ち度もないモーテル経営者ク・サンジュンとその家族が被った被害に対して、思い知らされた感想・・「いたずらに投げた石でも、当たったカエルは死ぬ」「俺たちは、ただのカエルだ」の方だったというわけだ。(英語タイトルも、こちらから取っている。)
 ちなみに、これは諺というか韓国では使われる言い回しのようで、余談だが、2014年に起きた「江原道高城郡兵長銃乱射事件」で、いじめに遭っていたのを苦に、マシンガン乱射により同僚5名を射殺した22歳の兵長が自殺する前に残した遺書にも「いたずらで投げた石がカエルに当たって死んでしまう」と書かれてあったらしい。国防部の関係者は「問題の兵長は部隊内での自分の境遇を、石に当たって死ぬカエルに例えたようだ」とコメントしている。ドラマでは、「軍検事ドーベルマン」や「D.P. -脱走兵追跡官-」で描かれた、弱者の暴発の現実版である。

 米韓二つのタイトルの違いが表す、世界標準の考え方と、ごくごく韓国的な心情、このことなる要素をうまく組み合わせるのがモ・ワンイル監督の妙味でもある。
 ドラマの出だしは、まったく伝統的な韓国ドラマには似つかわしくない。
 カメラの使い方のシャレた感じも、ロケーションも、音楽まで、むしろ欧米のドラマを思わせる。なにせ、モ・ワンイルは、BBC製作の不倫制裁劇「女医フォスター 夫の情事、私の決断」の韓国リメイク作、「夫婦の世界」で有名な監督なので、韓国人としては欧米ドラマにも精通している方なのだろう。
 選曲のオシャレさにもやられる。

 チョン・ヨンハの貸し別荘に泊まることになった、ユ・ソンアがレコードプレーヤーに興味を惹かれ、レコードをかけたいと地下室にしまわれていたコレクションから見つけ出すのが、なんとブルース歌手ボビー・ブランド<Bobby “Blue” Bland>が、74年にリリースしたアルバム<Dreamer>。かかるのが彼の代表曲<Ain’t No Love in the Heart of the City>だ。
 カフェ・ジャック、ホワイトスネイクからガヴァメント・ミュールにいたるまで、素晴らしいカヴァーが多い名曲だが、正直さほど有名な曲ではない。マニアックなだけに、これを選ぶセンスはすごい。
 物語の冒頭と、エンディング近くにもかかって、ドラマの少しスタルジックでやるせない雰囲気を醸し出すのに役立っている。

 普通の人生を生きてきた主人公が、突然の不条理な状況や暴力に出会って、常識を覆す選択をするドラマは、欧米にも日本にもないではない。
 しかし、通常キリスト教的な倫理観や契約社会の規範に基づいた考えが基本にある欧米や、集団としての同調圧力が強い日本では、それを逸脱する前に躊躇するのは、おそらく法的な問題やいわゆる正義に反するかを悩むはずだ。
 その点、あらゆる面で自らの責任を何かに転化することで、自分たちの悲惨さを和らげようとする思考回路=「恨(ハン)」を伝統文化として誇っている韓国人にとっては、自らの社会の不備や正義の欠如に対して何かを考えたり、社会的な「正義」を問題にしたりすることはあまりない。いや、ないわけはないが、その優先順位は極めて低い。
 連続殺人犯を見つける天性をもった刑事ユン・ボミンですら、「正義感」で動いているわけではない。
 宿泊客ユ・ソンアが連れ子を殺害したと確信したにもかかわらず、チョン・ヨンハが彼女を捕まえるもしくは告発することを躊躇したのは、それによる自らの不利益に関して想いを巡らせたからだ。
 しかし、実際にはそれが悪い方向にしか働かない。
 2000年にク・サンジュン一家に起きた出来事を再確認したのちに、チョン・ヨンハはようやく伝統的な韓国人の思考にたどり着く。現実には、20年の年月をかけて復讐を成し遂げたク・ギホのライフルを使い、自らの息子をソンアに殺された彼女の元夫との共同する形にはなるが・・・、ともかくラストは十分韓国ドラマらしい。

 ある意味そのギャップは、韓国外の視聴者には興味深い部分かもしれない。
 例えば、完成度の高いドラマではあったが、韓ドラの大ベテラン、キム・ウンスクが書いた「ザ・グローリー 〜輝かしき復讐〜」は、一直線に韓国人の「恨(ハン)」を表現した物語で、国内での受け止めも、概ね絶賛であったろうことはすぐわかる。
 しかし、そこから一味ひねったこのドラマが、韓国内で受けるのか?それはちょっと心配されるところではある。
 ともかくも、韓国ドラマの枠が、また少し広げられた作品であることは確かだ。