海外ドラマ

愛と、利と

寿司ですれ違いはじめたウジウジくんと甘サド美女の恋は、すれ違い続けて最後はトンカツを目指す長い散歩で終わる!

사랑의 이해/The Interests of Love
2022年 韓国 カラー2:1 73分 全16話  SLL/JTBC Netflixで配信
原作:イ・ヒョクジン 脚本:イ・ソヒョン、イ・ヒョンジョン 監督:チョ・ヨンミン
出演:ユ・ヨンソク、ムン・ガヨン、クム・セロク、チョン・ガラム、ムン・テユ、ヤン・ジョア、チョン・ジェソン、イ・ファリョン、ソ・ジョンヨン、ソ・ジョンヨン、パク・ソングン ほか

 イ・ヒョクジンの小説「사랑의 이해」(愛の理解)を元に、「ブラームスは好きですか?」のチョ・ヨンミンが演出。脚本はイ・ソヒョン、イ・ヒョンジョン。
 韓国の中堅銀行と思われるKCU銀行のソウル、ヨンポ支店で繰り広げられる恋愛模様が描かれる。
 形の上では、ユ・ヨンソクの演じる3年目の係長ハ・サンスとムン・ガヨン演じる高卒の契約社員、アン・スヨンの恋に、転属になってきたクム・セロク演じるパク・ミギョンとチョン・ガラム演じるイケメンの守衛のチョン・ジョンヒョンが絡む4角関係の構図になるが、実は一貫してハ・サンスとアン・スヨンのすれ違う恋の物語である。
 小説が元だけあって、銀行業務の描写はリアリティーがあり、丁寧に描かれている。日本で言えば、一昔前の信用金庫のような雰囲気だ。延曙(ヨンソ)市場近くのヨンポ支店は、ソウルでも下町にあるのだろう。
 最初の展開は、大変地味だが徐々に引き込まれる。後半、14話、15話、16話では、ありえない話ではないがそれは辛すぎ〜!という展開がまっている。
 
 ハ・サンス(ユ・ヨンソク)は、3年目の係長。入社当時は、ポンコツ新入社員だったが、今ではそれなりに逞しく見えるようになった。彼を一人前にしてくれた、新人研修係は、アン・スヨン(ムン・ガヨン)であった。
 ソウルの漢江地区の育ちでエリート大学の卒業生だが、実は父親が高校時代になくなり、経済的には自分の家庭より上の階級の友人たちに合わせるだけで、プレッシャーを感じる人生だった。
 アン・スヨンは、釜山より南の海の町、統営(トンヨン)の出身。貧しい家庭で、大学に進学できなかったが、ソウルに出て自分の努力で、契約社員枠でKCU銀行に入社した。「ヨンポ支店の女神」と呼ばれる美貌と、しかりした知識で業績もダントツ。それでも、差別的な社内の待遇で窓口以上の仕事を任せてもらえず、転属の希望も通らない。美人ゆえに、顧客の接待に駆り出され、常に他の社員からのセクハラや陰口の対象でもああるが、決して本心を見せることがないクールさが際立つ。
 サンスは、思いがけずアン・スヨンと2人で向かうことになった出張で、3年間、内に秘めてきた思いを自覚し、スヨンとデートの約束を取り付けるのだが・・。

 アン・スヨンの方もハ・サンスに気があるのは見え見えで、本来なら心温まる〜けれど面白くもないラブストーリーになるはずなのだが・・・、最初のデートに指定した、窓の外が見える高級・寿司屋が間違いだったのか?
 その後2人の関係は、どんどん離れてあらぬ方向に向かう。
 警備会社から新しく配属されたイケメンの守衛チョン・ジョンヒョン(チョン・ガラム)は、地方出身の貧しい若者だが、警察官になる夢のために、守衛のバイトの傍、警察官採用試験の勉強に励んでいる。初日から、美しいスヨンに心奪われる。
 さらに、ヨンポ支店PBチームに、本部からパク・ミギョン代理が転属してくる。
 華やかなパク・ミギョンには、支店長からも気を使われるほどの大物。なぜなら、銀行にとっても超大口の顧客である巨大建設会社社長の娘で、大抵のことは押し通せるのだ。
 彼女の父デソン(パク・ソングン)は、「役に立たない愛情ではなく金を与えられる男なる」と決心して彼女を育てた実業家で、ミギョンは、愛情でなく金で解決しようとする父親に反発してきた。銀行員への就職を選んだのもそのためだ。金銭感覚は桁違いだが、明るく、素直で、健気な性格でもある。彼女は、転属早々、「先輩!」と呼びかけハ・サンスとの距離を縮めようと行動する。
 ミギョンは、ハ・サンスとその親友でヨンポ支店の総務課係長のソ・ギョンピル(ムン・テユ)のソグァン大学の後輩にあたる。ハ・サンスが「大学の時は、僕には目もくれなかったのに・・」と皮肉交じりに言うくらいだが、実は彼女は、サンスが軍隊で大学を離れている間に、ソ・ギョンピルと恋仲になり、ギョンピルのひどい裏切りで関係を解消した苦い過去があったのだ。そのこともあり、ヒョンピルとは正反対に見えるハ・サンスを好きになるのは、かつての恋人に対しての当てつけの意味もあったのかもしれない。
 
 その後は4人が入り乱れて、当然のように修羅場に至る展開だが、安物の韓国ドラマのような誇張された物語ではない。主人公以外の登場人物の感情は、理解できる範囲で、表現も納得できる。
 しかし、主人公2人は最後まで、行動も心情も、ちょっと困った人のまま。
 ハ・サンスは、本当に思慮深く、相手を思いやって行動が遅い・・ところまではいいのだが、大事な時にあまりにもウジウジ君としか言いようがない判断をする。
 アン・スヨンは、少々サドの気があるに違いない。綺麗なお姉さんは好きですか?的な、怪しい瞳で相手を見つめるが、決心すると極端な方法で相手をシャットアウトすることも厭わない。砂の城が、波にさらわれるのが心配で、夜中に自分で壊したという彼女は、幸せが近づいていると感じるとどうしても自分でぶち壊したくなる、破滅型の美人さんなのだ。
 弟が死んだ事故の責任が、浮気をして家庭を壊した父親にると信じてきた彼女には、結婚という幸せに飛び込めない心の闇があった。

 物語は15話で(以降・最終回内容を含みます)、一度消えたスヨンを奇跡のように見つけ出したハ・サンスにほだされ、スヨンが体を与える。「必ず連絡をくれるね」と約束をする間も、スヨンが悲しそうな目をしていることに気づいていながら・・・サンスはそれでもバスに乗る。そして「彼女に会ったのは、それが最後だった・・」とナレーションが入るのだ・・。おいおい!!!
 16話では4年後の話が描かれる。元ヨンポ支店のメンバーも、今は散り散りで、元同僚の結婚式で久々に顔を合わせる程度。
 話題に上るが、誰もその後を知らなかった(実は、彼女の元上司で何くれとなくスヨンをかばってきた、ソ・ミンヒ(ヤン・ジョア)だけは知っていたが、口止めされていた)アン・スヨンはソウルに戻り、アトリエ・カフェを経営していた。その店の近くの支店に転勤となった、ハ・サンスは、偶然彼女の店を見つけ、融資のために支店を訪れたスヨンと再会する。
 ラストシーンは、以前もチャレンジして果たせなかった、大学内にあるソウル一うまいトンカツを出す店を目指して、2人が延々と正門前の坂(登るのが大変で、登り切ると、試験勉強を忘れているので「忘却の丘」と呼ばれている)登るシーンで終わる。
 その間に2人は、「あそこでこうしていなければ」「あの時、手放さなければ」とお互いにすれ違ってしまった恋の反省会を続ける。お互いが躊躇したり、嘘を言ったりした瞬間を、普通の恋愛ドラマなら、必ずこうなったというネタバラシでもあるかのように、振り返るのは面白い表現だ。
 そうでなければ・・「結婚していたかも」「子供もいて」「どちらが保育園に送るかで喧嘩したかも」「離婚したかも」「なんで?仲直りして幸せに暮らしているかもしれないよ」と話し合う2人は楽しそうで、これから再出発をするハッピーエンドと思った視聴者も多いかもしれない。が、この話は実らなかった恋の話だろう。
 2人が少し楽しそうなのは、「恋」がもはや「思い出」に変わったからだ。
 しかも、とても大事な思い出に。
 最後のシーンで、スヨンに「忘却の丘で今日は何を忘れたの?」と問われたサンスは、きっぱりと答える。(多分、本作全体の中で初めてというほどきっぱりした口調で)「いや、何も。何も忘れない!」

 チョ・ヨンミン監督の演出は、隅々まで気を使った構図の絵画のような映像と、多用しすぎるくらいの音楽つなぎが印象的だった。
 オープニングのロトスコーピングアニメーションで使われている、待ち合わせた寿司屋、カフェ、スヨンの部屋などオープンセットのロケーションも計算され尽くしている。リアリティを失った作り物にならないぎりぎりのところで、自然なかっこよさを残して、構図も絵画のように気を使った使い方だ。
 最終回でスヨンが開いているアトリエカフェには、ロケで使われた風景が、2人のドラマをたどるように絵画として飾られている遊びもある。

 また、音楽がとても印象的なドラマでもある。全体としてセリフだけでなく微妙な表情で伝えるシーンが多く、演技も難しそうなのだが、とにかくOSTが多用されている。
 요아리 (Yoari) が歌う、エスニックテイストの<Dice Game>もいいが、하진 (HAJIN)が英語で歌う、フォーク調の<Time’s Up>は、2人の恋の本質を歌い上げているように思える。「すべてが変わってしまったと/私の心が歌い始める/だって私の希望は、叶わないもの /何もかも変わってしまったと/無表情で受け止める時よ/time’s up(時間切れね)」
 ただ音楽的には、毎回エンディングに流れる<Wonder Why>が全部持って行ってしまうのだ。「Wonder why(どうしてなの)/ あなたはなぜ弱い私の心に/小さな願いだけを残したまま/一時期咲かせた夢のように/あんな遠くに/ちらちらと消えていくの?」ジャズ調に振ったアレンジだが、メロディーは昭和の日本歌謡曲を彷彿とされる、(特にアジア人には)耳に残るメロディーだ。
 

 ユ・ヨンソクは、名作映画『オールドボーイ』がデビュー。「賢い医師生活」ではドラムを叩き、「ナルコの神」では裏切ものにされ撃ち殺されるが、実年齢は38歳(2023年2月時点)。童顔と、おそらく演技ではない本人の優しそうな人柄を前に出して、ハ・サンスを見事に演じていた。
 ハ・サンスより少しは年下の設定だとしても、彼に業務を教えたはずのアン・スヨンを演じたムン・ガヨンは、実年齢26歳(2023年2月時点)。このドラマだけ見ていると、憂いを含んだ美人さんなのかと思うと、本人の素顔は全く違う。子役から鍛え上げた演技力に感心させられる。
 「永野芽郁を思わせる」という意見があったが、顔は全く似ていない。ただ、インタビューなどをみると、素の本人はちょっと天然なところがあるようで、年相応のいまどき女子でしかない。それが演技になると全く違う顔を見せるという意味で、永野芽郁的驚きがある。
 「女神降臨」が有名らしいが、これだけの美人さんが顔に落書きのようなメイクをして、すっぴんブスを演じるコメディがこの娘のポテンシャルを引き出しているとは言えないだろう。この作品が、この女優の大人の役へのターニングポイントになったように見える。
 統営出身の貧しい牡蠣クッパ屋の娘を演じた彼女は、実は物理学者の父とピアニストの母がドイツ在住時に結婚し生まれた娘で、ドイツ語、英語、韓国語のトリリンガル。子供の頃から音楽やバレエの教育も受けており、ドラマ中ショパンの「別れのワルツ(告別)」をたどたどしく弾いているのは、わざとだろう。

By 寅松