海外ドラマ

刑事シンクレア シャーウッドの事件

シャーウッドの森に隠れるボウガンを持った犯人が起こした犯罪が、80年代のスト潰しの秘密を暴き出す!

Sherwood
2022年 イギリス カラーHD 59分 全6話 House Productions/BBC One AXNミステリー・チャンネルで放映
クリエイター:ジェームズ・グラハム 監督:ルイス・アーノルド、ベン・A・ウィルアムズ
出演:デヴィッド・モリッシー、ジョアン・フロガット、レスリー・マンヴィル、ロバート・グレニスター、クレア・ホルマン、アラン・アームストロング、アダム・ヒューギル、アンドレア・ロウ、フィリップ・ジャクソン、ロレイン・アッシュボーン ほか

 オリジナルのタイトルは<Sherwood>、そうそうあのシャーウッドの森のこと。そこでボウガンを持った犯人が隠れたら、誰が見ても「現代版ロビン・フッドかー!」と思いそうだが、主人公のイアン・シンクレア警視正(デヴィッド・モリッシー)は、即座に「昔話に結びつけるな!」と一刀両断だ。
 そうそう、ほのぼのしたご当地サスペンスなのかと思いきや、ずっと深刻なテーマが隠されているドラマでした。
 イギリスでは著名な劇作家であるジェームズ・グレアム先生(まだ若いが王立文学協会会員で叙勲者)が、映画『僕と世界の方程式』(2014)と、2019年TV映画であるブレグジットEU離脱」に続いて、初めて書き下ろした連続ドラマ脚本ということで、話題になったドラマ。さすがにテーマの方は、奥深いものがある。

 グレアムが育った、ノッティンガムシャーの元炭鉱町を舞台にした物語は、現代の殺人とその背景にある、1984年の炭鉱組合によるスト潰し、そのために生じた住民亀裂が現代にまで影響を与えつづけていることを示す。「大昔の話では?」とシンクレアの部下、クリーバー(テレンス・メイナード)も簡単にいうが、これは単なる労働争議中のトラブルという事件ではないのだ。この辺がわかってないと、ドラマ全体の意味もあやふやだと思う。

 1984年に英国サッチャー政権が行った、NUM(National Union of Mineworkers:英国全国炭鉱労働組合)のスト潰しは、現代社会の圧倒的格差社会を推し進める原動力、「新自由主義」のスタートラインである。
 サッチャーの敷いたレールは、恥知らずの後継者・トニー・ブレアに引き継がれ、その後世界に蔓延。トランプ、習近平、ボリス、竹中平蔵と子分の安倍晋三一派など、クズ指導者を大量に輩出した。
 40年後の遠く離れた日本で、正規雇用は消滅し、非正規雇用だけのブラック労働市場で、人々はウーバーイーツのバイトを掛け持ちをしても、最低限の生活もままならない。一方で、企業は空前の利益を上げる・・この奇妙な状態は、そもそも資本側の代表である、サッチャーが明確な意図を持ってスタートさせた計画の最終形なのだ。

 鉄の女と言われるサッチャーが憎悪していたのが、下層階級の労働者と、彼らの権利を守る組合運動だ。もちろん、サッチャーがいなくてもエネルギー需要の転換は起こったかもしれないし、炭鉱が続いていても脱炭素化の必要性から石炭需要は低迷せざるを得なかったろう。しかし、サッチャーが行ったNUM潰しの策略は、単に炭鉱の問題ではなく、すべての労働者から「権利」を取り上げるのが目的であった。保守党は、サッチャー政権以前にNUMらが主導するゼネストで、政権を追われた苦い経験があったからだ。
 サッチャーはまず労働法を改正し、全員組合所属のクローズド・ショップ制を廃止。傀儡組合を作り、本来の組合の団結力を弱めることに成功する。1984年に行われた大規模炭鉱ストでは、NUMから離反し、金のためにスト破りをする労働者が出てきた。サッチャーは、ストを撹乱する目的で、警察から炭鉱町に潜入捜査官も潜り込ませ、両者の対立を煽ろうとしたらしい。強行なストと暴力的対立を起こして、世論を味方につける戦略だったのだ。
 ノッティンガム・シャーは、炭鉱がある地域としては比較的南で中部イングランドの外れに位置する。気性が荒く、組合として結束の硬い北部イングランドとは違い、舞台になった町は、スト強硬派が一部だけで、大方が生活のため「スト破り」に回った地域だった。サッチャーの、労働組合分断の最前線になったとも言えるだろう。

 ドラマでは、その炭鉱町は1984年、スト強硬派とスト破り住民が対立するなか、警備のためにロンドンや配属された警官が過度な暴力を振るい、さらに警察の秘密作戦要員として潜入してきた5人のスパイたちにより、秘密裏に分断を決定的にするある事件が起こされていた。ほとんどが高齢者ばかりの町は、まだそのことを忘れていない。
 一方、NUMの律儀なスト派の労働者の息子として生まれ、警官になったイアン・シンクレアは、いまでは警視正にまで出世し、セレブとして町の外に住んでいる。しかし、あの事件で警官として父を裏切り、弟とは決定的な溝ができていた。
 そんな町で、パブから帰る途中だったギャリー・ジェクソン(アラン・アームストロング)がボウガンで殺される事件が起こる。
 ギャリーは、当時、スト派の急先鋒で、今でも裏切った多くの住民たちを「スト破りめ!」と罵ることで知られていた。
 犯人の目的を知るために、過去の事件に目を向けるシンクレアだったが、84年の事件で逮捕されて釈放されたギャリーの記録が閲覧不能になっている。ギャリーは事件で拘束されたが、ロンドンから応援に来ていた若い警官の証言でアリバイが証明され釈放されていた。その証言に立った警官、ケヴィン・スリスビー警部補(ロバート・グレニスター)も、事件でその後の人生を棒に振った男だった。
 ちょうど同僚の若い刑事に暴行した事件で手を焼いていたケヴェンの上司は、ノッティンガムからの問い合わせに、ケヴィン自身が出向いて説明するように命令する。仕方なく、現地の捜査チームに出頭したケヴィンとシンクレアは、約40年ぶりに顔を合わせるが、間も無く第二の犯行が起こる。
 ケヴィンとシンクレアは、わだかまりを残しながら成り行き事件を追うバディーとして事件を追うことになる・・・。

 確かに、複雑な話で説明するだけでも大変な部分はあるが、映像と演出は凡庸で、あまり惹かれるものはない。ただ、物語に力があることは確かだ。
 秘密作戦で送り込まれたのち、地元に残り続けた裏切り警官の秘密や、すべての答えが出た後の人々のそれぞれの理解などが、自然に語られる脚本は、さすがと言えるだろう。
 演技者はほぼベテラン揃いなので、その完成度は指摘するまでもないだろう。早くに殺されてしまうが、ギャリー役のアラン・アームストロングは、父親が本物の炭鉱労働者だっただけあって、風格がある。「華麗なるペテン師たち」や「MI-5 英国機密諜報部」、「私立探偵ストライク」の最新作(リーサル・ホワイト)などに出演しているロバート・グレニスターの迷惑そうなケヴィン・スリスビーの演技も面白い。
 ふとした怒りの発作で、息子の嫁サラ(ジョアンヌ・フロガット)を殴り殺してしまう実直な鉄道マン、フレーザーを演じたアディール・アクタル(「刑事リバー」「ナイト・マネージャー」「埋もれる殺意〜26年の沈黙〜」「キリング・イヴ/Killing Eve」)は、英国アカデミーテレビ賞の最優秀俳優賞ほか多くの受賞歴のある俳優らしく、演劇的な見せ場を作っていた。

By 寅松