北氷洋

ひどい目にあいつづける若き医師が、北氷洋でさらに想像を絶っするひどい目にあう!で???

The North Water
2021年 イギリス、カナダ カラーHD 60分 全6話 See-Saw Films/BBC Two AXNミステリーで放映
原作:イアン・マグワイア(北氷洋―The North Water―) 脚本/監督:アンドリュー・ヘイ
出演:ジャック・オコンネル、コリン・ファレル、スティーヴン・グレアム、サム・スプリエル、ピーター・マラン、ローランド・ムーラー、フィリップ・ヒル=ピアソン ほか

 ま、最初に言っておくと、ミステリー枠で放送されている関係もあるのか、なんとかこじつけようとしている記述も散見しますが、「ミステリー」ではありません。なんの仕掛けも、謎もなく、最後の方までどんでん返しというほどのこともなく、ひたすら主人公がひどい目にあいます。
 歴史上の事実ではないけれど、19世紀のイギリス下層階級の野蛮さや、自然への飽くなき挑戦、そして己のエゴと向き合う人間を描写した歴史ドラマという側面はあるでしょう。「現代の白鯨」なことは確かです。
 また、英国的な常識と理性科学を信奉してきた若者が、理不尽極まりない社会構造と過酷な自然のなかに放り出されることで、野生に目覚め、モンスターのような悪人に対峙してはじめて自らの本来の力を発揮する・・成長物語、と捉えることはできるかもしれません。
 が、しかし、それにしてもあまりに壮大で、あまりに大変そうな撮影です。見終わった後に、「何のためにこれを撮った?」と思わずにはおれないでしょう。(笑)

 原作は、イアン・マグワイアの『北氷洋 ~The North Water~』(新潮文庫)という話題の著作で、ブッカー賞候補にも挙がっているくらいですから、立派な文学と言って差し支えないでしょう。それを元に、『ウィークエンド』、『さざなみ』、『荒野にて』と話題作を監督してきたイギリス人映画監督、アンドリュー・ヘイが脚本/監督で作り上げたのが本作。本国では5話として放送されていますが、日本ではなぜか6回に分けられて放送されました。
 『ウィークエンド』(2011)以外はゲイ映画ではありませんが、自らゲイであることを公表しているヘイ監督の本作であり、異性愛の要素は皆無といってもいいです。女性の登場人物はメイドや港の売春婦だけでしかも最小限。もちろん映画の大半は、(この当時は少なくとも)の女人禁制の航海と捕鯨の場面ではあるものの、頻繁に出てくる主人公サムナー(ジャック・オコンネル)の回想シーンにも、女性の影はありません。インドで守ってやれなかった、かわいそうなお小姓(少年)が出てくるだけです。そこには踏み込んではいませんが、彼自体もゲイの傾向のある人物なのかもしれません。

 もう一人の主人公ヘンリー・ドラッグス(コリン・ファレル)は、常軌を逸した下劣な人物で、自分にラムを振るまってくれた銛打ちの船員をぶち殺して、自分が捕鯨船に加わります。その捕鯨船ヴォランティア号に船医として乗るのが、サムナーです。
 アイルランド出身ではあるものの正式な医師の資格を持つサムナーが、(待遇の悪い)船医に身を落とす過程は、回想として描かれます。軍医として従軍したインドで、財宝の略奪を行う途中に負傷し、その命令を出した上司にはめられて不名誉除隊になったのです。その負傷後にアヘンチンキ中毒になり、船に乗る前にもその手配に余念がありません。
 一方、ヴォランティア号の船長ブラウンリー(スティーヴン・グレアム)と、船のオーナーであるバクスター(トム・コートネイ)には、北氷洋の氷山でうまく古い船を沈めて、莫大な保険金を手にしようという取り決めがされています。
 いかにも不穏な出だしですが、航海がはじまると、そんな生易しい人間の思惑は、完全に吹き飛んんで、とんでもない大変な事態が続出するのです。
 氷上で見つけたアザラシの群れは、男たちが片っ端方から頭をぶっ叩いて殺しまくり、キャビンボーイの線の細い若者ハンナ(スティーブン・マクミラン)は、何者かにお尻を犯されて、その上殺害されたりします。船員たちは、みな差別主義者で、船長の片腕で保険金詐欺の片棒を担いでいる、キャベンディシュ(サム・スプリエル)もひどい男です。
 船をぶつけた後は、後続の船に船員を救ってもらう約束でしたが、ものすごい嵐が起こり、後続船も逃げ出した船員も誰も生き残れません。生き残ったのは、少年を殺したことがわかり、拘束されているドラッグス、キャベンディシュ、サムナー、信心深いオットー(ローランド・ムーラー)とマッケエンドリック(フィリップ・ヒル=ピアソン)の5人。彼らを待っていたのは、さらにとんでもない極北の寒さと飢えでした・・・。
 
 いやいや、考えただけでも寒い話でした。
 このあと、サムナーにはさらに驚きの運命が待ち構えていますが・・それも想定の範囲ではありました。

 アヘン中毒の弱い人間ながら、最後まで理性的であろうとするサムナーと、野獣の論理で、エゴのための犯罪を重ねるドラッグスの会話は、哲学的な趣がありますが・・現代の撮影技術/CGの進歩により、なんでも描けてしまうため、映像の強烈さが先にたち、文学性を楽しむドラマとは言えないところが、難点かもしれません。
 とにかくSDGsも、環境活動も、動物保護も、差別撤廃も、みんなみんな、豊かになって、つい最近言い出しだけのことで、一皮剥けば人間が驚くほど野蛮であったことを、もれなく視聴者に思い起こさせてくれる作品であることだけは、保証できます。

By 寅松
 

*/ Hack for Facebook Dispaly